04
「それはありがとうございます。大変光栄ですわ。ただ…確認なのですが、やはり源田様のお名刺などをお持ちということではないのですね?」
「はい。仲は良かったけど、特別親しかったわけでもないというか…。それにあいつとはやっぱり住む世界が違いましたから。いくら同じ大学に通っていたとは言っても」
ビジネススマイルにほんの少し憐憫の情をトッピングして、わたしは何も言わない。言わずにいると彼が先に口を開いてくれた。
「いや、突然やって来て失礼しました。また来ます。あ、いや、また来るっていうのはおかしいか。とにかくすみませんでした」
こういう若者は年に何度かやってくる。勇気を奮って乗り込んで来るものの、店の雰囲気や自身の劣等感に圧され、逃げるように帰っていく客未満の客。だがそうした人たちといま目の前で踵を返しつつある彼とで何が違っていたのか、わたしは彼を呼び止め、カーテンで仕切った奥に父を求めた。
父は初老の常連客を姿見の前に立たせ黙々と採寸を続けていた。作業中に話しかけるのは悪手と知りつつ、わたしは父の耳を借りた。
「なんだ、仕事中だぞ」と小声でも案の定機嫌が悪い。
「ごめんごめん。いま来た人、一見さんなんだけどさ」
「ああん? 追い返しゃいいだろが」
「源田様のご子息の知り合いなんだって」
「なんだあのドラ息子か…。ちっ、でもまあ紹介じゃあ仕方ねえか」
「いや、それが知り合いだけど紹介ではないんだって」
「はあ? なんだそりゃ。じゃあとっとと断ればいいじゃねえか」
「いや、でも学生時代は仲良かったみたいだし、いちおう確認しとこうかなって」少し嘘をついた。
「今はもうそんなでもないんだろ? 名刺もねえってことは。迷うこたねえだろが」
「でも源田さんだよ? 代々太いお客じゃん。無下に断って後でトラブルにでもなったらヤバくない?」
「…まあ、そりゃそうだが……」
「ここんとこ客単価も落ち込み気味だしさあ、ひさびさに新規開拓しとくのも悪くないと思うけどねえ、わたしは」
「新規開拓って、お前はにこにこしてりゃいいんだろうがな、裁ち縫いするのは俺なんだぞ。まったく、いくらでも働くと思いやがってからに……ところでどんなやつだ?」父親はわたし越しに表を伺おうとするが、もちろんカーテンに遮られて彼の姿は見えない、「ちゃんとした人間なんだろうな?」
「だいじょぶそうよ、真面目そうで。まっとうな勤め人って感じ」
「そうか。うーん……あーもうめんどくせえ。分かった、お前に任せるから。だがうちの店の顧客簿に加えるんだからな、お前がちゃんと責任持てよ?」
「はいはい、それはもう」
つづく