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 いざ銀座、と気合を入れてやってくる人も多いこの街なので、さて夕飯の買い物にでも行くかとサマーニットにデニムスカート、メイクもろくにしないでクロックスをつっかけて出てきたわたしのような不届き者はちょっと悪目立ちすると思われるかもしれないが、意外と平気なものなのだ。だいたい、休みの日くらい楽な格好をしてないとやってられない。大正期に曾祖父が店を開いてから現在まで、昭和、平成そして令和と、激動の時代をたとえ焼夷弾を落とされようが地上げ屋が来ようがバブルが弾けようが意地でもこの街にしがみついてきたのだから、今さら庶民的な仕立て屋だなんて猫をかぶるつもりはない。はっきり言ってうちで作るスーツは高い。高すぎるような気もする。嫌味な言い方だけれど、うちの店――『テーラー佐佐木』は、その高すぎる敷居を悠々と越えられるごく一部の限られた人たちだけを顧客にしてきた。そんな客層の中にあって、いま夕暮れのビル街を並んで歩く小松さんはちょっと毛色の違うお客さんの一人だ。


 うちの店では基本的に一見さんの客は取らない。顧客名簿に新しい名が記されるとき、それはすでに記載されている贔屓筋の紹介であって、ZさんはYさんの紹介で、YさんはXさんの紹介でうちの顧客となった。だから名簿を辿っていくと、最初期のお客さんである大正時代の数人の紳士に辿り着くことになる。


 もちろん極めて稀だが例外はある。父に言わせるとそもそも「べつに紹介制だなんて、てめえでそんな決まりを作った覚えはねえ」のだという。創業まもなく「あそこは一見さんお断りらしいぞ」という噂が立ち、そのまま定着してしまったらしい。それでこちらとしてもなんだか勝手に高まるブランドイメージみたいなものに便乗する形で一世紀近くやってきてしまった。でもやっぱりそんな決まりを作った覚えもねえってんで、飛び込みでやってきたお客であっても、なにか訳ありの場合にはふたつ返事で引き受けたり、反対に札束でこっちの頬をはたいてやろうかという成金には「ところでどちらさまからのご紹介で?」などとやんわりお帰り願ったり、ある意味商魂逞しく立ち回ってきたのである。

つづく

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