王様はハンサムウーマンな騎士様を笑顔にしたい
「隊長はいつも、キリッとしてますね」
「さっきの模擬戦、お見事でした!」
これがよく部下から言われる、褒め言葉。多分、常套句ってモノだと思う。
「クラリス様は今日も麗しい……!」
「男前とは、まさにクラリス様のためにある言葉ですわ……!」
で、これが令嬢様達からいただくお世辞。こっちは本気モードな奴もいるみたいだから、却ってタチが悪い。
(男前、ねぇ。別に、好きで気張っているわけじゃないけど)
私はクラリス。
生母はいわゆる娼婦であり、華やかな王宮には場違いな人種と言えるだろう。それでも、私がこうして騎士団の中隊長ヅラをしていられるのには、それなりに深いワケがある。
(出たな、元凶……!)
不気味な褒め言葉しか聞こえない、居心地の悪い中庭を進んでいると。手を振ってやってくるのは……何をトチ狂ったのか、私を騎士団に推挙した変わり者・アルベル陛下。
「クラリス! さっきの模擬試合、見事だったよ! それで、僕にも剣を教えてくれないかな……」
「……ご機嫌麗しゅう、陛下。私如きに声をかけずとも、あなた様に剣術を教えたがる者はいくらでもいるのでは?」
「そう言わないでよ……。剣術は君が一番だってみんな知ってるよ? それとも……あぁ、そうだよね。僕が相手じゃ、張り合いがないものね」
「いえ、そのような事を申しているのでは……」
チッ。相変わらず、計算高い奴だ。いかにもな感じで萎れられたら、面目が立たないではないか。
「承知しました。少しでしたら、お時間も取れると思いますし……」
「本当⁉︎ やった! これでクラリスを独り占めできる!」
「独り占め? 何を勘違いされているのです? 私がお誘いしているのは、合同訓練ですよ」
「えっ……」
丁度、部下と訓練をするところですし……と突き放すように加えてみれば。みるみるうちに萎れて、あからさまに肩を落とされるのだから、敵わない。どうして、陛下は私なんぞをこんなにも構いたがるのだろう。
***
女を武器にすると、困った時に誰も助けてくれない。
……それが私が母の姿から勝手に悟った、世の中の仕組みだった。
母は確かに、とびきりの美人だった。
元々、母は男爵家の令嬢だったらしい。有り体に言えば、「身を持ち崩した」事になるのだろうが、彼女は恋愛に対して打算的過ぎたのではないか、と思う。
母はあろうことか婚約者のいる殿方にアプローチをかけ、「真実の愛」とやらを勝ち取ったそうな。だが、蹴落とそうとした相手があまりに悪かった。お花畑満開の思考回路しかない男爵令嬢に対するは、頭脳明晰な公爵令嬢。彼女は王妃教育をしっかりと受け、人の流れと使い方を熟知した女傑だったのである。そうして感極まって「婚約破棄」を言い出した王子様の心(もとい、王妃の座)を取り戻す手筈もしっかり整えており、母を見事退けて見せた。
……そうして呆気なく返り討ちにされた母は生家からも勘当され、娼婦に身を窶す。
(馬鹿みたいね。贅沢をしたいから、王妃になりたいと思うのも、大概だけど。真実の愛だなんて言ってしまえる、オツムもどうかしている)
母は「真実の愛」の演技をしていただけみたいだけど。でも、その演技力が娼婦になってからも役に立ったなんて、皮肉もいいところ。
母はいつもいつも憐憫を誘う様子で泣いていて、私は母のそんな姿が大嫌いだった。そして、母は娼館でただただ泣くだけの日常を送った後……「よくある病」で息を引き取った。なお、私の父親が誰なのかははっきりしていない。娼婦の子供であればよくある事だし、母が亡くなった時は寂しさ以上に……彼女から解放されると、喜んでしまった。無論、相当に歪んでいるのも、自覚している。
だからこそ、母と同じ轍は踏まぬぞと、私は幼い頃から鍛錬に励んだ。幸いにも、この世界には倒すべきモンスターがたくさんいるらしいし、女冒険者も珍しくない。何より……これこそ、不幸中の幸いと言うべきか。私は剣術の才能だけは、本当に恵まれていた。
戦場に出れば、女だろうが男だろうが、関係ない。剣を振るう腕一本で生死だけでなく、評価も分かれる。非常にシビアでありながら、クリアでもある世界観に、自分の居場所はここなんだと高揚したものだ。それなのに……。
(勅令まで出して、私を召し抱えるなんて……)
冒険者ギルドから呼び出しを食らって、慌てて出頭してみれば……私を待っていたのは、ビシッと着込まれた鎧が眩しい、騎士様の面々。なんでも、王様が私の評判を聞きつけて、召し抱えたいとおっしゃったとか、なんとか……。もちろん、身に余る栄誉に私は舞い上がりもしたし、騎士団入りも即断した。だが……王様が聞きつけたのは剣の腕前ではなく、母の悪行だった。
(本当に、何を考えているのか分からないわ、陛下は。父親が父親だから、仕方ないか……)
私が母の半生を知ったのは、本当につい最近。さっきまでお相手をしていた陛下の母君……要するに、王太后様から教えられたのだが。母がちょっかいを出した公爵令嬢こそが、王太后様その人だったのだから、世間は冗談抜きで狭い。要するに、陛下の父君は「真実の愛」を見つけちゃったお花畑の同類だったことになる。先王の没後という事もあり、あまり不用心なことは言えないが。……道理で母君の王太后様に比較して、陛下が間抜けに見えるはずだと、一人で納得してしまう時がある。
それはさておき、王太后様から衝撃の事実(身元がバレた事も含む)を告げられ、私は虐められる為に呼び出されたのだろうと覚悟した。彼らは私を召使いとして使い倒し、溜飲を下げるつもりなのだと……思っていたのだが。意外や意外、王太后様の真意は別の所にあったらしい。決して私を虐げるために呼んだのではないと、柔和に微笑まれる。だが、失礼ながら……その笑顔も不気味すぎて、冷や汗しか出ない。
***
「アルベル、もうおよしなさい。本気で迷惑がられていると思いますし……」
今日も会話が弾まなかったと……肩を落とす息子を嗜める王太后。毎日毎日、玉砕して帰ってくる国王の姿に、王太后は力なく笑ってしまう。
「いいや、諦めません! 僕はクラリスの笑顔が見たいのです!」
自身が政略結婚でもあったため、息子が見つけた「真実の愛」は実らせてやりたいと思いもするが……果たして。あの鈍感な中隊長にアルベルの思いが伝わるのかは、非常に怪しいと王太后は感じていたりする。
アルベルはクラリスを戦場で見かけてから、彼女に夢中だ。無骨ながらも凛とした佇まいに、隠しきれない美貌。王太后が言うには、母親が美人だったから……ということらしいのだが、彼女はただただ美しいのではなく、力強く、雄々しい。それに、王太后からちょっとした後悔も聞かされていた手前、ますますクラリスにのめり込んでいた。
「僕が国王だから、クラリスは微笑んでくれないのでしょうか……」
「一理ありますね。あなたの機嫌を損ねないために、皆も合わせてくれていますが、彼女とて知っているはずです。身分を理由に、裏では相応の陰口を囁かれていることも。実力も本物だから、ちょっかいを出されないだけ」
それでなくても、一部の令嬢達の間では「男装麗人」として持て囃されてもいるらしい。女でなければ、今頃騎士団長にでもなっていると、専らの噂である。
(女でなければ……ですか。そうですね。女でなければ、もっと自由に生きられたのかも知れませんわね)
お互いに……ね。
王太后になった公爵令嬢は、男爵令嬢の末路を聞かされて溜飲を下げるどころか、心を痛めていた。お仕置きされるにしても、修道院送り程度で済むだろうと思っていたのだが……男爵家は金欠状態だったのだ。あろうことか、男爵は王子の籠絡に失敗した娘を高級娼館に売り飛ばした。……そう、真実の愛を演じた男爵令嬢も、父親に王子の誘惑を命じられた被害者であった。
その現実を知った時には、王太后は元より先王も男爵家に嫌悪を抱かずにはいられなかった。故に……当時の男爵から爵位を剥奪すると共に、かの男爵令嬢を保護しようと探しもしたが……。
(全てが遅かった……)
彼らが所在を探し当てた頃には、彼女はこの世を去っていた。娘がいたという話も聞かれたが、母親が嫌いだったフシもあったらしく、気がつけばいなくなっていたという。その事からも……彼女はクラリスに誤解されたまま、孤独に死んでいったのだろう。
「……アルベル。あなたはクラリスを笑顔にしたいのですね?」
「もちろんです、母上! 僕はクラリスにゾッコンなのですから!」
「そう。でしたら……彼女に本当の事を、もう少し話してみましょうか。真実を分かち合うのも、距離を縮めるのに効果的だと思いますよ。ただ場合によっては、彼女にも後悔させてしまうかもしれませんが……」
「いえ、大丈夫です。僕は過去に関係なく、クラリスを笑顔にしたい。僕はクラリスを笑顔にして、誤解を解いて……一緒にお義母様の墓参りに行くと決めているのです! ふふ。それに、クラリスのウェディングドレス姿は素敵だろうなぁ……!」
「まぁ、気が早いこと。ですが……あなたはクラリスを裏切る事もなさそうね?」
「当然です!」
あなたの父がうつつを抜かしたせいで、2人の令嬢の人生は狂ったのだもの。だから、あなたは同じ過ちを犯さないで。相手の身分なんて、どうでもいい。本当に好きな相手を、素敵な笑顔で彩ってあげて。
……それが、王太后の切なる願いである。
***
「おはようございます、陛下」
「クラリス、おはよう。えぇと、今日は視察に付き合って欲しいんだ……」
本当にツイてない。1日の始まり早々に、面倒な仕事を申しつけられた。
「どうして私なのですか? 国王の視察ともなれば、もっと相応しい相手がいるでしょうに」
「お忍びで行きたいんだよ。城下町に人気のケーキ屋ができたとかで……」
「陛下は意外と、甘いものがお好きなんですね?」
「あれ? クラリスは甘いものは……」
「太るので、控えています。動きが鈍くなっても、困りますし」
「ゔっ、そうなんだ……」
私はのほほんと事を構えていられる王族とは、立場が違う。お菓子の誘惑に負けるつもりはない。
「えぇと、ね。白状すると、男だけじゃ行きにくいんだよ……。女の子に人気のお店みたいだし……。かと言って、普通の令嬢を連れて行ったのでは、何かあった時に危ないし……」
くそぅ、そう来るか……!
チラリと控えている宰相を見やれば、是非に行ってやれとコクコク頷いていやがる。……チッ。こいつもグルか。
「承知しました。宰相殿もご了承済みのようですし、ご一緒しましょう」
「本当⁉︎ それじゃ早速、着替えて!」
「えっ? 着替え……ですか?」
「うん。鎧姿じゃ、店の雰囲気を壊しちゃいそうだし。なんと言っても、お忍びだからね!」
「ですが、私はあいにくと……」
ドレスの類は持っていない。あるのは、簡素な部屋着と鎧類だけだ。
「ドレスならあるよ? 母上がどれを着せようか迷っていたし……」
「はい⁉︎」
同じ部屋には、扇子で口元を優雅に隠しつつ……オホホと笑う王太后様まで揃っている。しかも、メイド付き。
(げ、解せぬ……!)
***
渋々ではあるが、ラベンダー色のドレスを纏ったクラリスは……それはそれはもう、美しかった。それこそ、王宮で無意味に屯している令嬢達がこぞって嫉妬してしまうくらいに。
もちろん、アルベルの恋路を快く思わない令嬢達も大勢いる。連日着飾った彼女達がやってくるのは、アルベルが独身であり、婚約者さえ作らないからだ。だが……王太后は知っている。政略結婚や、実のない婚約は不幸の種にしかならないのだと。だから息子にはせめて、幸せになってほしい。それに……。
(気付くのが遅くなって、ごめんなさいね……。でも、ご息女を見つけたからには、きちんと責任を取るわ。彼女の誤解も、表情も……私達が解いてみせる)
きっと、男前なクラリスは笑顔を知らないだけ。1人で生きていこうと必死だった間に……笑う機会さえ、なかっただけ。だから、そろそろ笑って頂戴。そんなに顰めっ面をしていたら、折角のハンサムが台無しよ?
ぎこちなく連れ立っていく彼らに、扇子越しのエールを送って。もしかしたら未来の娘になるかもしれない、中隊長を見つめては……彼女のウェディングドレス姿も悪くないわねと、王太后は人知れず微笑んでしまうのだった。
企画の規定にて、文字制限が5000字以内となっており、やや詰め込んだ感はありますが。
ちょっとした小噺として読んでいただけたのなら、幸いです。