1.1〈Level Up!〉
小説を開いて頂きありがとうございます。
新作書きました。
何気なく思いついたキャラクターの妄想が膨らみ続け、気が付けば再び筆をとっていました。
「AnOther Online」とは、VRMMORPGと呼ばれるジャンルの新作ゲームである。
同時発売されたゴーグル型ゲーム機器「Second's」を装着し、ゲームの世界へダイブする。アバターを通じて視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚といった五感を投影し、まるでもうひとつの現実のようなゲーム体験を味わえる。
キャッチフレーズは「もうひとつの現実」。ゲームのガイドライン以外、全てがプレイヤーの自由であるという。
「……で? なんで親父は、これをアタシにプレイさせるんだ?」
宣伝のような説明を下っ端に聞かされた理由を、目の前にいる父親本人に尋ねる。
「璃音。お前にはこの峯島組の娘として、今まで色んなことを教えてきた」
静かな威圧感を放つ父親。
「御託はいい。何でかって聞いてんだ」
璃音は物怖じしなかった。
「……そうだな」
父親は一呼吸置き、本題を切り出す。
「単刀直入に言おう。璃音、このゲームの中で人殺しをしてこい」
気が付けば森の中だ。視界を埋め尽くす程の青々とした草木。葉の隙間から零れる陽の光。まさに美しい大自然といったところか。
「こういうのって、普通は街の中から始まるモンじゃねぇのか」
簡単なキャラメイクを終え、無事にゲームの世界へログインできたようだ。
ユーザーネームは「璃音」のような、リアルと同じものでは色々と危ないため、「Reapel」という新たな名を自分へ付けた。Reaperをもじったものであり、少しイタイかと思ったが、これから自分がする行いを考えればむしろ洒落の効いた良い名だと思った。
それはそれとして、空中を指先で撫でるように動かしてコマンドのウィンドウを表示する。初めに所持品を確認しろと、下っ端から指示があったためだ。
ちなみにその下っ端は現在、レアペルもとい璃音のプレイの様子を見守っている。その理由については後で聞かせるとのみ言われた。
「これは……いわゆる初期武器か」
ウィンドウの端にあるパネルに触れる。
「って、ただのナイフかよ。ファンタジーな世界でこんな生々しい物持たせやがって」
刃渡り僅か六センチ程度の小さなナイフ。これで殺れということだろうか。
……と思案している最中、視界の端に動く物を見つけた。
ウサギのような動物が池の水を飲んでいた。数は四匹。
こちらには気付いていないようだ。
可能ならば討伐して素材を得るべきか。肉は食糧になるし、皮も何かしら使い道があるだろう。
だがその前に周囲の安全を確認する。獲物を横取りされたり、あるいは不意打ちを仕掛けられる場合がある。
レアペルは動きを静止し、じっと耳を済ませる。
葉が掠れる音、鳥のさえずりに混じる異音。それは微かにのみ聞こえる。
見れば、ウサギのすぐ後ろに蛇が身を潜めていた。狩りをするつもりだろう。
レアペルはターゲットを蛇へ変えることにした。蛇と言えば毒を持つ種類もいる。鋭い牙とあわよくば毒液が手に入れば、殺しがやりやすくなる。
蛇が僅かに身を引き、目にも止まらぬ速さでウサギへ噛み付く。そのまま更に牙を食い込ませる。食われた個体以外は逃げ出したが、この賢い狩人は二兎を追うことはない。皮ごとかぶりつき、真っ赤な肉を喰い荒らす……ような動きをする。
所詮はゲーム。血は出ない。なんなら骨すら見えない。先程まで生き生きとしていたウサギが、ただそのままの姿で倒れているのみ。
所詮はゲームか、と失望のような何とも言えない心情のレアペルは、ナイフを軽く握る。
レアペルは頭を回転させる。先の噛み付き攻撃は速かった。見極めての回避は困難だ。蛇が毒を持つか否か、仮に持っていたとしても、その強さにより生存か死亡か決まると言っても過言では無い。
正直なところ一か八かである。この蛇は噛み付いた後、牙を更に食い込ませるような動きをする。毒を流し込んでいるのだろうか。
ならばその隙を突き、頭頂部へナイフを突き刺す。この方法ならば、多少の毒は食らうだろうが、確実に殺せる筈だ。
改めてナイフを握り、伏せるような真似はせず蛇へ近付く。
蛇と対するにあたってこれが正解なのかは知らないが、とにかく首だけは噛まれてはならないという直感を頼りにした。
当然ながら蛇がレアペルを認識する。口を開き、舌を震わせ、ここを立ち去れと威嚇する。
璃音もまた怯むことなく蛇へ立ち向かう。
蛇が軽く身を引く。先と同じように。
そして噛み付いてくる、その刹那──
「うぐッ!?」
左腿に激痛が走った。まるで刃物で刺されたような。
否、刺されたのだ。たかがゲームの蛇に。
ゲーム故に血は流れない。だがレアペルの目には鮮やかな血の川が見える。本当に見える訳ではない。ある種の幻覚のようなもの。
冷たいものが腿へ流れるような感覚もある。本当に毒があった。間も無く更なる激痛に襲われるだろう。
死にものぐるいでなんとか蛇の頭部にナイフを突き立てる。レアペルは激痛に顔を歪め、混乱と恐怖に襲われながらも、死から逃れるチャンスを掴むことができた。
だが安心はできない。ゲーム内のダメージこそ少なく済んだが、毒も噛み付きと同様に激痛を感じるだろう。
最早レアペルには、毒のダメージ量だとかそういった考えは浮かばなかった。
消えゆく蛇の死体、アイテム獲得のウィンドウを横目に、何も出来ないまま意識が遠のいた。無理やり意識を引き裂かれるような感覚に襲われた──。
気が付けば「Second's」を身につけ、天井を見ていた。
「気が付きましたか? 一旦こちらからログアウトさせました。説明の方をさせて頂きます」
ログアウトさせられた璃音は大量の汗を流しながら下っ端に迫る。
「おい! 一体どうなってんだ! こういうゲームって痛覚は緩和されたりするモンじゃねぇのかよ!?」
鬼のような気迫を放つ。しかし下っ端は一切動じていなかった。
「いえ、それが正常です。お嬢がダイブしたその『Second's』はリークしたものですから」
「リークだと?」
下っ端の説明によればこうだ。
璃音の使った機器は、開発企業に潜む組のメンバーからリークされた試作品のひとつである。そのリーク者の改造により「触覚補正機能」がオフにされている。つまるところ、痛みを現実のものと同じ程度に感じるのだ。
「……ったく、なるほどな。このリアルなゲームを通して、リアルな殺しを練習しろって魂胆か」
「そういうことでしょうね」
下っ端はフッと笑いながら言う。
「あんまりカタギに手は出したくないんだがな……」
「心配ありませんよ。これはただのゲームですから」
下っ端はきっぱりと言い放つ。
「……それもそうか」
璃音は苦笑し、再びゲームへログインした。
「……大丈夫ですか? もしもーし?」
ゲーム世界に入った瞬間、至近距離から声が聞こえる。男の声だ。
足音、息遣いから察するにこの男一人。周囲に獣はいない。ナイフは手元にある。殺れるか?
「……あぁ、大丈夫だ」
レアペルはむくりと起き上がる。仰向けに倒れたままだったようだ。
──タイミングは今じゃない。
「良かったです。体力が少なかったようですけど、もしかしてバイパーコブラに襲われましたか?」
「バイパーコブラ? 何だその、頭痛が痛いみたいな名前は」
「まぁゲームですからね、分かりやすい名前の方が良いでしょう」
「……そういうものか」
レアペルは腰を上げ、助けてくれた男に一応の感謝を述べた。
困ったときはお互い様です、と謙虚な言葉を返された。
「外部からの干渉で一時的にログアウトしてしまっていたようですね。何かあったんですか?」
「いきなり踏み込んだことを聞いてくるとは、随分と失礼な奴だな。まぁ良い、別に大したことじゃない」
本当は充分に大したことなのだが。
「あっはい……そうですか。あっ、申し遅れました。俺はイージスって言います。差し支えなければお名前を聞いてもいいですか?」
顔を見れば、どことなく優しい顔付きをしている。と言っても、これはゲーム内のアバターに過ぎない。人は見かけによらないというものだ。
「アタシは……リオって名前だ」
本来の名前とは別の名乗りをするのは、まるで別の人間に成り代わったような、えも言われぬ気持ち悪さがある。
──今ばかりは仕方の無いことだが。
イージスは律儀に感謝を述べると、ひとつ提案してきた。
「リオさんは初心者ですよね? もうすぐ危険なモンスターが出没する時間ですし、拠点まで送りましょうか?」
「あぁ、頼む。この森の中をがむしゃらに歩いたからな、道が分からなくなったんだ」
イージスはフフと笑い、快く承諾してくれた。
「もうすぐ拠点に着きますよ」
先導のため、リオに背中を向けて歩くイージス。
道中に他愛の無い話を振られたリオだが、
「……あの、リオさん」
「なんだ」
「良ければ、その……拠点に帰ったら、俺とパーティを組んでくれませんか?」
恥ずかしそうだ。
「男のクセにうじうじしやがって。まぁそうだな、少しは考えてやるよ。案内してくれた恩もあるしな」
つい厳しい本音が出てしまったが、イージスはハハと乾いた笑いを出した。
対してリオは冷静に息を殺し始める。
「……ふう、後はここを真っ直ぐ行けば拠点に着きます。リオさん、一緒に──」
イージスが振り向く、その直前に。
ナイフを軽く握り、腕を振り上げる。
そのまま一気に。
「っ!?」
ナイフを首筋に突き刺す。もう片方の腕を首へ回し締め付ける。膝裏を思いっきり蹴り膝をつけさせ動きを封じる。
「いきなりッ、何すんだよッ!」
イージスも負けじと体を振り回す。自由な腕を不器用に振り回しレアペルの腕を叩く。大した有効打になる訳がないとも知らず。
「くそっ……毒のせいで……体力が……ッ!」
先の毒蛇の体液をナイフに塗っておいた。間も無く毒が体に回りHPを削る。それでもイージスは暴れ続ける。
今一度ナイフを抜き取り、再び刺す。今度は別の箇所に。
少しずつ抵抗が弱まる。諦めたのだろうか。
「……ッ、このクソ女! 恩を仇で返しやがって……! 絶対許さないからな……ッ!」
イージスは必死にリオを睨みつける。
「お前、ただのお人好しかと思ったら、本当は下心あったんだな。アタシはこっちの方が好きだな」
リオは笑った。ゲーム内で初めて笑った。しかし表情は一切変わらない。
「殺してやる……リオ……!」
イージスの体が消滅した。死んだということだ。
リオ──否、璃音は初めて殺しを経験した。
「こんなものか」
璃音はじっと自分の右手を眺めていた。先程まで冷たいナイフを握っていた手を。
「……まだまだ不十分だな。親父の求めるアタシはこんなヤワなもんじゃない。もっともっと殺す」
リオは笑った。
「これはゲーム。ルールに則れば何をしたって良いんだな」
リオは笑った。
「親父に報告するのが楽しみだ。どんな顔して聞いてくれるかな」
璃音は笑った。
璃音は笑みを浮かべながらログアウトした。
後に、リオと名乗る茶髪の女に殺されたと主張する男が現れる。
人々は初めこそ意にも介さなかったが、同様のことを訴える者が続出したことで事態が変わり始める。リスポーンした直後、貧相な装備のまま人々へ訴えかける者たちがいた。
それがNPCなのか悪質なPKプレイヤーなのか、数多くの憶測を呼んだが、どれも確信に至ることは無い。しかし、ただひとつ、誰もが心に決めたこと、唯一の確信があった。
ここは「アナザーオンライン」
もうひとつの現実であり、決して現実ではない世界。
全てがプレイヤーの自由。
殺しでさえもルールの呪縛に囚われないのだ。
読んで頂きありがとうございます。
璃音ちゃん可愛いねprpr。M男が好きになりそうないい女です。
MMOモノって、なんかPKが悪いものとして扱われがちじゃないですか。いや実際そうなのですけど、どうにかこれを活かした物語が作れないかな〜と思い、このような作品を生み出すに至りました。
感想等あればお気軽に送ってください。モチベーションに繋がるかはさて置き、作者が嬉しくなります。