始まり始まり
ここはどこだろう
始まりは熊と森と俺の叫び声と大きな衝撃、左腕から血が噴き出しあらぬ方向へ曲がっていた
(死ぬ、死ぬ、完全に太い血管が切れてる、止血しているうちに次は首の骨を折られるか生きたまま内臓を食われるんだ)
傷口を抑える
(もしかして俺は永遠に死に続ける地獄に落とされたのではないだろうか)
考え始めるとだんだんそんな気がしてきてなぜか納得してしまった、ああ、あのとき掃除をサボってしまった、後先考えず縁日で金魚をすくってすぐ死なせてしまった、勉強が嫌で大学受験しなかった、マックで一度ちゃんと後片付けをしないで出て行った。
納得した。納得した。諦めた。
だから熊を一筋の光が貫いたのを見て心底驚いた
「アンタ大丈夫?」
自分の独り言以外の声をすごく久しぶりに効いた気がした。力強い女の人の声。
「ちょっと待ってなさい」
その人は二つにくくった青紫の髪の毛をなびかせながらその小さく細い体に不釣り合いな大きな杖を振り、光の矢で熊と戦い始めた、淡い紫色のエプロンドレスがクマの血で染まってゆく、しかし彼女の黄金の瞳は力強い意思を持ってクマを見据えていた。
「あっ・・・止血・・・」
俺はあわてて腰のベルトと拾った枝を使って腕の付け根を捻り巻く。
「オラッ!!死ねぇええ!!」
「グオオォオッッ」
少女と熊の決着はもうすぐ着きそうだった、俺は近くの木に足をもたれかけた。
(うう・・・あの人が勝ったとして俺は死を回避できるのかな・・・?)
この場合は輸血も必要かもしれない・・・
「もう大丈夫よ!これを飲みなさい」
熊に勝った女の人から赤い液体が入った小瓶を渡される
「こ、これは・・・!?」
飲んだ瞬間怪我が見る見るうちに治っていく!?血管と筋肉は繋がり皮膚も閉じていく、傷跡すら残さなかったのだ!
すごい!これが異世界転生か!
山を下る。彼女の名前はマドカさん。ここは家の近くらしい。
「ねぇ、さっきの腕にベルト巻き付けてたの何よ?」
「止血です」
俺は美少女からの質問に少し緊張しながら答えた。
「ふうん、それにしても私が戦闘してるのに寝っ転がるなんて良い根性してたわね」
「あれは足の血液を体に送るためにしてた体制です」
見た目に似合わずお姉さんのように語りかけられる。しかしどこまでか俺の知ってる常識と同じなのだろう。
「ふうん、確かにあの怪我だったらもう助からないと思ってたけど君、ピンピンしてるもんね、凄いじゃない」
「あ、へへ、ありがとうございます」
「それで、やっぱり何も思い出せない?」
「………やっぱり何も思い出せないですね、記憶喪失です」
「でも自分の名前は分かると、ユーゴ君(裕吾)」
「そうなんですよマドカさん」
嘘だ、本当は全部覚えてる、俺はただのフリーターで朝起きたら森の中にいて変な服を着ていて熊に襲われてた。
「その装備、冒険者ギルドの配布装備じゃないの、ってことは………」
「冒険者ギルド!?」
「何、何か思い出したの?」
「あ、いえ、思い出したような思い出せないような………やっぱり何も思い出せないですね」
「ふうん、とにかくギルドに行けば何かわかるわよ」
冒険者ギルド………ワクワクするなあ!やっぱりここはファンタジー世界なんだ!最後に良い思い出が出来て良かった!
その後、結果としては何も分からなかった。
~以下ギルド内にて~
「なんだかおかしいのです」
「おかしいのです、ってなによ」
赤髪青眼の受付嬢は言う。
「確かに登録はされてます、でも受付日は定休日に登録されてることになってるし、名前以外の情報はなんだか変な文字?みたいのになってるし受付担当の名前もでたらめなのです」
「ふうん」
「う~ん、俺にも読めない文字ですね」
「そもそも君、文字読めるの?」
「文字は読めるみたいです、良かった」
「ふうん、君、なんだか危機感無いわね」
どちらかと言えば無いのは現実感だ。
~ギルド内描写おわり~
マドカさんがご飯を奢ってくれると、酒場に連れて行って貰った。
「ご飯ついでに情報収集出来るし、ちょうど良いでしょ?」
「ありがとうございます!」
酒場はたくさんの人でガヤガヤしていた。
「あっマドカちゃん!男連れなんて珍しいね!」
ウェイトレス嬢の言葉に酒場のたくさんの人が一瞬ザワついた。耳をすませてみる。
「何!?……マドカちゃんに男……!?」
「なんだあいつ……チビのくせにマドカちゃんと……」
なんだなんだ、マドカさんはずいぶん人気者らしい。当の本人はそんなことつゆ知らず、ウェイトレス嬢と会話をしている。
「あはは、そんなんじゃないわよ、ホラッ行くわよユーゴ」
「はいっ」
なんだかちょっと良い気分だ。見ろ!お前らの大好きなマドカ美少女は俺の隣を歩いている!……ん?
「………」
席に着いている大男が、ニヤニヤ顔でこちらを見ながら足を出す。ははあ、なるほど、お気に入りの女に手を出す男にケンカでもふっかけるために、足をかけようとでも思っていたのか。ザコのお手本のような行動だな、俺がそんな安い挑発に乗るわけがないだろう。
ただ一つ問題があるとすれば、この思考にいたったとき、俺の体はすでにナナメ45度に達していた。
「グワーーー!!イターーイ!!!」
「「エーーーーッ!?」」
そこには情けなく床でもがく俺の姿があった。
「ヒジ………ヒジガ……ヒジウッタ………」
「ちょっと何やってんのよーー!!最低!!ほんっと最低ーー!!」
「待ってくれ!!本当にコケるとは!!」
マドカさんに優しく介抱されながら席に着いた。俺は、へへっざまあ見ろと言う意味を込めて大男を見る、そう、これは計画通りなのだ!そういうことにしといてください。
「ごめんなーここは俺がおごるから」
なんだこの男、優しくてキモチワルーイ!
「ふう…で、君、結局これからどうするの?」
「住み込みで働ける場所を探してみようかと思います」
「………それがどういうことか分かって言ってるの?」
「分かってないですけどこれ以外俺には道が無いですからねぇ」
「ふうん」
「最悪物乞いでもします」
ここは俺のことを知ってる人は誰もいない、だから誰も俺に期待しないし失望しない、………思ったより良いかもしれない。
「………わかった、紹介してあげるわよ」
「物乞いを?」
「住み込みで働ける場所を!ちょうど下男を雇おうと思ってたのよ」
「誰が?」
まさか
「私よ、私の家、私は冒険者だけど家に小さい畑と少し家畜がいるの」
「出会ったばかりで大胆ですね!?ちょっと心の準備を」
「なな、何考えてるのよバカ!あんたが住むのは私の家じゃなくて!物置小屋よ!っていうか変なことしようとしたら魔法で吹っ飛ばすから!!」
やったー!!都合の良い方に話が転換していく。
「やったー!!良いんですか!?」
「言っておくけど自分のこと思い出したりほかの仕事見つけたら出てって貰うからね、もう」
「はい!頑張らせていただきます!」
嬉しいけど少し不安になった、この子無防備過ぎやしませんか、いや、熊も余裕で倒せるくらいだし俺ごとき恐るるに足らずなのだろうか、まあいいややったー!!美少女とスローライフだ!!
山を登る。
「つ、疲れました……」
「君、体力無いわね」
「そりゃ一日中町の中歩き回ったんですから」
おまけに今日だけで山から町へ、町から山へ往復したのだ。往復でだいたい1時間強かかる。
「君がしょっちゅう、あれは何?これは何?とか聞き回るからでしょ、もう、ギルドと教会と衛兵詰め所行くだけだったのに時間がたっちゃったじゃない」
行方不明者と指名手配犯を少し調べたのだ、幸いどちらにも俺の名前と顔はなかった。
「すみません、好奇心が抑えきれず」
「君、自分の記憶どころが一部の常識まで抜け落ちてたのね……相当珍しいけど実際そういう記憶喪失も有るって聞くわ、大変ね」
「あ、えへは、はい」
村の奥の山の奥にあるマドカの敷地
「わああ……」
目の前にあるのはちょっとした畑!家畜小屋!物置小屋!風車!!そしてこじんまりしていてかわいらしい家!煙突もついてる!童話に出てくる魔女の家みたいだ!
「あっちがトイレであっちには水路があるから気をつけて……って聞いてるの?」
「はい!聞いてます!素敵な場所ですね」
「ふうん、分かってるじゃないの、ホラ、今日はもう寝るからワラ持って行くわよ!」
「ワラ?」
ああ、あの牛とかがよく食べるやつ。
「物置小屋の屋根裏に私のお古のベッドがあるの、でも中身はないからワラをひかなきゃ」
ワラのベッドかぁ、アニメでそういうのあったな、あとはパンとチーズとたき火があれば完璧
「階段急だから気をつけてね」
「はい」
物置小屋の屋根裏は細々した物が置いてあるだけで、広くて、静かで、何というか、何だろう、秘密基地みたいでワクワクする感じた!
「天井低いけど君の身長なら平気でしょ?少し狭いのは……まあ我慢しなさい」
「いえ、ここで、いやここが良いです!充分広いです最高です!」
「そう?ならよかった、ねぇ、今からベッド組み立てるから、君は少し休みなさいよ、疲れてるんでしょ」
「何でですか?」
「え?ベッドないと寝られないでしょ」
「そうじゃなくて」
この人はなんで不気味なほど俺に優しいのだろう。
「なんでそんなに優しくしてくれるんですか」
思い返してみればここは魔女の家と言われても納得してしまう見た目である、丸々太らせて食べられるのだろうか、いや、生け贄の方がしっくりくる。
「何でって……そりゃ……君が」
もしかして一目惚れしちゃったとか、いやさすがに大穴過ぎるか。
「子供だからよ、私は子供を見捨てられるほど外道じゃないわよ」
子供?
「俺は21ですけど!?」
「は?」
「え?」
「何が21なのよ」
「年齢です」
間
「ハァーーーー!?アンタ私と同い年ーーーー!?」
「えぇーーーー!?あんた俺と同い年ーーーー!?」
なんてことだ、まさかお互いのことをお互い年下だと思っていたのだ。
「どどどどう見てもアンタ十代前半じゃない!!詐欺よ詐欺!!もう!この!なに女の子の家にノコノコ着いてきてるのよこの変態!!」
さすがにその言い方はカチンときた
「はぁーー!?かってに勘違いして連れてきたのはそっちだろうが!このっ痴女っ!男児誘拐!」
「痴女じゃないしアンタ男児じゃないし誘拐でもないわよ!!バカ!出てけ!」
「ここまで連れてきといて追い出すのかよ!あの山道を一人で降りろってのかもう日も沈み始めたってのに!!」
「うるさい!バカ!明日の朝には出てって貰うんだから!バカ!」
「おいちょっと!」
マドカさんは降りていって家にかえってしまった
「ベッドの組み立てくらい教えてから帰れよ!」
俺の叫び声は夜の闇に吸い込まれていくのであった……