第九話 虎娘の機嫌を損ねた盗人にはセリフすらありません
「やっと…… 逢えた」
「君は……『プチ』なのか?」
「くんくん…… やっと現れましたね、この乱暴猫ッ」
「あんた、あの犬。やっぱり邪魔者…… 心配かけまくりのドン臭犬」
「なんですって……!」
「まあまあ」
ボレキ準男爵からの早馬が『盗賊が捕まりました』という報告をしてきてすぐ、門の向こうに現れた人物があった。
この景色、スゴく既視感あるなぁ。
人間と異なるその姿はある意味異形だが、俺は美しいと思った。
水色の胸当て以外は革製のヒモのような装備、露出高い。
防具とは呼べなさそうな、寒そうな服だ。
オレンジ色の派手な髪はベリーショート、眠そうな半開きのつり目は金色。
白い肌の各所にオレンジと黒の体毛が入り混じって、確かに虎模様を描いていた。
虎人は、人狼と並んで戦闘能力が高いらしい。
柵越しでの再会なんてもうしたくないので、シーヴァが持っている鍵を使ってすぐに門を開いた。
シーヴァにスゴく嫌そうな顔をされたけど。
改めて、目の前に亜人種族の『虎娘』が立って頭を下げた。
「ご主人。お久しぶりというか初めましてだよね。そこのバカ犬を見送ってちょっとして、ボクは逃げちゃったから犬との差はあんまりないのだけど」
「それなら、ご主人様に心配させたのは一緒じゃないの」
「死に姿は、キツイのよ。分かるでしょ」
「ぐぬぬぬ……」
プチの言葉はシーヴァを責めるけれど、歯噛みをするシーヴァもちょっと可愛い。
シーヴァの声は柔らかく低いけど、プチの声は高く鋭いね。
その声にも、なんだか懐かしさを覚えた。
「いや、平気さ。死に目を見て悲しいのも、姿が見えなくなるのも、寂しかったし悲しかったけど」
「……ごめんなさい」
「申し訳ありません、ご主人様」
「いや、謝らせたいわけじゃないんだ。今が、嬉しくて……」
「「…… 」」
二人の耳が、忙しく動いて感情を教えてくれる…… でもしんみりしないでほしいな。
せっかく、また逢えたのに。
笑ってくれと伝えると、プチは無表情にうっすらと、シーヴァはふっと笑ってくれた。
「元気だったかい、プチ」
「うん。ボクは元気だよ」
「何を今さら。一年以上、何をしていたと言うのです」
「旅をしてきたんだよ当たり前じゃん」
そんな二人が、また目の前で睨み合う。
シーヴァが現れてから約一年半か。
まだ来ないまだ来ないとシーヴァが唸っていたのは、ナイショの予定。
何かあったのかと心配していたのにね。
そして、どうやら盗賊たちを懲らしめたのはプチらしい。
早馬の騎士から聞いた状況とも噛み合うし。
「スゴいな、プチはそんなに強くなっているんだね」
「ふ、ふふふ。まぁねぇ。そこの駄犬とは、鍛え方が違うの」
「ああら、言うわね。私は、噛み付いたら離しませんよ?」
「ふふ、手の届く範囲に居てくれるなら其処らじゅうをズタズタにしてあげるわよ」
やめてコワイ。
女の子はもうちょっと優しい顔をしててほしいな。
「シーヴァまて」
「きゃいん」
物騒な二人だなぁ。
シーヴァはちゃんと言うことを聞いてくれるけど、長い付き合いでもあるしプチと仲良くしてほしい。
ね。
「で、ではご主人様、私は一番のりでしたので序列としてだけで構いません、『妻』として娶っていただきとうございます」
「いいっ!? 結婚? ダメだよ、他種族間では子供を作れないから結婚できないよ?」
「分かっております、まだご主人様が成人なさっていないことも、その慣習も。しかし、プチが来たからには序列を付けていただきたいのです」
ああ、なるほど序列としてだけの、か。
しかし、プチは納得していなかった。
シーヴァは俺に好意を持っているようだけど、プチはどうなんだろう。
「ご主人の愛情とご飯は渡さない……」
「遅れてきた猫には残飯がお似合いです」
見えない火花が散っているようだ。
その火の粉が来る前に、プチにしておきたい質問がある。
「待って、争うのはダメだからね。それはそうとプチ。今のフルネームは何?」
何処に所属している士族だったのか、確かめたくて。
ちなみにシーヴァは『ドートルー・オールト・オソ・グワル』と言う。
大陸北の武人の国の第二王女だったんだって。
スゴすぎだ。
「ん、カルカル・アーマ・トチ。大樹の里の騎士の生まれ。ゴッターニ連邦のお偉いさんがパパ」
「ひえ」
こっちも凄い。
ゴッターニ連邦は大陸東の穀倉地帯。
そこの獣騎士隊といえば大陸最強と名高い。
その家系とはね。
「お兄ちゃんがいっぱい居たから、ボクはのんびりできてたんだけど、あの夢の中の声が聞こえる前に許嫁ができちゃってさぁ」
「そのまま玉の輿に乗れば良かったのに」
「やだよぉ、ボクより三十も年上のオッサンなんか。身代わりに従姉妹の行遅れのオシャベリを奨めといた。それに、ご主人が転生したんなら、ボクの居場所はここだもん」
「プチ……」
「また、養ってくれる?」
可愛く言ってるけど、それはニート。
「うーん、シーヴァと同じメイドをするか、家の外の仕事をするかしないと、屋敷にいられないかな」
「えーっ、じゃあ料理人やる」
それは、ちょっと意外だった。
シーヴァは元々メイドの仕事を学んでいて、生家の『家政』と『乳母』から下地を叩き込まれていた。
だから、家政婦としての仕事はすぐに覚えてくれて、マリーアが楽になったと喜んでいたっけ。
そしてプチも『料理人』を学んでいるとなれば、即戦力間違いなしだ。
戦闘能力的にもだろう。
ゲームで言うなら攻撃力、防御力にシーヴァが特化していて、敏捷性、単体肉弾戦にプチが特化していて、もしもの時は二人とも戦えるってことだ。
頼もしいね。
「あ、熱い料理はレシピないと作れないんだけど。猫舌だから」
「お、おう」
オチがついたな。
転生組のお話はここまでで区切り、新しい家族に紹介するべく屋敷へと移動していった。
……まぁ、また『前世でどんな徳を積んだ』とか『あと何人来るのか』とか『爆ぜろ』とか『捥げろ』とか言われてしまうのだけど。
一々気にしないことにした。
かつての家族なんだから。
一緒に居たいなら、それをなるべく叶えたい。
やっぱりここでも、家族だから。
――追記。
シーヴァが望むので、最近は『開拓地管理監』という肩書きが俺に付いた。
そして管理監付きメイドとしてシーヴァが、管理監付きコックとしてプチが名前を連ねてきた。
シーヴァに何か、企みがあるらしい……。
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