第七十八話 黒衣の"女"
初手は敵を捉え切れなかった。
だが、すべてが失敗ではない。
タズマがあらかじめ見越し、予備選力を残していたのだから。
『退路を確保しているハズだから敵が逃げ出した場合、追跡や包囲して、更にトドメが必要』
そして、それを待ち構えていたのはかつての『世界最強』である。
「なんじゃい、このワンコロは」
犬と言うにはあまりにも大きい。
しかしその形は犬型の魔物…… その数約20体。
瓦礫の隙間から這い出て飛び掛かるそれらを一瞬で切り刻み黒い肉塊へ変えて、剣星はへルートとキィクを背後に庇った位置のままに刀を鞘に収めた。
その刃には血の一滴も付いてはいない。
「過去に倒したヤツに近いが…… 何かがまじっておるなぁ」
「さすがです」
「うむうむ、もっと詳しく頼む」
「でも調子に乗らないでください」
人を食った態度のまま、魔物の現れた辺りを睨む剣星、そして応えるように瓦礫を押し退けて更に大きな魔物が飛び出した。
《ゴバッ、ドゴドゴッ、ドガッ》
「うわわわ」
現れた大型の魔物は先ほど切り刻まれたライオンサイズの魔物より二回り以上大きな、怪物。
ゾウのように巨大な怪物がばらまいた、飛び散るレンガにキィクは後退りへルートは盾を構えて防ぐ。
魔物は下手に近付かず、距離を計っているようだった。
「なんじゃ、待ち構えているのが分かるのか?」
刀剣術『居合い・燦散一閃』を狙った目論見を看破し、間合いを見定めたかのような距離感に剣星も警戒心を高める。
「どうやら、一筋縄では行かない魔物、らしいぞい」
期待に剣星の顔が歪む。
愉しげな笑顔を浮かべ、間合いを縮めて。
『キィク、強化防護壁を解除してくれっ』
「あっ、タズマからの連絡です!」
「なるほど、地下は空振りか…… いつも頼るばかりだったからのう。今回はおんぶをさせるのではなく、儂がタズマ殿を支えてしんぜよう」
通話用の魔道具を見て、キィクはタズマとの遣り取りへと安易に気を逸らす。
魔法使いの遣り取りは魔法使いに任せるとして、剣星はそのキィクとへルートを背後に庇いつつ、間合いを一歩詰めた。
うなずきキィクが魔法を解除した瞬間。
新たな技が、炸裂した。
《ズパッ》
「いぃやっほぉい☆ 斬舞臥撃爪ぁあ☆」
《ガギゴドンッ》
真上からユルギの足の爪が叩き付けられ、犬型の魔物の頭が踏みにじられ、ホコリが舞う。
片足に全体重と羽ばたきの加速を乗せて、怪物の口を地面へ、瓦礫へと押し付けるように落ちてきた。
ついでとばかり指が片目を貫いて、伸ばしていた舌は魔物が自分で噛み切って飛んでいる。
それ以前に怪物の首の骨を折る威力の急降下…… ユルギは大興奮だった。
「たーのしー☆ もっかいやろーっと」
「うぬ、ずっと旋回しとると思ったら、こんなモノを使うか、派手じゃのう。水着がポロリしてしまいそうじゃないか」
「剣星さまッ!」
「ああ、すまんへルートや。お主の美乳には誰も敵わん」
「そっ、そうではなくッ!?」
最強の攻撃方法を失った彼はもう、いつもの剣星に戻っていた。
ただし、口の軽さは嫁を得て格段に上がっていたが。
「オレは忙しいのに、何者だお前らは」
「何者とはご挨拶じゃな。儂、有名人のつもりなんじゃが。貴様こそ何だ」
異様な大犬の死体の中から、奇怪な人物が抜け出して、剣星たちへ語り掛けてきた。
「聞けば答えると思っているのか。ご都合主義も大概にしろ。んん? そうか、確かにお前の顔は見た記憶があった。剣星、そうか世界一の剣士か。そっちの美女は、何か引っ掛かるが……?」
「あ、あ……?」
「ヒトの嫁を口説くな、やらんぞ」
自らも尋ねておいても剣星の言葉は届いていないのか、犬型の魔物の口を割って這い出してきた『女』は、スタスタと何もない荒野を行くが如く進み、先ほど剣星が刻み倒した魔物のなれの果てに手を翳した。
「まだまだ、役に立て…… 【感染】」
《ボトッ、ボタボタボタ……》
女の腕から、黒いコールタールのような粘液が流れ落ち、物言わぬ存在に絡み付く。
不可思議な作用をもって、例えるなら『命を吹き返したかのように』、ユルギに頭を潰された怪物の周囲へと肉塊が走り出した。
「ぎゃあ、キモチワルイ」
「うわ気色悪いのう」
「剣星さま、コレが、もしかして」
それが世界の敵なのだと、キィクも背筋を氷で撫でられるような邪気に感じとっていた。
黒いスライムのような死体が、死体と繋がる。
その奇怪な蠕動は、大犬の形をまるで『地獄の番犬』のように変えていく。
「いいぞ、そんな形に成りたかったのか。ふふふ。格好良いなぁ。このまま飼ってやろうじゃないか」
「ふむ、彼女は犬派か。しかし中々の美人じゃないかの……?」
剣星は背後のへルートの反応を期待して軽口を挟む。
が、へルートの顔色の悪さに剣星もいぶかしみ、問いを一つ。
「へルートや。こやつは、親戚か何かか。あまりにもお主に似ておる」
そう、顔立ちが、背格好が、へルートに瓜二つ。
そのため剣星は初撃を躊躇っていた。
しかしへルート自身には、もっと動揺があった。
「か、彼女は、私の腹違いの妹です……! ああ、マイラ! 応えてマイラぁ! 一体あなたに、何があったと言うの!?」
黒衣の女は、答えない。
そして、二人の女を見比べ、剣星も顔色を変えた。
「なんとっ!? じゃあ、儂にとっても義理の妹か!」
髪の毛が長く、目付きが悪い…… それを見逃していれば確かにヘルート・アカートに似ていて。
彼女は、いや彼の『身体』は人質として驚きをもたらして攻撃の手を止めさせた。
「その形で良いのか? よしいけ、思うままに」
『ごぁぼおおおぉ……』
煮え立つような鈍い音を響かせ、更に巨大化した怪物が黒い触手を放ち振るう。
のたうち回るそれは、剣星の目の前で『避けて』へルートを襲った。
《ブォオオンッ》
「阿呆」
《キィン、ザパッ》
しかし粉微塵に切り刻まれ、青く燃えて消えた。
先程のカウンター技よりも長い射程で放たれた剣技に、怪物は無言の怒りと共に触手を三本と増やして叩き付けた。
《ブンブゥンッ》
「家族を守るのは楽じゃないのぅ。だが……」
《キィン、チン》
居合いと納刀だけだが、しかし黒い触手は千切れ飛ぶ。
《ザンッ》
『ぐぼあぉおおお……』
苦悶とも悲鳴ともつかない声に、しかしそちらは見ず、剣星の瞳は黒衣の女から離れない。
決戦の様相を呈する恐竜のような怪物よりも、黒衣の女の方が厄介だと、直感のままに立ち止まっていた。
「かわいそうに…… 折角治してやったのになぁ。栄養が足りていないのか。なら、オレが調達してやろう」
「マイラっ!?」
「ん? あぁ、髪の毛が短くて判らなかった。すまんすまん。ハルお姉ちゃん、だな。くくくくっ。心配なら、コッチに来い。可愛がってやるよ」
宙に浮かび、移動しようとする女に、へルートが話しかけるがその様子に息を飲む。
女の両手から粘液が伸びて、蛇のように襲ってきたからだ。
「【雨滴散烈】!」
《ジュバッ、ジュゥウウウ……》
剣星の技が放たれるより早く、駆け付けたタズマが魔法でそれを迎え撃った。
仲間がここに揃い、プチはキィクの横に、シーヴァがタズマの前に立ち、犬歯も顕に警戒する。
「タズマ君っ」
「来たか。トドメまではいかなんだ。あと、あの身体はへルートの妹らしい」
「なっ、そんな!?」
「ほぉ、可愛いなあお前、エサにするのは勿体ない…… 極上の気持ちを味あわせてやるから、オレのモノになれ」
「戯れ言を……」
女は薄笑いを浮かべたまま、シーヴァを見ていた。
今の口説き文句は犬好き視点か。
ペットとして扱うつもりの見下した表情に、シーヴァは内心冷や汗をかいていた。
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