第七十話 大樹の里の賢者
相手が暗躍しているかもしれないというのに、俺たちは戦力増強のため『大樹の里』へと訪れていた。
あー。
宮仕えの身の上、すべては決められ、ままならぬ…… なんてな。
ここは大陸の東、山脈の切れ目『明けの端』という大森林の入り口がある場所。
所属としてはゴッターニ連邦の一部分だが、世界各地の書物を保管する大書庫を持っていて度々諍いに巻き込まれているため、他国に対しての自衛権を大きく持っている。
例えば、プチの生まれた家『護衛騎士』や、『護衛兵団』、『護衛魔法戦士』を擁している。
ゴッターニ連邦の中でも大きな発言権を持っていて、その財源は豊かな森の恵みだけにとどまらず、多く所属する魔法使いたちが片手間に作り出す『魔法道具』によって潤い、その技術力は他国にとって重要視されている理由でもある。
かつて『お偉いさんがパパ』だとプチが言っていたのだけれど、まさか連邦評議会の議長だとか思わないって……。
それはそれとして。
大樹の里は大きな窪地の中の丘に幾本もの不思議な光を帯びた大木が生えている場所で、そこへと続く門の先は石橋が伸びていた。
現在、その門の前。
非常時以外であの小型船を飛ばして外国へと行くワケにはいかないから、国をまたいでからはずっと馬車の旅だった。
もちろん、馬車の天蓋として運んではあるのだけれど。
今回は、剣星さまは不参加だ。
俺たちはここでスカウトをし、剣星さまは新たなスキルを掴むべく『闘技神』への祈りを捧げている最中。
「あっ、やっぱりカルカルだった。久し振り~」
「ミトナ」
と、門の前でこちらに向かって手を振る女性が一人。
プチと同じ虎人だ。
馬車を降りた俺たちの方へと駆け寄ってくる。
手を上げ、プチが迎えた彼女は水色の皮鎧に身を包み、槍を携えていた。
「鼻が間違ったかと思ったよぉ。許婚を放り出して旅に出たって聞いたけど、今は貴族様の護衛してるの?」
「ううん、この方がボクのご主人。世の癒し手って呼ばれてる」
「へぇえっ! ホントに、あの?」
「ふんすっ。自慢のご主人……」
プチは平らな胸を反らして鼻高々だ。
一方、里の大門を守っていた彼女は後ろにまとめた焦げ茶の髪の毛を揺らし驚いていた。
「あっ、じゃあ、ずっと話していた前世の男の子? ……運命信じてて、良かったね」
「このまま、未来のダンナ様だもん……」
プチがミトナと呼ぶ彼女は、温かな笑顔をプチに向けてくれた。
お姉さんみたいな存在なのかな。
「しかしあの空船の操舵手ねぇ。なんか女性の比率高いし…… カルカル、もっとアピールしないとマズイって。コトあるゴトに肌を触れさせて、自分に気があるって思わせなきゃ」
「ん。初心に返るヤツ。やる」
ピトッと素直にその言葉に従うプチ。
俺の腕…… というか肩を抱いて、もふもふでフサフサの耳が頬を撫でる。
頬がくすぐったいけど、肩は温かい。
「そういう話は本人の居ないところでお願いしたいね…… プチ、話が弾んでいるところ悪いけど」
「にゃっ、そうだった。ミトナ、ボクたちは用事があって来たの。通してくれる? ご主人の、癒し手の空船としてのお仕事なの」
「はいっ。ご要件は承っております…… お見苦しいところを晒し、申し訳ありません。この先のご案内致しますので、暫くお待ちください」
「あ、はい。よろしくお願いいたします」
そう言って、来たときの三倍くらいのスピードで彼女は戻って行った。
「あの娘はミトナートゥ・オーバー。ボクの幼馴染みで従姉。ウチは代々戦士頭とか隊長を輩出している家系だけど、めっちゃ頑張りやさんで『槍騎士』の候補として国が認めてるの」
「へぇえ、凄いね」
「ふんすすっ。自慢の家族……!」
プチは俺の時より若干嬉しそうに誇っていた。
微笑ましくて、こっちまで笑顔になってしまう。
「お待たせいたしました。参りましょう」
「あっ、よろしく」
門の内側から戻った彼女に先導され、馬車で橋を渡る。
先に宿へ馬車を停めてから、里の中央、独特なレンガ造りの建物…… 大図書館に通された。
その中は分類ごとの大広間に本棚がびっしりと並び、その間に閲覧の長机が伸びていた。
その荘厳さ静謐さに、思わずキョロキョロと見回してしまうが、肩に掴まったままのプチが柔らかく張り付いていて歩きヅライ…… まぁ、なんだか楽しそうだからいいけれど。
「この先の、分類体系別保管室に大賢者さまがいらっしゃいます」
「ありがとう。じゃあ、俺だけまず行くよ」
図書館の中で騒ぐワケにはいかないからね。
アポイントメント取っていたのに、ここで会うってトコロでこちらへの悪感情はお察しだ。
剣星さまが『儂がおるとあのババアとの口喧嘩で終わってしまう』と言っていたから、多少は身構えてしまうよね。
「しかし、あの大賢者さまとの面会かぁ…… あー、緊張する」
「どの大賢者さまかね?」
図書館の広間から小部屋に入る前、扉の向こうから声が掛かる…… 声が筒抜けだったのだろうか。
「……失礼いたします」
《カチャ…… キィイ……》
しっかりとした扉を潜ると正面、木製布張りのソファにゆるりと腰掛け、視線は手元の分厚い本から離さずにいる老婦人が。
喪服のように黒い、しかし赤い髪飾りはド派手な装いのこのヒトが……。
「初めまして。私はタズマ・コトゥラ・ステンラルと申します」
「聞いてるよ。なんだい、自分で全部に対応なんてできないよぉ、って泣き言を言いに来たのかい?」
うお。
だいぶトゲトゲしい。
剣星さまとはまた違った年の功を感じる。
「……公国から、親書は届いておりましたか。では話が早いですね。大樹の里から、この異界溢れに対応し得るかたをご紹介いただきたいのですが」
しかしコトを荒立てたりしたくないし、逆鱗に触れてこの話を失くすワケにもいかない。
それはそれとして…… ドアの向こうから聞こえた声より小さいのは、何か遠隔監視の魔法か何かだったのだろうか。
「ふぅん。剣星のヤツに引き回されていたにしてはモノの道理や話の順序はわかってるみたいだね。気に入った」
パタンッとその本を閉じ、目線をこちらに向けて…… 悪寒。
《パチィ》
頭の中で、魔法に対抗した感触!
色味が紫、精神関連の魔法か。
「あの、話を進めても宜しいですか……?」
「はっ、アンタ中々強いじゃないか。ますます、気に入ったよ」
そう言って、大賢者さまは銀縁眼鏡を外し俺に再度『眩惑魔法』を掛けてくる。
《パチィ、パチィン》
「世の癒し手なんて大層な名前だと思ったけれど、中身がちゃあんと伴っているじゃあないか。なら、お仕事してもいいか……」
黙ってその魔法攻撃に耐えて、大賢者さまを見つめた。
「先制攻撃は一番の平和的解決だと思わないかい?」
「それで体制が決していれば、まあそうなのでしょうが」
「おや、怒らないのかい」
「いいえ。この貸しを全力で活かしたいと思います。先ほどの行動が先制攻撃だったと判断してよろしいんですね?」
内心動揺しまくる、うるさい心臓を隠して虚勢を張ってみた。
予想しといて良かったぁ。
付与魔法の『精神異常耐性』掛けといて大正解だよ。
「いいやぁ、うっかり防衛機能の付いた眼鏡をかけていて悪かったね」
「うっかりですか。仕方ないですね。誰にも間違いはありますが、その後にも何かしましたよ?」
「男が細かいコトいってんじゃないよ」
「性別で何を判断されているのかはわかりませんが、女性でないと喋れない世の中ではないので」
俺の中で、スイッチが入っていた。
クレーム対応で鍛えられた『引かないトークスキル』が発動中。
「あぁん? 粗探しなんかしてんじゃないよ。みみっちいねぇ」
「その大雑把で、今攻撃していましたが。つまりこれは故意になされたと判断して良かったワケですか」
「うるさいね、言葉に自信があるんだろうけど、外見が子供だから信頼はされねぇんだよ。私の目の前でくっちゃべってる無礼は見逃してやるから、とっとと帰りな」
「攻撃されたままで帰れ、とは、国へと報告して反撃をしてくれという意味で? それとも、国使に対する礼儀も知らないと他国へ喧伝して欲しいという意味ですか? 無礼はどちらかと言いたい」
声は荒げない。
目は逸らさない。
しかし見るのは相手の口。
開け閉め繰り返すときには、言葉を発しない。
相手の言葉を全て聞いてから、反論をするのだ。
「……ふひっ、ひひひひっ。いいねぇ。なら私の無礼の分、とっておきの人材をくれてやる」
まるで魔女のような笑いかたをして、大賢者さまは一枚の紙を差し出した。
俺は手荒く試されていたのだろうけど…… 今、どこからこの紙を取り出したんだ?
「転生したとはいえ、ヒトとのやり取りは経験値準拠だものなぁ。ストレス耐性とかトークスキルとか、コイツにも教えてやって欲しいもんだ」
「この…… このかたが、ご協力いただける人材ですか」
ヒトによっては『宣戦布告』と取られかねないコトをしておいて、この大賢者さまはしれっとしたもの。
他人のペースに揺らがないっていうか、自分がルールみたいな。
目標自体が違うというのか、視点がずれてるのか。
自分自身が正しいとかこれで合ってると思ったら譲らない頑固さというか…… 精神的ジャイアニズム?
まぁ、レジスト出来たからよかったけど。
絶対、付与魔法の存在もわかってて腕試ししたよ大賢者様。
「こっちに来てまでヒキコモリしてるグダグダヤローだから好きに使ってかまわないよ。魔法はソコソコ使えるから足手まといにはならないハズだ。もし足を引っ張るなら海にでも落としちまいな。泳げないから」
あんたはヒトじゃなく鬼だったか……。
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