第二話 一人目(?)は狼娘
昨夜のベッドに沈んだ体勢のまま、朝陽射す部屋で目覚めた。
「んがっ、んむ、あぁ~…… っふ」
大アクビをキメて、夢ではなかったんだと事態を再確認。
不思議な肌触りを朝の光に覚えつつ、目の当たりにした現実を受け入れ、ベッドを降りて身支度を整える。
ここは辺境とはいえ、貴族の末裔。
程々に生活は豊かだが、メイドとかにかしずかれて世話されて…… なんてことはない。
子供だとしても、もう八歳なんだ。
自分の世話くらいは自分で出来る。
ただ、急激に覚醒した俺の意識が、少年の身体の中で違和感を訴える。
小さな身体との差異を理解するのもそうだけど、この『ステンラル家』の四番目の子として愛情を受けて育てられたという『歴史』が加わったことに意識が淀む。
顔を洗ってからもぐちゃぐちゃと考えてしまうが…… 『前』の子供の頃と『今』の子供の頃が混じって混乱してる、って感じなのかな?
「お早うございます、お父様。お母様」
「うむ、おはようタズマ」
「お早うタズマぁ、今日も可愛いわ」
《ぎゅむっ》
「うぷぅ、苦しいよ」
「ふふふ、もう皆揃っているわ。さぁ朝御飯にしましょう」
ツィーデお母様の大きな胸に埋まりながら、前世では見たこともない母を思った。
俺の『過去』には、山奥の実家で生き物に囲まれていた記憶がある。
それが影響したらしく部屋の一角にはぬいぐるみが山のようにあるんだが、今の俺はそれを愛でる精神年齢をしていない。
少しずつ、近所の子供たちにでも配るか。
そんなコトを考えながら、自分の席につく。
「お坊っちゃま、今日はしっかりとお洋服が着れていますね。頼もしいですわぁ」
「マリーア、僕はもう一人でなんでもできるんだよ」
「あらあら、そうでしたわぁ。もう剣のお稽古もしていやっしゃいます。新しいお屋敷を建てるのもすぐですわね」
我が家の中でただ一人の亜人種、牛人のメイドで俺の乳母でもあるマリーアが、その母性いっぱいの笑顔でおだててくる。
彼女には赤ちゃんの時から世話になっていて、とても敵わない。
「ほらタズマ。まずはお祈りだ」
「はい、アルー兄さん」
上の兄に窘められ、胸の前に右手を握り、それを包むように左手を添える。
この世界に実在する導きの神様、白神ベラーリに祈りを捧げた。
「この息吹の続く日に、新たなる身の糧があることを感謝します。ベラーリ・ア」
「感謝します…… ベラーリ・ア」
「うんうん、お祈りが上手になったわね」
「ありがとう、オーネ姉さん」
「今日は間違わなかったし。うん、偉いぞタズマ」
「ありがとう、ロウ兄さん」
「さあみんな、感謝して食べよう」
家族揃っての食事は、品数こそ少ないけれど和やかに進んだ。
この家は辺境の一角、竜の背中と呼ばれる山脈の麓、人の入り込まない深い森へと臨む街道の端にある。
この屋敷がある村は、人口がおよそ二百人。
領地としては同程度の村が三つ、街道の途中にある人口四百人の町が一つあり、広さとしては下級貴族として破格でも人口としては最小だった。
現当主であるお父様、アレヤ・コトゥラ・ステンラルは良き治世をするのだが、ここ辺境においては平凡でしかないらしい。
中級貴族出身のお母様とは仲睦まじく過ごしているが、地元の名主たちからは軽く見られている。
「確かに糧をいただきました。身を尽くし働きましょう」
「感謝し働きます……」
全員の食事が終わるまで席を立てない貴族のルールはあるけど、俺たち子供もそうしつけられているので騒ぐこともなく。
しかし、昨日までの俺はちょっと騒いでいた。
反省。
母と姉がにこやかに見てるのは、そのせいだろう。
心の中で『ごちそうさま』と言いつつ、食堂脇の水場へ。
食後にはすぐ口を漱ぐ、これは我が家のルール。
実家も同じだったので、何だか嬉しい。
「タズマ、今日は剣術のくんれんだ」
「よろしくね、ロウ兄さん」
人口約千人を治める貴族の家系なら、それなりの教養が望まれる。
つまり、家族にも色々な仕事があるのだ。
俺の居るこの世界が西洋中世頃に非常に酷似しているという事は理解している。
貴族階級とかね、子供の自分にもいい服を与え、頭と体を鍛える機会を与えていたり。
「生まれたままでは、我ら人は獣のような力はない。まずはたんれんをして、無事に成人するだけの健康を得るのだ~」
「ふふ、似てるぞタズマ」
「こら、誰の真似だ」
「あはは、アルー兄さんのマネじゃないよ~」
しかし、世界は危険だらけだから、子供を沢山産んでなおかつ、育て守ることに注力しているんだ。
我が家の子供は四人、この人数は平均的。
御家騒動の心配より、魔物や戦争が原因で貴族の交替が多いから、生存第一の体制ってのに繋がったのだろう。
「こぉら、タズマ! 年上は敬うモノだ。謝りなさい」
「ごめんなさい、アルー兄さん」
「お、よしよし。物分かりがいい」
実際の年齢は俺のが下になるのだから、素直に頭を下げたら、下げた頭を撫でられた。
「男の仕事は女と子を守るコトだ。二人とも、親を家族を守り得る身体を作り、男子たるを示すんだぞ。名主の婿や跡継ぎなんて志を持たず、立身出世に邁進するんだ」
「でも俺、ゴーノゥさんちの娘のコダちゃんが好きなんだよなぁ」
「なんだ、ロウはあの家に婿として入る気か」
「へへへ、いや、それも悪くないけどね」
庭先へと続く廊下を歩きながら、子供たちは色々な話題を飛び交わしていく。
姉は、中々苦しそうな顔をしていた。
「私ぃ、あと二年で嫁入りだよ。相手は子爵様だけど、第三夫人は微妙だし、年上過ぎるのもなぁ」
「姉さんは美人だから、きっと寵愛されるよ。やっかみとかのが怖いかも」
俺の言葉に、姉は目をぱちくりと瞬かせ、吹き出した。
「ふふっ、いつの間にそんなコトを言えるようになったのかしら。心配ありがと。そうね、作法や習い事だけじゃなく、そういう所もお母様に教えてもらわなくっちゃ」
十三歳の姉は既に嫁ぎ先も決まっていて、そのための勉強に勤しんでいる。
まぁ、彼女の事は良いだろう。
恋愛の有無はさておき、将来がちゃんと決まっているのだから。
肝心なのは男子…… 俺たちについて。
男の将来は、第一子から家督を相続するっていう常道は分かるのだけど、俺みたいな第二、三の子供は分領された場所で名主、地主となるのが普通で。
尚且つ、魔物の襲来や戦争の際には戦力としての働きを期待されるのだ…… 前世でもデスクワーク組の俺にまでそんな脳筋扱いをしないで欲しい。
「お父様は?」
「今日は領地境にて、亜人たちとの会談だ」
「あ、騎士様がいらっしゃるのですね」
「タズマは騎士様が大好きだものな」
いや、今はそうでもないけど…… いきなり趣味を変えるわけにはいかないし、今までの自分を踏襲しつつ、変化していくつもり。
「ボレキ様の勇姿を見に行きたいのは俺もだが。お父様の邪魔をしてはいけないぞ、この領地の先にある大森林を開拓するコトこそが、我が家の使命。領主として、国を栄えさせねばならないのだ」
アルー兄さんはお父様にとても憧れていて、志が高過ぎる。
「そして俺も、淑やかで優しい妻を娶るんだ……」
なるほど、夫婦仲の良好さにも憧れているようだ。
「剣や魔法の才があれば独立し貴族を名乗れるし、な」
「もしそうならいいよね」
「独り立ち、かぁ。コダちゃんと一緒の貴族生活なら悪くないな」
そんな戯れ言混じりの子供たちが玄関脇を通った時、門の先に、銀色の煌めきが見えた。
「あの人は?」
俺の目に映ったその銀色は、門の外側で叫ぶ。
「ごしゅじんさまぁぁぁぁあ!!」
貴族の家に生まれ、領地持つ親の下で育ち、お坊っちゃまとか呼ばれているので、その『ご主人様』には耳慣れている。
しかし貴族だとしても、誰かを従える立場にないとそう呼ばれたりはしないので、お父様のことかな、としか思えなかった。
「ん? あれって、亜人種の…… 人狼だよね」
「結構な距離だけど、大きい声だ。お父様を呼んでいるのかなぁ」
「こっち、見てるわよね」
広大なこの世界には、多種多様な人々がいる。
それは人種だけでなく、種族としての差異があるということだ。
人とは異なる人類、『亜人種』。
日本のサブカルチャー、もう主流と言えるかもだけれど、ラノベやRPGゲームではお馴染みの『獣の特性』を持った存在。
「門には『魔法』が掛かってるから、入っては来られないと思うけど……」
「僕、聞いてくるよ」
「あっ、タズマっ!?」
この世界の全人類を知っているわけじゃないが、何か…… 何故か、この獣人は俺の味方、な気がした。
「慌てないで、話すだけだから」
俺が走って近付くと、彼女は涙を流し、その場に跪く。
「太東様、やっと、お目にかかれましたね…… 新しいご家族にはもう慣れていらっしゃるようで、何よりです」
「な、何で、僕の名前を……」
日本語の発音で俺の名前を呼び、現状どころか前世を知らなくては言えない言葉を彼女は続けて、俺は驚かされる。
不信の目で見つつ、表情を探ろうとすると、察したのか語ってくれた。
「私は、お世話になりました犬の『シーヴァ』です」
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