俺の初陣は?
目の前に現れた美女錬金術師にこの世界の魔法を教えられた蝮陀羅一同。しかし、彼の頭にはポーションのことしかない。そんな救いようのないクズに、過酷な初陣についての説明がなされる。
「ポーションくれ」
乞食と呼ばれようがどうでもいい。
こんな情けないことを美女錬金術師に言うのは気が引けたが、ポーションの可能性に気がついていた俺は単刀直入に尋ねてみた。
「かまいませんが・・・・・・あなたの傷は癒えているように見えますが?」
「いいからくれよ! 錬金術師なら持っているんだろ!?」
「・・・・・・ポーションを何に使うおつもりですか?」
「関係ねえだろ」
「・・・・・・ポーションについて説明いたしますね」
焦らしやがって・・・・・・。
「先ほども申し上げましたが、魔法というのは有限。眠らずの国の大切な資源です」
「で?」
「使用用途がわからないままお渡しする余裕などないということです」
「ずいぶんとハッキリ言ってくれるじゃねえか・・・・・・タケナガは持ってたのに、俺たちにはなしってのか?」
「勇者であるタケナガ様とあなたたちの価値は別格です」
「ウゥッ・・・・・・」
なんとも潔い格差だろう・・・・・・価値が違うとまで言われるとは思わなかった。
どうやら『初陣』を達成しない限り、最低限の権利すらないようだ。
「・・・・・・お気を悪くさせてしまい申し訳ありません。しかし、今この国は戦時下なのです」
彼女は俺たちから視線を窓の外へ移動させた。
外からは市民の生活の音色が、人々の織り成すオーケストラのように和やかに聞こえてくる。
「・・・・・・民衆が平和に暮らしていける未来を作るためにも、時には非情にならざるを得ないことを、どうかご理解ください」
「頭が悪ぃからもっとわかりやすく言ってくれよ」
「戦いに有効活用できない人間に割くリソースはないということです」
「ああ、そういうこと・・・・・・わかった」
ならばやることは一つだな。
「証明してやるよ。俺が勇者にふさわしいってな!」
「ずるいでござる蝮陀羅殿! 拙者も勇者になってハーレムを作るのでありまする!」
「ちょっと二人とも・・・・・・」
「・・・・・・その心意気は評価いたします。では、タケナガ様から説明があったとおり『初陣』について説明します」
彼女は手をパンッと叩く。
すると空中からノートが現れ彼女の目の前にフワフワ浮きだした。
ノートはペラペラと独りでに開き、彼女は眼だけを動かして内容を読み取る。
やっぱすげえな魔法・・・・・・。
「まずは・・・・・・魂善翔太郎様」
「は、はい!」
彼女に名指しされてよだれ野郎は緊張したらしく背中をピンと張った。
なんだよ、なんやかんや言っても美女の前では男は皆同じってわけか。
「あなたは『ゴブリン屯所』です。郊外にある森に建設されたゴブリンたちの駆除が目的です。五か六匹だと思われます。達成しなければいけない条件は殺害したゴブリンの鼻を千切って持ち帰ってください」
「千切って・・・・・・?」
「はい。目玉でも可ですが、いかがなされますか?」
「・・・・・・鼻にします」
想像しただけで気持ち悪くなったのか、よだれ野郎は口を押さえて軽く吐きそうになっていた。
「続いて山崎・・・・・・」
「否! 拙者はナイトメアでござる!」
「ではナイトメア様。あなたは『人食い花の大掃除』です。西の干上がった湖の跡地に生えている、人食い植物を退治していただきます。条件は、人食い植物の花弁を持ち帰ってくること。普通の花では即座に見破れますのでご注意ください」
「どのようにして見破れるのですかな?」
「花弁を傷つけるとそれまで食べてきた人間の血が垂れてきます」
「わかり申した・・・・・・もう結構でござる・・・・・・」
さて次はいよいよ俺の番か。
いい子にして聞いておかなくちゃな・・・・・・。
「最後に蝮陀羅様」
「ああ」
「あなたは『帰らずの谷』の掃討です。帰らずの谷に住まい、眠らずの国と敵対している半分蛇のクリーチャー『鱗人』を一体残らず駆逐してください」
「いやちょっと待って」
黙ってられない・・・・・・。
「なんか難易度が違わないか?」
「クジ引きで決まったことは絶対です」
「いやいや・・・・・・なんで俺だけこの国と敵対している奴らなんていう高度で政治的なことをしなきゃいけないんだよ」
「クジ引きで・・・・・・」
「うるせえわかってるって!」
「鱗人はエルフたちの援助を受けております。エルフは帰らずの谷が位置している西の峡谷を、対眠らずの国の最前線と考え、鱗人たちを懐柔し、武装させています」
「おいおいマジかよ・・・・・・」
「彼らは猛毒を牙から分泌することができ、これをエルフに納める代わりに頑丈なドワーフ製の鎧を手に入れ、何人たりとも通しません」
「絶対おかしいだろ!!」
俺はもう我慢ができなくなった。
「そんなの軍隊の仕事だろう! なんで俺一人!?」
「すでに軍隊を出して対処しようとしました。ライガー様が一個中隊を率いて半年前に・・・・・・しかし、敵には地の利がある上に予想以上の武器を用いてきたので失敗しております」
「・・・・・・逆に訊きたいんだけどよ、俺一人でどうにかできると本当に思っているのか?」
「いえ。全く」
「じゃあ犬死にし行けってのか!?」
「そうではありません。我が国は先の敗北を重く捉えております。故に、現状のままの戦力では不充分と考え、より高品質な勇者を求めているのです。帰らずの谷を制圧するような、勇猛果敢な勇者を・・・・・・」
彼女の口ぶりは、まるで勇者を単なる戦争の道具と考えているようだ・・・・・・いや、そう考えているに決まっている。
こっちの世界でも俺は利用されるのか・・・・・・ま、しょうがないわな。
んなことよりも、ポーションを手に入れるためにはこれしか方法がない。
「・・・・・・わかったよ。帰らずの谷を制圧してみせようじゃねえか」
「これはわかる・わからないの話ではありません。決定事項です」
「はいはい。その代わりに頼みがあるんだけどよ・・・・・・」
「ポーションは武器と同じで支給品です。お一人につき三本までです」
「そいつはありがてえんだけど、俺には見ての通り武器がねえんだよ。武器庫に行かせてもらえないか?」
「・・・・・・いいでしょう。ついてきてください」
二人と別れ、俺は美女の後ろに続いた。
廊下を進み、階段を下り、頑丈な鉄の扉にたどり着いた。
「なあ・・・・・・彼氏いんのか?」
俺は好奇心に負けて訊いてみた。
彼女はジロリと隈だらけの三白眼でもって俺を睨む。
「錬金術師にはそんな暇はありません」
彼女は鉄の扉を開けようと取っ手に腕を伸ばす。
そのとき初めて彼女の手をじっくり見ることができた。
白魚のように細く、飴細工のごとく美しい手指にはところどころに火傷や切り傷の痕がある。
「それに、私たち『木の実』と結ばれたいなどという酔狂なお方はいらっしゃいません」
「木の実?」
「・・・・・・この人間の国では、私たちはそう呼ばれているのです。巨木に実ることから、木の実・・・・・・ピッタリでしょう?」
自嘲気味に笑う彼女には、どこか悲しげな影があった。
「・・・・・・俺も、番号で呼ばれてた時期があるんだ」
「え?」
「たしか・・・・・・一一〇番だったな・・・・・・皮肉な番号だった。おかげで他の番号たちからは『マッポ』ってあだ名で呼ばれた」
「そう・・・・・・」
「おっ! いいこと考えちゃったぜ! あんた七七号なんだろ?」
「ええ。七七番目ということで・・・・・・」
「ならよ、これからは『ラッキーちゃん』ってどうだ?」
「・・・・・・どこが幸運なんです?」
「俺らの世界だと『七』は縁起がいい数字だからな。ラッキーちゃん・・・・・・うん。しっくりくるぜ! 何より呼びやすい!」
なんで『ナナ』とかにしないかって?
ナナは俺の母親の名前だからな・・・・・・思い出したくもない。
だからこそ、彼女を『七七号』なんて母親×二の呼び方したくなかったんだ。
「これからもよろしくお願いするぜ、ラッキーちゃん!」
俺は鉄の扉をガンッと蹴った。
ラッキーちゃんはどうやら腕力がないようで悪戦苦闘していた(表情には出さないが)から、まあ紳士的な対応? ってやつだ。
扉は勢いよく開き、俺は中に入ろうとした。
「ラッキーちゃん・・・・・・」
「ん? どうした?」
「いいえ・・・・・・ありがとうございます」
なんか有り難がられることしたっけか?
まあいい。
目の前に広がる絶望に比べれば・・・・・・。
「な、何にもないじゃねえか!」
武器庫とは名ばかりで、中身はすっからかん。
立て掛ける場所にも吊すところにも、なにも残っていない。
「どうすりゃいいんだよ・・・・・・」
武器がナシで身体の半分が蛇の化け物と戦うことなど不可能だ。
ただでさえ最悪な現状が煮詰まったかのごとくより一層最悪になっていく。
「クソ・・・・・・」
「おそらく他の方々が持っていかれたのでしょう」
「ハァ・・・・・・」
「・・・・・・少しお待ちになってください」
彼女は急に廊下を走って出て行った。
シリアスな雰囲気の彼女には似合わない行動だ・・・・・・どうした?
・・・・・・・・・・・・
「お待たせしました・・・・・・」
彼女はローブをクシャクシャにし、艶やかでシルクのような黒髪を汗で濡らしながら戻ってきた。
ゴリゴリ・・・・・・ゴリゴリ・・・・・・
彼女が数センチ身体を動かす度に、何かを引きずる音がした。
かなり重い物だということはその音だけで把握できた。
「ハァハァ・・・・・・」
「おいおいラッキーちゃん?」
「これなら誰も手を付けていないだろうと思い・・・・・・まして・・・・・・」
彼女が持ってきた、というより引っ張ってきたのは、巨大な斧だった。
鉄の部分はドス黒い。刃はよく研がれているが、黒き刀身と二つが合わさり不気味なオーラを発している。持ち手は木でできている。かなり酷使されてきたのだろう。手汗と摩擦で変色している。
「これは?」
「処刑人の斧です・・・・・・と言っても長らく使われていませんが」
「にしても重そうだな・・・・・・」
彼女の力が弱いだけじゃない。俺が持っても尋常じゃなく重量感がある。多分ライガーでも満足に操ることはできないだろう。
「なんでわざわざこんなモンを?」
「・・・・・・さあ、わかりません。ですが、あなたには必要でしょう」
ははぁ~ん・・・・・・さては俺に惚れたか?
いやあ女心をこんな早く射止めるなんて、俺も罪深い男だぜ!
・・・・・・そんなくだらないことでも考えてないと、この鉄の塊で戦うなんて自殺行為から目を背けないのである・・・・・・。
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