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クジ引きと秀でている能力

 ポーションにより禁断症状を脱した蝮陀羅を待っていたのは市民も待望するイベントのクジ引きだった。クジ次第で、勇者になる条件の『初陣』が決まる。しかしそこにはタケナガの策略が張り巡らされていた。

 ポーションってのはいいなぁ・・・・・・怪我が一気に治ったばかりじゃなく、禁断症状まで治まった。

 これが魔法の力ってやつか。なるほど、ナイトメアみてえに熱中になる人間がいるのもうなずける。無限の可能性があるってわけだ。

 いつの間にか綺麗になっていたシャツを羽織り、俺は部屋を出た。

 そういえば身体からもいい匂いがするし痒くねえな・・・・・・なんでだろ。

 まあ、いいか。


 この割り当てられた部屋ってのは安いホテルのような造りの建物にあった。廊下も薄ぼけて、どこか寂しくなる雰囲気だ。あのタケナガだ。こんな建物に長居はしないだろう。

 窓越しに見てみると、中庭を挟んで向こう側に、レンガ造りの立派な建造物が見える。

 奴がいるとすれば、あそこだろう。

 中庭を裸足で踏みしめ、そこへ向かう。天気は生憎と曇り模様だったが、心配ご無用とでも言うかのように、小さくてオレンジ色の光がポウポウと目線くらいの高さを浮遊している。触ってみると、太陽に手を透かした時のように暖かい。おそらく、この球体が庭の草木に太陽光を与えているのだろう。紫色の名前のわからない花がそよそよと平和にそよいでいる。

 魔法には見慣れてきたところで、俺は建物の扉を開ける。


 中は大きな体育館のようになっており、中央に憎たらしいタケナガが召喚された奴らに囲まれて何やら話している。

 召喚の時の以上に観衆がこちらを眺めている。市民だらけで、娯楽気分の顔でこちらを凝視している。大人から子供もまで。なんだが、サーカスのライオンになった気分だ、サーカスなんて行ったことないけど。

 マジかよ・・・・・・本当に俺以外の連中は槍やら鈍器やらの武器を持っていやがる・・・・・・。


「遅いぞ」


 タケナガが一瞬こっちを見て、汚い物でも視界に入れてしまったかのようにすぐ目を離した。

 腹が立って上を見上げる。

 するとずっとシャンデリアだとばかり思っていた光源が、先ほど庭で浮かんでいた球体のでかいバージョンだということがわかった。なんてぇ世界だここは・・・・・・。


「おいアホ面、ずっと待っていたんだ。さっさとクジを引くんだ」

「あ?」


 タケナガの言葉が合図となって、拳銃を俺に向けてきたあの男が箱を持ってくる。

 チラリと確認すると、やはり腰にメキシカンスタイルで拳銃を差し込んでいる。まるで、いつでも発砲できるんだぞと見せつけているかのようだ。

 しかし当の本人は、かすかに震えながら俺の方へと歩いてくる。

 背丈は低く、禿げていて、耳が大きい。

 どことなくネズミのような印象を受けた。


「ど、どうぞ・・・・・・」

「オフマン、いつも言っているだろう。修羅の一員として威厳を持って堂々としていろ」

「ご、ごめんよタケナガ・・・・・・」


 この男、本当に勇者なのか?

 とうてい虫一匹殺せそうにない。拳銃がなかったら、今すぐにでも脅かして楽しんでやるところだ。


 さて、たしかこのクジ引きで俺たちの『初陣』が決まるんだっけな。

 どれどれ、クジ運はそこまでいい方じゃないんだが・・・・・・んん?


「おい・・・・・・一枚しか入ってねえぞ」


 箱の中には、書かれている中身が見えないように折りたたまれた紙がポツンと残されているだけ。


「いいから引くんだ」

「ああ? これじゃあ何のためのくじ引きかわからねえだろうが」

「引けと言ってるんだ!」


 タケナガの野郎ニヤニヤしてやがる・・・・・・おそらく仕組まれている。賭けてもいい(ベットする物はないけど)

 だが、タケナガの隣であの筋肉モリモリマッチョマンが指をポキポキ鳴らしている。

 なるほど・・・・・・俺には選択肢がないんだな・・・・・・。

 いいだろう。やってやるよ!


 えい!


 俺は折られた紙を引き抜く。

 すぐにオフマンはタケナガのもとへ戻っていった。

 何百という視線が、俺に向けられているのを感じる。俺の初陣がどこなのか、皆が発表を待ち侘びているんだ。こんなに大人数から注目を集めたのは初めてなので、こんな俺でもドギマギしてしまった。


 ペラリと紙を開く。


「・・・・・・帰らずの谷?」


 俺が書かれていた文字をそのまま読み上げると、観衆がどよめいた。ある者は顔を押さえ、ある者は大声で笑っている。


「罰が当たったんだ!」

「タケナガ様に無礼を働いた報いを受けろ!」


 様々な罵声が俺に飛んでくる。

 どういうわけだ・・・・・・?


「こりゃぁお前は死んだも同じだな!」


 太鼓のように大きな声。ライガーだ。


「なんたってこのワシ、ライガー様ですら惜しくも勝利を逃した『帰らずの谷』だ。貴様なんぞ、一分ともつまい! ガハハ!」

「惜しくも勝利を逃した・・・・・・? それって負けたってことだろうが」

「なっ・・・・・・!」


 ヤバい・・・・・・ライガーの地雷をモロに踏み抜いたらしい。

 頭髪のないあたまから湯気を発し、ゴリラのようにクッキリとした顔面をゆでだこ並みに真っ赤にしている。


 見守っている人々も「こりゃヤバい」とざわざわし始めた。

 そうだよな・・・・・・またボコボコにされるのは勘弁願いたいんだが・・・・・・。


「タケナガ! こいつを帰らずの谷に送る前に、手足の二・三本へし折ってやってもいいか!」

「やめておこうライガー。女性や子供も見ているんだ。手荒な真似をしたら、我々のブランディングに傷がつく」

「しかし・・・・・・!」

「それに、お前が『失敗』したのは事実だ。それは耐えるしかあるまい」

「クッ・・・・・・」


『修羅』の三人の力関係が、なんとなく見えてきた。

 ライガーが用心棒のようなものなのだろう。群衆受けする巨体で傍若無人に振る舞っているが、その実仕切るオツムはない。

 タケナガだ。三人をまとめ上げ、その場を支配している。

 そのくせ、ライガーの影に隠れて注目されないので、いい身分なのだろう。

 オフマンの可能性は極めて低い。なんせあの臆病者が、銃を携帯しているとはいえ「ついてこい」と先導を切れるわけない。


 ま、俺がそんなことを知ったところでどうでもいいんだけれども・・・・・・考えなきゃいけないのは、手に握っている紙に書かれた場所のことだ。

『帰らずの谷』か・・・・・・縁起のいい名前とは言えない。

 おまけにライガーが一度失敗したということは、かなり厳しい試練が待っているんだろう・・・・・・てか、そんなのを『初陣』に入れんじゃねえよ! タケナガの嫌がらせは命がけってことか!?


「帰らずの谷ってのは、どんなとこなんだ?」

「お前のような愚か者にはお似合いの場所、とだけ言っておこう」


 ライガーとオフマンがいなけりゃ、あのときの続きをやっていた。

 よく我慢した俺。


「各人、詳しいことは担当の『錬金術師』に訊くといい。武器以外の装備も、彼ら彼女らが用意してくれる。では、解散!!」


 ワー! っと会場が震えるほど客が最後の盛り上がりを見せた。それは単に高揚した気分を吐き出しただけなのか、それともタケナガたちへの賛美の叫びなのか。わからないが、タケナガたちの退場と共に家路につく市民を見て、この『完全に仕組まれた』クジ引きは終了した。


「おいっ! お前たちはどこになったんだよ?」


 部屋への帰り道で、よだれ野郎とナイトメアに合流した。


「僕は『ゴブリン屯所』です」

「拙者は『人食い花の大掃除』でござる~いやはや早速、このククリナイフ・・・・・・いやエクスカリバーの見せ場! WKTKがとまりませぬ~」

「・・・・・・なんか俺だけヤバそうじゃねえか?」

「あのライガーさんが失敗したくらいですからね・・・・・・」

「オワタ」


 クソッタレがぁ・・・・・・どうすりゃいいんだ・・・・・・武器もなければ、知識もない。

 とりあえず、ナイトメアをイラッとしたから殴っておこう。


「いッッ! 何をする蝮陀羅殿!」

「うるせえボケ」


 中庭を歩きながらこんなやりとりをしていたが、それを二歩ほど後方からジッと見つめているよだれ野郎に気がついた。長いまつげを、のれんのように下ろして何やら悩んでいる様子だ。


「どうしたよだれ野郎」

「僕は魂善翔太郎って名前があるんですけど・・・・・・」

「何か悩んでるみてぇだが・・・・・・」

「そういえば魂善殿のクジ引きの時、タケナガ氏があからさまに『これを引け』と一本差し出していたような気が・・・・・・」

「ウッ・・・・・・それは・・・・・・」


 ははぁ~ん・・・・・・そういうことか。


「いいんじゃねえのか。あのクソ野郎と仲良くしてりゃ、甘い汁が啜れるってもんだ」

「そんな言い方・・・・・・」

「じゃあなんでクジを引いたんだよ?」

「・・・・・・・・・・・・」

「言わなくてもいいさ。恐えんだろ? ゴブリン屯所だっけ? いかにも楽勝って感じだ」

「そういう蝮陀羅さんは・・・・・・恐くないんですか?」


 よだれ野郎が立ち止まり、俺たちは中庭の端っこで互いを見つめ合った。ナイトメアは不穏なことを意識してか、なんとか場を取り繕うとしていた。


「な、なんか空気悪くね? 窓を開けて換気するでござ・・・・・・」

「少し黙っててくださいナイトメアさん」

「・・・・・・かしこまり」

「蝮陀羅さん・・・・・・あなたはどう思っているんですか? 僕は確かに恐い。いくらタケナガさんが『楽勝だ』って耳打ちしてくれたとしても、これからこの日本刀を血で濡らすなんて恐くてたまらない・・・・・・正直に言えば、あなたと違ってタケナガさんと良好な関係を築いておいてラッキーだと思っています」


 己の心の奥底を、包み隠すことなく明かすよだれ野郎は真剣な表情だった。


「帰らずの谷・・・・・・僕だったらそんな文字を見たらそれだけで涙が出てくるかもしれません・・・・・・あなたは何を考えているんですか? タケナガさんと無意味に揉めて、そして文字通りハズレクジを引いた・・・・・・結果論としては、あなたは間違った行動をしたわけじゃないですか」

「間違った・・・・・・ねえ・・・・・・」


 俺はタバコに火を付けた。

 ライターがどこかにいっちまったんで、ポワポワ浮いてる光にタバコの先を当てて、煙を立たせる。


「フゥー・・・・・・何も考えちゃいねえよ。だけど、嘘はつきたくねえんだ」

「嘘?」

「タケナガはムカつく。その自分の声に、背中向けたくないんだわ」

「その結果として不利益を被っても?」

「別に。それにな、俺は別に不利益だとは思っていねえぞ」

「え?」

「もしも生きて帰ってくれば・・・・・・一気にライガーの上に行ける」

「そんなバクチみたいな・・・・・・」

「人生はバクチだぜ魂善。好きなときに好きなことをやっておかなきゃ、その瞬間は一生来ないんだよ・・・・・・二度とな。俺はそんなの御免なんだよ」


 なぁんて自分としてはかっこいいことを言ってみたけど、よく考えてみれば好きなときにヤクをやって人生破滅したんだっけな・・・・・・あんまり胸張って言えることじゃない気がしてきた。


「ま・・・・・・人生の先輩からの、心ばかりの路銀ってやつさ」

「・・・・・・覚えておきますが、僕は賛成できそうにありません」

「その調子だ。嘘をつかないよだれ野郎のほうが、俺は好きだぜ?」


 タバコをその辺に捨てて部屋に戻る。

 後ろから二人がついてきているのが足音でわかる。


 よだれ野郎にも言っていないことがもう一つある。

 それは・・・・・・楽しんでいる自分がいるってことだ。

 この世界にも無論法律はあるだろうが、俺は今やクリーンな人間だ。何でも思い通りにできる。

 初陣さえこなせばの話だが、それさえも楽しみだ。

 何かを壊すことが、俺は大好きなんだ。それが例えば自分だとしても、別に構わない。

『秀でている者』として呼ばれたんなら、きっとそれは『破壊者』として秀でているんだろうな。


 壊してやるよ・・・・・・なにもかも。


 ここまで読んでいただきありがとうございます。

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