普通の高校生からしてみれば
異世界に呼ばれた魂善翔太郎の視点で、蝮陀羅絶とはまた違ったものの見え方をお届けします。
僕は魂善 翔太郎
日本で高校に通う普通の・・・・・・いいや、剣道が得意な二年生だ。
師範がよく言う。
「謙遜することなかれ。自らの努力には相応の自信を持て」
僕は一年生にして剣道強豪校の団体戦に選ばれた。小学校に入る前から木刀を握っていたんだ。惜しくも国体では決勝まで行けなかったけど・・・・・・今年こそは優勝旗を高校に持って帰るのを目標に毎日道場で汗を流していた。
その日も手足がふらつくほど練習をして帰っていた。
家に帰ったらシャワーを浴びて、タンパク質豊富なお母さんの手料理を食べるはずだった・・・・・・。
だけど――――
「危ない!!」
目の前でボール遊びをしていた小学生が、車道に飛び出たボールを追いかけていた。
彼はボールにしか目がいっていない。
しかし、その背後からは猛スピードのトラックが迫っていたんだ。
僕は咄嗟に、少年の小さい体を掴んで後ろに投げた。つまり、僕は場所を交換したわけだ。
どうなるかっていうと・・・・・・僕がトラックの前にいることになる。
考えるよりも早く身体が動いちゃう・・・・・・僕の悪い癖だ。
僕の最期の光景は投げ飛ばされた少年が、何が起こったのか、そして何が起こるのかわからないままこちらを見ているところだった。
(ごめんね・・・・・・)
僕は心でつぶやいた。
彼にはショックな光景が待っている。そんな思い出を幼い子供に与えること、その行為に罪悪感が生じたんだ。そりゃあ死ぬよりはって皆が思うだろうけど、僕は謝りたかった。
それが最期の記憶。
気がつくと、そこは豪華な映画のセットみたいなところだった。
他にも色んな人がいた。
一人きったない汚れたシャツを着ている人が、なぜか目についた。
「召喚成功です!」
人々の拍手喝采。それに背中を押されるかのように僕は立ち上がった。
他の人も立ったけど、最後まであのきたないシャツの人は倒れたままだった。死んでるんじゃないかと思ったけれど、
「起きないか下郎!」
「誰が下郎だコラァ!」
針で突かれたかのように跳ね起きた。
少し恐かった。
その後も、偉い人が話しているのにタバコを吸ったり軽口を叩いたり・・・・・・いるいるそういう人。なんでか状況を悪き方向へ動かす天才は、どこにでもいるんだ。学校にもいる。いわゆる不良とか・・・・・・僕には縁遠い世界だ。なんで親や先生に反抗するのかが理解できない。そりゃあ怒りたい瞬間もあるけれど、建設的じゃない態度なんてやっても無駄だと僕は思う。
毎日笑顔で過ごして、少し悩んで、そして家に帰って温かい布団で寝る。
これだけでいいんじゃないのかな・・・・・・僕にはわからない。
ともあれ、僕は異世界に来てしまったらしい。
異世界って言ったら映画とかでしか見たことないからよく知らないけど、詳しい人を見つけられた。ちょっと癖が強い人だけど・・・・・・例えば名前とか・・・・・・なんでナイトメア?
まあそれは置いておいて、僕たちは『秀でている者』として呼ばれてここにいる。
僕の推測とナイトメアさんの考えによると、どの人も何かしら特技がある人らしい。ということは、あのきたないシャツの人にも特技があるのかな? 場を乱すことには秀でていると思うけど。
僕らは勇者候補として召喚された。
そして戦わなければ・・・・・・
「誰か助けて! 母ちゃん! 母ちゃん!!」
ああなる・・・・・・。
僕は悩んだけれど、勇者になることを目指す以外に選択肢はないようだ。
それに、ずっと誰かの役に立つ仕事に就きたかったんだ。異世界の勇者なんて、一番人を助ける仕事なんじゃないかと思う。
そして僕には戦う術がある。一〇年以上毎日一〇〇〇回木刀を素振りしてきた。きっと勇者になれる!
そう・・・・・・明るくポジティブに考え始めた途端に・・・・・・
ダァン!!
「てめえ俺に向かってそんな口を叩くんじゃねえよ・・・・・・バラバラにすんぞ」
きたないシャツの人が突然キレて案内役のタケナガさんを殴って押し倒したんだ。
何ですぐにそういう荒っぽいことするのかな・・・・・・。
確かにタケナガさんはちょっと苦手。偉そうだし、兵隊の人を召使いみたいに扱うし、目が笑っていないし。だけど、開口一番に殴るのはやりすぎって言うか、無茶苦茶だよ・・・・・・。
案の定、オフマンさんとライガーさんにコテンパンにされちゃった。
絵に描いたかのようにボッコボコにされて失神しちゃったその人をどうするかとなった。すると、なんと僕そしてナイトメアさんが任される羽目になった。拒否したかったけど、勇者であるお三方の怖さを目の当たりにした後だと、そうもいかない。
結局二人でおじさんを運んだ。
ナイトメアさんより力に自信があった僕が上半身を担いだけれど、すぐに後悔した。
こんなことを他人に思ったことはない。
だけど、おじさんのキッツい体臭が鼻をツンと刺激するのだ。これが我慢できない。
汗と垢、そして特定不明の原因により、おじさんはもはや香害といっても過言じゃないレベルで生理的に無理な存在と化していた。
「・・・・・・僕と同じこと考えてます?」
「クサすぎワロタ・・・・・・風呂に入れるでござる」
「賛成です」
怪我のことを考えると温かいお湯はあまりオススメできない。古傷ならともかく、新しい傷があるのに血流を良くしたら、悪化する可能性がある。
だが、この人と僕らは同室になる。
この悪臭の根源の隣で眠る?
不可能だ。
ザブンッ!
二人がかりで浴槽に放り込む。一時的に頭まで浸かって殺しかけたが、まあ頭髪を綺麗にできたと思えば・・・・・・いいか。
そして大きなタワシのような物でおじさんをこする・・・・・・何でこんなことをしているんだ?
確かに人の役にはたっているけど、乱暴者のおじさんの介抱をしたくてラテラス様に志願したわけじゃない!
そう不満に思っていた――――
だが、ワカメみたいにべっとりとした髪を綺麗にすると、真珠貝を開いたように驚いた。
「・・・・・・以外とかっこいい」
「イケメン爆破しろ・・・・・・」
痩せすぎだけど、日本人とは思えないほどに彫りが深い顔で、鼻筋もスラッとしている。
無精ヒゲをどうにかしてあげれば・・・・・・かなりイケメンになると思う。
そうだなぁ・・・・・・ヘドロを被ったジョ○ー・デップって感じかな・・・・・・あの人が演じていた海賊の人なんて、イメージにぴったりだ。
表面は汚らしいがその実、磨けば光り輝くこと間違いなしの、ダイヤの原石のようである。
「拙者の部屋にイケメンが二人・・・・・・なんと残酷なことでござろう・・・・・・」
「そんなそんな・・・・・・」
「おまけに優男とは、勝ち組の余裕とはこうも神々しいのでござるな・・・・・・」
僕の見た目はさておき、このおじさんは眠っていてくれれば、かなり眼の保養になること間違いなし・・・・・・だったんだけど。今度は別の意味で驚くことになった。それは、彼の黄ばんで色々な汁がこびりついているシャツを脱がしたとき。
右肩から腕にかけてタトゥーが彫られている。蛇だろうか・・・・・・だけどまだソレは納得できる。
問題なのは左腕の方。
ドス黒い内出血の痕と、小さな穴のような丸い傷。それが蜂の巣のように肘の内側に集中している。どう見ても『何か』を注射した痕跡だ。それも何回もである。
触れてみると、失敗したのだろうか。肉腫となってボコボコとしこりが丘陵のごとく皮膚の下で隆起していた。
「・・・・・・何だと思います?」
「アングラスレからの知識に照らし合わせると・・・・・・薬物を注射したのでは・・・・・・?」
「み、見なかったことにしませんか?」
「賛成でござる・・・・・・」
せっかくかっこいいイケオジだと思い始めていたのに・・・・・・でも、これであの奇行も納得できた。薬物がどんな物か、僕には保健体育の授業くらいしか知識がないけど、ともかく危険な人だってことだ。
「この人・・・・・・僕たちは助けて正解なんでしょうか?」
「フ~ム・・・・・・このような人物でも救うからこそ『勇者』なのではござらんか?」
まぁ・・・・・・一理ある。この人の人生を、個性を僕は何も知らない。薬物ひとつで彼の人格を否定するのは時期尚早だ。
もちろん、前の世界で見かけたら関わりたくないと思うだろう。それは間違いない。
だけど今や僕は『勇者候補生』だ。
どんな人も救ってみせる・・・・・・なんて綺麗事を現実にしなくちゃ、勇者なんて夢のまた夢。
その後僕らは衣服まで綺麗にしてあげ、身体もよく洗った。どんだけ風呂に入ってなかったんだろうってくらいには汚かった。
そして僕らに割り当てられた部屋に連れて行った。
タイミングを見計らったかのようにタケナガさんが現れて、僕らを武器庫に案内してくれた。
ライガーさんとオフマンさんも同じように他の『秀でている者』を連れて来た。
部屋には古今東西の様々な武器が飾られていた。
ナイフ・棍棒・槍・・・・・・挙げたらきりがない。
「各員、どれでも好きな武器を選ぶといい」
タケナガさんにそう言われても、僕にぴったりの武器なんてそう簡単に見つかるわけ・・・・・・あ。
「日本刀・・・・・・」
黒い鞘に納められた、日本刀。
たまに道場で居合術を学ぶときに模造刀を使ったことはあったけど、本物は触ったことがない。
想像以上に重かった。
これが『鉈のように重く、カミソリのごとく鋭い』という日本刀の特徴なのだろう。
抜いてみる。波紋が美しく、この人の命を斬り捨てる道具を芸術品にまで昇華している。
「いい選択だ」
タケナガさんがいつの間にか近づいていた。気がつかないくらい、この業物に僕は見とれていたらしい。
「君は武術の心得があるのかね?」
値踏みするような彼の目線が、僕の身体をヌルリと舐める。
「け、剣道をやってました」
「ほう。奇遇だね。俺も剣道をやっていたんだ・・・・・・見たまえ」
タケナガさんが腰に差しているのは、まさしく日本刀。
それも、漆塗りの上に金粉をあしらった、豪華で華美な一本だった。
「その名も『鬼斬り』だ。オークを殺しまくったので、そのように呼ばれている」
「オーク?」
「野蛮な鬼さ。なに、心配しなくても君には安全な初陣を用意するつもりだ」
タケナガさんは急に小声になり、僕だけに聞こえるように喋り始める。
「君には見所がある。有象無象の中でも、一番忠実で礼節をわきまえている」
なんかいい感じに言ってくれているけど、それって言い換えれば「従順」ってことだよね?
あの薬物おじさんも恐いけど、人を簡単に自分にとって有益か即断する目の前の男のほうが恐く思えた。本能が、警告を発しているかのような感覚になる。
絶対に馬が合わない科目の先生に当たったときみたいな情動を感じる。
「あのクソッタレには特別な任務を与えてやる・・・・・・フフフ」
「クソッタレ?」
「愚かにも俺様に殴りかかってきたあの男のことだ。相応の報いを受けてもらう」
たぶんだけどあの、ヘドロイケメンおじさんの初陣を過酷な物にしようってつもりらしい。
公私混同なんじゃないかな・・・・・・それって・・・・・・。
「君には是非とも生き残ってもらい、我々『修羅』の一員になってもらいたい」
「そういえばラテラス様が仰ってましたけど、修羅って何です?」
「俺様とオフマン、そしてライガーの三人のことを『修羅』と呼ぶんだ。まだ会うことはないだろうが、市民に『修羅と話した』とでも言えばサインを求められるだろう。それほど我々は支持を集めている」
勇者ってそういうものだっけ・・・・・・?
「・・・・・・疑問に思っているね?」
・・・・・・ッッ!
見透かされている!
「当然だろうな。勇者と言えば、陰日向に孤軍奮闘しているイメージなはずだ。しかしこれからこの世界を、時間をかけて知ってもらえれば理解してくれるだろう。エルフとの冷戦状態が続くこの国の民衆にとって、『秀でている者』の召喚や『勇者の活躍』というのは、興行的な側面を持っているんだよ・・・・・・その証拠に、修羅のリーダーは、ライガーなんだ」
意外だった。口ぶりにしても何にしても、タケナガさんが仕切っているので、てっきり勇者たちの大将も彼なのだと思っていた。
「ライガーを見た瞬間どう思う?」
「えっと・・・・・・強そうだなって」
「そうだ。その分かり易さが重要なんだ。屈強で身体の大きい男性・・・・・・いかにも大衆の持つ勇者のイメージに近いだろう? やつがハンマーを・・・・・・ああライガーの武器がハンマーなのだが、そいつを掲げて大声を張り上げる。それだけで、観衆は大熱狂するってわけさ。おつむの大きさなんて気にもしない」
タケナガさんが、武器庫の反対側で力自慢のごとく重い両手斧を持ちあげて見せびらかしているライガーさんをせせら笑う。
「ガハハ! どうだワシの上腕二頭筋は!!」
「・・・・・・まあ、脳みそまで筋肉だから、利用はしやすいがね」
タケナガさんの目から冷たい光がギラッと輝いた。
「修羅が有名になってくれれば、それだけで俺様の知名度も鰻上り・・・・・・しかも、こないだのような『失敗』をしてもライガーが弾よけになってくれる・・・・・・」
「・・・・・・失敗?」
「おっと、話しすぎたな・・・・・・忘れてくれ」
タケナガさんが視線で「これ以上訊くな」と言ってきたので、僕はそれ以上の詮索をしないでおくことにした。
選んだ日本刀を、学校指定のズボンとベルトの間に挟み込む。なんだが奇妙な感じだ。
ナイトメアさんは・・・・・・変わった形のナイフをクルクル回しながら周りの人々に「これこそ拙者が求めていたエクスカリバー!」と尋ねられてもいないのに話し続けている。
僕らはこうして武器を選び、各人次の指示があるまで自室で待機するように言われた。
帰ってみると、ヘドロイケメンおじさんは相変わらずボロボロで眠っていた。他にやることもないし、ただ黙っていたらこれから自分を待ち受けている試練のことを考えすぎてしまうので、おじさんの看病に専念した。
「よだれ野郎だ」
ここまでしてあげたのにこんな呼ばれ方されたら、さすがのガンジーも拳を握るんじゃないかな・・・・・・。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
模範的な高校生から打って変わり、次回からまたもやクズ人間視点から、お届けします。