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禁断症状そしてポーション

 身の丈をわきまえずに勇者に挑みボコボコにされてしまった情けない蝮陀羅。彼は目を覚ますも、怪我と禁断症状で満身創痍。それでも戦いは待ってくれない。そんな彼に、魔法の産物である、ポーションが手渡される――――

 頭がガンガンする・・・・・・二日酔いの一〇〇倍はキツい・・・・・・。

 ちなみに、二日酔いにはファンタグレープがよく効く。


「いてて・・・・・・どこだ?」

「あっ! 目が覚めましたね!」


 俺は狭っ苦しい部屋のベッドに寝かされていた。その隣で、タライから出したタオルを俺のために懸命に絞ってくれているのは、残念なことに美女なんかじゃなかった。


「よだれ野郎かよ・・・・・・」

「よだ・・・・・・なんでそんな呼び方してるんです?」


 腹も痛い。顔も痛い。というか、痛くないところがない。

 鏡がないから確認できないが、おそらく大負けしたボクサー以上に腫れている顔に、よだれ野郎のタオルがヒンヤリと気持ちがいい。


「まったく・・・・・・なんで突然タケナガさんを襲ったりしたんですか」

「・・・・・・気に食わねえから」

「いいですか? この怪我は正当防衛によるものですからね。あなたの自己責任です」

「知ったこっちゃないね」


 俺はいつもこうだ。

 無茶な喧嘩を仕掛けては、ボコボコになるまでやられて、ようやく収まる。何が収まるかって?

 俺の中には二四時間三六五日、消えることのないモヤモヤした何かが潜んでいるんだ。それは自分でもコントロールできない。ガソリンスタンドでタバコを吸うかのように、いつ何時爆発するのかわからない恐ろしい怪物がいるんだ。

 ハハハ・・・・・・薬物でグチャグチャになった脳みそなんて、怒りのスイッチがどうなっているのかわかったもんじゃない。

 だけども、薬物をやる前から、怒りの制御は効かなかった。それが家庭環境ゆえなのか、俺個人に原因があるのか・・・・・・ま、どうでもいい。

 薬物依存のやつが『人間を喰った』ことさえある。

 薬物ってのは、人間を人間たらしめている最期のボーダーラインすら簡単に飛び越えさせるんだ。やらないにこしたことないね。


「で、ここはどこなんだ?」

「一応僕たち『秀でている者』の宿舎です」

「・・・・・・ツラの割に自尊心が青天井だな」

「違いますよ! これは、僕たちの呼称です!」

「そうでござる。我々は『何かしらの能力』に秀でている者でござる~ゆえに召還されたのである!」


 おいおい・・・・・・こいつとは別の部屋にしてくれよ・・・・・・。


「僕は魂善コンゼン 翔太郎ショウタロウです。おじさんは?」

「・・・・・・蝮陀羅 絶」

「変わった名字ですね」

「お前に言われたくないな」


 魂善・・・・・・か。

 名字が雰囲気に溢れ出ている。

 口では俺を戒めるようなことを言いながら、心配そうにつぶらな瞳で見つめてくる。たぶん、俺が目を覚ます何時間も前から、看病してくれていたんだろう。素直に感謝したい。


「ありがとよ。よだれ野郎」

「いや・・・・・・名前聞いたんだから、ちゃんと呼んでくださいよ」


 よだれ野郎とでも呼ばなければ気が済まない。

 何でかと言えば、こいつが物凄いイケメンだからってことだ。

 タケナガは、ある意味アレで正解だ。イケメンってのは性格が悪くなくちゃいけない。

 しかし、こいつはイケメンな上に善人なのだ。

 長いまつげは女のようだし、切れ長の眼は美人とも形容できる。だが鼻筋はまっすぐで、口も小さい。すべてのパーツのバランスが相まって、女性のような美少年となっている。

 唯一燃えるように赤い髪の毛は、スポーツ刈りで男らしさが・・・・・・いや、今の時代男女関係なくこういう髪型もするか・・・・・・何が言いたいかというと、ともかく神様は意地悪だってことだ。美しくて、スポーツができて、おまけに性格がいい。


「・・・・・・やっぱりてめえはよだれ野郎だ」

「なんでです!?」

「なんでもだ・・・・・・お前はなんて言うんだ?」


 気が進まないが、気持ち悪い笑い方の気持ち悪いやつ。

 なんて呼べばいいかわからんので、一応訊いてみる。

 だが、気持ち悪い彼はメガネを親指と中指を使ってクイッと上げ、


「今や惨めだった頃の名前など不要! 拙者のことは✝ナイトメア✝と呼んでくだされ!」

「あ、ああナイトメア・・・・・・」


 なんだこいつは・・・・・・喋れば喋るほどに謎が深まる・・・・・・。

 この世界に来て活き活きしているのはこいつくらいだろう。


「フフフ・・・・・・ネットの掲示板で「ダサすぎ」と叩かれた必殺技で無双してやる・・・・・・」

「そりゃあ結構・・・・・・ん?」


 俺はようやく上体を起こした。

 するとよだれ野郎のベッドにも、ナイトメアのベッドにも武器が置かれているのに気がついた。

 よだれ野郎は鞘に収まった日本刀。

 ナイトメアは・・・・・・たしかククリナイフって武器だ。


「んな物騒な物どっから持ってきたんだ?」

「蝮陀羅さんが気絶した後にタケナガさんたちに案内された武器庫から持ってきました。全員どれか選ぶように言われまして・・・・・・」

「ポン刀なんて扱ったことあんのかよ?」

「ないですけど・・・・・・でも剣道のスキルを活かすってなればこれくらいしか・・・・・・」

「拙者のシミュレーションによると、ククリナイフを手首のスナップを効かせて使えば無敵でござる」


 そうか・・・・・・喧嘩して忘れていたが、これから俺たちは戦いに行くんだっけ・・・・・・あれ?


「俺は? 俺の武器は?」

「いや眠っていた蝮陀羅さんを運ぶのがやっとで、武器なんて持って来れませんでしたよ」

「はぁ!?」

「ププ・・・・・・自己責任乙・・・・・・」

「殺すぞナイトメア」

「おっと失言でござった。失敬失敬!」


 困ったことになった・・・・・・丸腰で戦えと言われたら終わりだ。


「今からでも取りに行かねえとな・・・・・・いっ!」

「まだ動いちゃダメですよ。ライガーさんにあれだけ殴られたんですから」

「タケナガだのライガーだの・・・・・・仲良くやってるようじゃねえか」

「あの人たちはこの世界の、正真正銘の勇者ですよ」

「うむ! 『光のタケナガ』『日陰のオフマン』『豪腕のライガー』の三人は、この眠らずの国の勇者でござる。民衆からの支持も高く、戦いのエキスパート!」


 こっから怪我のせいで身動きがとれない俺は、永遠のように続くナイトメアの早口を聞かされることになった。こいつ、自分の知っている分野となるとやけに早く喋るんだ。

 まとめると、あの三人はこの眠らずの国の英雄らしい。

 

 で、眠らずの国とはなにか・・・・・・ナイトメアが色んな箇所に単語の飾り付けをするもんだから話が半分くらいしか入ってこなかったが、この世界は東と西で大きく違うようだ。東は人間が支配する大地。海もあり、資源も豊富。負けなしイケイケの大国ってわけだ。

 だが現実世界でもそうであるように、必ず大国にはライバルがいる。

 それが西の国々を一つにまとめて連合としている、エルフたちだ。


「エルフたちは非常に上手い戦法を取っているでござる。自分たちが脅かされないように、条約や同盟国を作ったりして、この眠らずの国の侵攻を妨害しているのだとか・・・・・・クッ・・・・・・すぐに荒れるからと政治系の掲示板を避けていたツケが回ってしまった。正直、政治関係の詳細はわからないでござる」

「いやいいんだ。俺も半分も理解できてない」


 俺はなんとかして動こうとした。

 しかし、恐れていた事態が起こった。

 禁断症状だ・・・・・・皮膚の下を無数のウジ虫が這っているかのような感覚。目の前がぐるぐると回り、吐き気がしてくる。指も小刻みに震えていた。

 俺の異常を察知した魂善が、肩に手を当てながら不安そうに尋ねてくる。

 しかし、薬物が切れかけている俺は、正常な反応ができない。


「だ、大丈夫ですか!?」

「ウゥーウゥーッッ!! クソ・・・・・・気にすんな!!」


 意識を保つのすら厳しくなってきた。


「これでも飲んでいろ」


 冷徹な声がした。

 声の方向を見ると、タケナガが立っていた。音もなく扉を開けて。


「タケナガさん!」

「魂善、ナイトメア、一緒に来い。クジ引きの時間だ」

「クジ引き?」

「初陣の、だ。どこに行って何をするのかをクジで決める」

「フフフゥ! いよいよ拙者の出番でござるな!」

「ああそうだ。行くぞ」

「待ってください!」


 可愛いよだれ野郎が、どう見ても具合が悪い俺のことを見捨てないことはなんとなくわかっていた。


「蝮陀羅さんは回復に至ってません!」

「フン! 自業自得だ。この俺様に無礼を働いたんだからな。謝れば、許してやらないこともない」

「・・・・・・わかった・・・・・・こっちに来てくれ」


 俺が弱々しく謝罪すると思ったのだろう。

 タケナガは微笑を浮かべ、勝ち誇った顔で近づいてくる。

 忌々しいやつの端正な顔が俺の顔にせっつくほど接近する。


 俺は思い切り、中指をおっ立ててタケナガの眉間をペチペチ叩いてやった。


 タケナガは耳まで真っ赤にし、今にも腰に差している剣を抜きそうになる。

 それを魂善とナイトメアが止めに入る。

 やがて、自分の仕事を思い出し、機械のように振る舞うタケナガが二人を連れて行った。奴の仕事とは、ナイトメア曰く『秀でている者』たちを導くことにあるらしい。それゆえ、召喚された以上は俺を殴ろうとも、勝手に殺すことはラテラスが許さない。

 ラテラスへの態度もそうだが、仕事モードになると冷静になるところを見ると合理的なんだろう。名前から察するに日系人だろうが、まあ多いタイプだ。


「・・・・・・お前はこれを飲んで、自分の足で来い」


 ポイッと投げられたのは、ピンク色の液体が入っている小瓶だった。


「マニキュアか?」

「ポーションだ。お前に説明しても無駄だろうが、ともかく傷を癒やす魔法の薬だ」


 魔法の薬・・・・・・なんとも怪しげなうたい文句だ。

 しかし、謎のアイテムの出現でナイトメアのテンションは上がったようだ。


「ポーション! 魔法!! ぜひとも拙者にもください!!」

「初陣には三本持って行けるから心配するな」


 さすがのナイトメアでも、タケナガの前では忠犬同様に大人しい。

 二人は武器を持って部屋を後にした。

 去り際に、魂善が俺を心配そうに見ていった。

 俺は震える手で「行け」とジェスチャーを使って、扉を閉めさせることができた。


 さて、俺に残った問題は怪我と禁断症状。

 怪我は別にどうとでもなる。死ななければの話だが。

 しかし薬は別だ・・・・・・禁断症状が長く続くと、中には死ぬ奴もいる。


 とにかく、ポーションとやらで怪我の回復を図ろう。

 瓶のコルク栓を抜く。

 ポンッッ・・・・・・小気味いい音だ。

 匂いは・・・・・・そうだな、見た目から勝手にシンナー臭いと予想していたが、これはこの世界に来た時に嗅いだ香りだ・・・・・・春先に咲く沈丁花のような、甘く芳醇な香り。

 とりあえず毒じゃないとは思う。

 だがあのタケナガが渡したんだ・・・・・・どうだか。

 まあここで死んでも、予定になかったわけじゃない。痛みが引けば何でもいいんだ。

 

 俺は意を決して飲み込む。

 咳止めシロップ並みに甘い!

 俺は甘い物が苦手なんだが、しょうがない。

 顎をグイッと傾けて、無理矢理喉の奥へと流し込んだ。


 その瞬間である――――


 俺の震えは止まった。

 腹の中からじんわりと、まるで温泉が湧き出ているかのように温かい感覚が拡がっていく。それは自分の胃と腸の位置がわかるほど強く、手指にまで至った。

 同時に、脳を後ろからくすぐられているかのような感覚もする。

 俺の直感が叫ぶのだ。

 この薬のおかげで、禁断症状が治まったのだと・・・・・・しかし、ヤクをキメた時のような多幸感はほとんどない。噂に聞く依存症脱出のための中和剤か? 

 いや、違う。

 俺はこの薬の可能性に気がついた。


 それは無限の可能性だった――――

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