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悲しきかな我が性分

 カチコミに失敗したクズ人間の蝮陀羅マムシダラ ゼツは死んだかと思われたが異世界の王宮で目覚めた。彼を待っているのは栄光か? それに彼という男は釣り合うのか・・・・・・?

 何が起こったのかがわからないのは、俺の頭が悪いからってだけじゃないらしい。

 起き上がらずに轢きガエル状態なのは俺だけではなかった。

 他に・・・・・・九人か。

 体がでかいやつもいれば、頭がイイっぽいやつもいた(俺の勝手な偏見だが)


 唯一理解できたのは、今俺たちは祝福されているってことだ。

 周りからは祭りの神輿を楽しんでいる観客のような拍手喝采が聞こえてくる。


 目ン玉だけを動かして周囲を探る。


 映画に出てくる巨大な中世ヨーロッパの宮殿みてえな、真っ白な天井。

 色とりどりなステンドグラス。推測だが、人間が耳の尖っている人間を剣で刺している絵だ。

 そして俺たちが立ち上がるのを、今か今かと待ち侘びている笑顔の人々。

 どいつもこいつも、見たことのない服装だ。謎に長いローブを羽織って、長い杖を持っている。


 果たして起き上がってもいいものか・・・・・・俺はとても短い時間で考える。


「勇者たちよ。起きたまえ」


 偉そうな声だ。

 声だけで社長・教師・その他偉いやつ特有の匂いがプンプンする。

 始めに立ち上がったのは成人にも達していないガキだった。

 赤髪で清潔感のあるやつだ。顔も整っていて、バレンタインデーにチョコをもらって狼狽えているのが想像できる。

 そんな雰囲気を醸し出していた。

 なんで未成年だと思ったかと言えば、やつが襟まできっちり閉めている学ランを着ていたからだ。

 ガキはキョロキョロと辺りを見渡していた。

 もしもここが危険であれば、こいつの身に何かが起こるだろう。

 

 卑怯と言われても結構。


 俺は床でガキをジッと観察していた。


 ・・・・・・どうやら危険はないらしい。

 やつは依然として、その平和ボケした面のままだ。

 他の人間も立ち上がった。

 寝ているのは、今や俺だけ。


「・・・・・・起きないか下郎!」

「誰が下郎だコラァ!」


 しまった・・・・・・頭で考えるよりも早く身体が動いちまった。

 俺の悪い癖だ。


 俺のことを「下郎」呼ばわりしたのは、豪華な玉座に座っている人物だった。

 だが、ただの人間じゃないのは、初めましての俺でも肌で感じた。

 分厚い鎧を身に纏い、さらに頭がすっぽり入るほどの大きくて派手な王冠を頭にしていた。

 しかしなにより妙に感じたのは、こいつが金属製の仮面を被っていたことだ。

 眼だけが視認できる。というか、目以外見えない。

 鼻も口も、当然のごとく髪の毛まで銀色の固そうなマスクの下に隠されていた。半月型の鉄板に、目玉のための穴が二つ空いている。そんな感じだ。

 

(俺としては)一番重要なところである性別だが・・・・・・声だけでは判別ができん。くぐもっているのも手伝っているが、中性的な凜とした声であることで『男』か『女』を断定することは不可能である。


「よろしい。貴様は大人しく言うことを聞いていればいいんだ」


 ・・・・・・よし。今決めた。

 こいつのことを『女』だと思うことにしよう。

 そうすることでフツフツと煮えたぎる怒りが少しばかり軽減される。

 

「さて・・・・・・狼狽しているのはわかる。ここがどこか、私が誰かは今から説明するので尋ねるな」


 一々癪に障る言い方だ・・・・・・。


「ここは『異世界』である・・・・・・私が話しているのだ騒ぐな!!」


 やつの言葉でざわざわとし出した九人に、鋭い檄が飛ぶ。


「私は『賢きラテラス』だ。ここ『眠らずの国』を統治している偉大なる王である」

「ちょっといいか?」

「・・・・・・なんだ?」

「タバコ吸いながら聞いてもいい?」


 やつの顔は見えないが、真っ赤にして憤怒しているのが手に取るようにわかる。

 だけど追いつかない頭を整理するためには、薬かタバコもしくは酒がなきゃ。

 王座の周囲にいるローブ姿の奴らは俺の非礼をたしなめるかのように騒ぎ立てたが、俺はもうタバコの箱を出していた。


「・・・・・・好きにしろ。私への態度で損をする覚悟があるのならばな」

「あぃあぃ」


 シュボッ・・・・・・ふぅ・・・・・・。

 俺はタバコの煙を吐きながら、やつの槍みてえな睨み面と相対した。


「・・・・・・話を戻す。ここは『眠らずの国』という素晴らしき国だ。東の大地を制し、エルフと人間を分かつ唯一無二の尊大にして強大な国である」

「エルフ?」

「そうだ下郎。西の国々を掌握する、卑しきエルフ共を抑止するのは我が国なのだ」


 さらりと『下郎』呼ばわりされたことを除いて、わかったことがある。

 エルフだの国だの言っているってことは、俺たちは天国に来たわけじゃないってことだ。


「あの・・・・・・ラテラスさん?」

「『偉大なる王』もしくは『賢き』と付けよ」

「も、申し訳ありません偉大なる賢きラテラス様・・・・・・」


 一番最初に立ち上がった、あの学ラン坊主が律儀に手を上げて質問した。


「僕はボールを拾おうとしていた子供をトラックから守った瞬間に、ここで目が覚めたんですけど・・・・・・死後の世界ってことですか?」


 なんともまぁお人好しな、よだれ野郎だ。

 だがよだれ野郎の言うことには興味がある。俺も、死んだと思ったらここにいたからだ。

 他の八人も同じ様子だった。


「俺も山登りしていて崖から落ちたら・・・・・・」

「自分も、逆走してきた車と衝突したら・・・・・・」


 こんな具合だ。

 全員死んでいるらしい。


 偉大なる賢き・・・・・・だっけ? ラテラス様が見えない口を開く。


「そうとも言えるが、安心しろ。お前たちには栄光に輝く人生が待っていたのだ。この眠らずの国で、勇者となる人生が・・・・・・私から言わせてもらうならば、ここでの人生こそが、本当の意味での人生だ」


 なんて暴論だ。

 俺たちの送ってきた人生は、価値がなかったとでも言いたいのか!?

 ・・・・・・確かに言われてみればそうかもしれねえが。

 俺の人生なんてゴキブリの糞レベルだったんだ。

 こうして大勢に歓迎されただけでも、前の人生よりマシだろう。


「勇者ってなんです?」

「アレだろ。異世界に来て魔王を倒すとかそういうやつなんじゃないかな・・・・・・」


 よだれ野郎の疑問に対して、赤いバンダナのハチマキを巻き、チェックのシャツをなんでかズボンにインしている早口な男が己の解釈を述べる。


「漫画とかラノベなら、そういう展開だよ・・・・・・デュフフッ」


 なんと気持ちの悪い笑い方だ・・・・・・この世の物とは思えない。

 見ろ、若干観衆も引いてるじゃねえか・・・・・・メガネをクイッとしてる場合じゃねえぞ・・・・・・。


「僕たちに何かさせたいんでしょう偉大なるラテラス様・・・・・・ヒキニートの僕が勇者になれるんだ・・・・・・デュフッ」

「察しが早くてなによりだ。しかし、貴様らはまだ『勇者』ではない。初陣をこなさなければ、価値などないのだ・・・・・・『修羅』をここへ!」


 ラテラスの玉座の前に現れたのは、三人の男だった。

 アジア人っぽいのが一人。その影に隠れるようにビクビクしているのが一人。そして身体がすこぶる大きいのが一人・・・・・・二メートル近くはあるだろう・・・・・・。


「この三人は、初陣を見事に成し遂げた、名誉ある勇者たちだ」

「お褒めの言葉感謝いたします偉大なるラテラス様」


 アジア人が深々と礼をする。

 だが、表情と声のふてぶてしさからして、こいつがリーダー格だと俺は考えた。身体が大きいやつに皆目がいっているが、そいつは傷だらけなのに対してアジア人は無傷どころか華美な服装でこの世界に馴染んでやがる。


「お、俺たちは何をさせられるんだよ!」

 

 ずっと黙っていた男が叫ぶ。

 すっかり怯えて、震えが止まらないらしい。

 俺も時々こうなる。薬が切れたときだが。


「初陣は様々だ。力量を測るために、そして、この眠らずの国に有益かを確かめるために行われる」

「何をするんだよ!」

「さあて・・・・・・ゴブリンの退治を任せるも良し・・・・・・我々の領土拡大のために働いてもらうも良し」

「冗談じゃない・・・・・・ッ!」


 震える男はどうにか逃げ場を探していた。

 こいつが戦えるタイプじゃないことは一目瞭然だ。彼を見る人々の目が冷えていくのも感じる。


「俺はいやだ・・・・・・元の世界に戻してくれ!」

「・・・・・・はぁ。また『不純物』が混ざっているのか・・・・・・連れて行け」


 ラテラスの合図で大柄の勇者が素早く近づき、怯える男のみぞおちに一発思い膝蹴りをお見舞いした。アレはいてえんだよな・・・・・・。

 巨漢が甲冑姿の兵士に「地下牢に連行しろ」と命令した。

 息も絶え絶えの男が、泣き叫びながら両腕を引っ張られてズルズルと引きずられていった。


「誰か助けて! 母ちゃん! 母ちゃぁんッッ!!」


 連れて行かれるのを見ていた俺たち九人は、大同小異なれども同じ考えを抱いた。

(戦わなければ、ああなる)

 事実上、俺たちには選択肢はない。


 次はどいつだと言わんばかりに筋肉モリモリマッチョマン勇者が、こちらに圧をかけてくる。誰も「いや」だとは言えなかった。もちろん、俺だってこんなわけのわからない国に連れて来られた挙げ句に戦いを強制されるなんて冗談もほどほどにしてほしいと思ったが、牢獄にぶち込まれたらアウトだ。

 それにさっき「ゴブリン」だとかラテラスが言っていた。ゴブリンって言ったら、あの小っこい映画に出てくる雑魚のことだろ?

 なら勝機もなくはない。

 なにより、これはチャンスだ。腐っていくミカンのようだった人生に降って湧いた、好機なのだ。

 薬中・中年・前科持ちと、スリーアウトチェンジ状態の俺が勇者になれるとしたら? 


「やってやるよ」

「ほう・・・・・・下郎が突然どうしたんだ?」

「ハッ! どうせ糞溜めの人生だったんだ。あとは這い上がるだけだぜ」

「拙者もなります!」


 おい・・・・・・気持ち悪い笑い方のやつ。

 俺が格好よく決意したところを邪魔すんじゃねえ!


「首絞めオナニーを失敗したときはなんて人生の終幕かと嘆いたが・・・・・・勇者になったら異世界ハーレムを作れるんだ・・・・・・デュフフッ」


 動機が不純だが、俺もそれはいいなと思ってしまったので何も言えない。

 それにしても『首絞めオナニー』だと・・・・・・?

 どんな死に様だよ・・・・・・発見した親が泣くぜ・・・・・・。


「お、俺も試すかな・・・・・・体力には自信があるし」

「自分もやってみようと・・・・・・物理しかできないけど、スキルはどんな状況でも役立つ物だしね」


 俺と変態が呼び水になったようで(大変不本意な並びだが)次々と決意の用意ができたやつの手が上がる。

 残すはよだれ野郎ただ一人だ。

 彼は決心までかなり悩んでいた。

 無理もないか・・・・・・年齢を考えれば一番下だし、なにより人生が華々しいものだった奴ならば、ここで一発逆転を狙うという思考には至らないだろう。

 だが、そんなよだれ野郎を追い込むように、ジリジリと兵士たちが接近してくる。


「私の時間は貴様の人生よりも貴重なのだ。あの男のように牢獄に入りたいのなら早く言うがよい」

「ぼ、僕もなれるんでしょうか・・・・・・剣道しか取り得がないんですけど・・・・・・」

「それはお前自身の問題だ。だが、召喚されたということは『秀でている者』なのだろう?」

「ま、まぁ国体に出たくらいには頑張ってますけど・・・・・・」

「ならば活かすことだ」


 ラテラスは甲冑に装着されているマントを翻して去って行った。

 残されたのは俺たち九人と、勇者の三人。

 人々も、終焉を告げる花火が打ち上がったあとの見物客のように銘々散っていった。


「さて、お前たちは俺の命令を聞いてもらう。まずは武器庫に案内する。その次は・・・・・・」

「おい・・・・・・」

「なんだ?」


 ラテラスに対するストレスに加えて、俺らに命令口調で下に見ているアジア人があまりにムカついたので、思わず胸ぐらを掴んで床に叩きつけてしまった。やつの、お綺麗な服の布地が破けて、口からは苦しそうな声が漏れ出た。


「ガ・・・・・・ッッ!」

「てめえ俺に向かってそんな口を叩くんじゃねえよ・・・・・・バラバラにすんぞ」


 カチャッ・・・・・・

 馬乗りになった俺のこめかみに冷たい感触がした。

 睨みつけると、臆病そうだと思っていた勇者の一人が拳銃を向けている。


「す、すぐにタケナガから離れろ!」

「・・・・・・擊ってみろよゴラァ!」

「もうやめねえか!」


 筋肉の塊が俺の横腹を、分厚いブーツで貫いた。

 多分肋骨が何本か折れた。

 激しい痛みと呼吸困難に襲われて地面に寝転んだ。筋肉野郎は俺のことを簡単には許してくれはしない。今度は俺が馬乗りにされてやつにしこたま殴られた。まるで頭蓋骨で餅つきをしているかのようだ。テレビで観た総合格闘技を真似してガードしたが上手くはいかないな。鼻からも口からも血を流す羽目になった。


「そこまでだ・・・・・・」


 顔面をボコボコにされて眼が腫れちまったが、俺が張り倒した「タケナガ」がゆっくりと口元を拭いながら立ち上がったのを視認した。冷静を装っているが、長い髪を怒りでワナワナ震えている指でオールバックに戻す。

 タケナガは『THE・いけ好かないイケメン』といった風貌で、若手実業家のようなオーラを纏っている。ニュースをつけたら一日に二回は観るような顔。そんな感じ。

 彼は悠然として近づいてくる。

 俺はいまだに筋肉の重みを身体全体で受けていた。


「・・・・・・やはりもう三発は殴れ『ライガー』」

「ああ! いいぜ!」


 いてぇ・・・・・・こいつ算数できねえのかよ・・・・・・五発はぶん殴られた。

 口の中は血だらけで、痛みの出所があらゆる部位にあるために脳がバグったかのように呆然としてしまった。それにより、俺は人型サンドバッグになってしまい、最後の一撃が脳をモロに撃ち抜いたらしく、意識が地平線まで吹き飛んでしまった。


 これが、俺の異世界での最初の日の出来事だった。

 言いたいことはわかる。

 考えるよりも早く身体が動くのは、世界が変わってもやっぱり悪い癖だな。

 最悪のスタートだ――――

 ここまで読んでいただきありがとうございます。

 クズ人間がどこまで通用するのか、次回をご期待ください。

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