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クソ人間は一度死ななきゃ直らない

※この作品には薬物・殺人描写が含まれております。ご注意ください。

 俺はすべてが嫌いだ。

 社会? 友情? 家族?

 そんなものは俺にはなかった。


 俺の名前は蝮陀羅マムシダラ ゼツ


 記憶の片隅にある母親からの言葉。

「お前以上子供を産みたくなかったから『絶』とつけたんだよ。いいから酒買ってきな!」

 まだ小学生だった俺はもちろん酒なんて買えない。だけど殴られるのも嫌だった。万引きをする以外に解決策は見つからなかった。ガキの脳みそで死ぬほど考えた末だ。安くて、すぐに酔える酒をズボンに突っ込み、見知らぬ大人のカップルの後ろにあたかも「二人の子供です」という風にくっついてコンビニを出た――――


 遠い昔の話だが思えば、あれから犯罪と普通の行動の区別がつかなくなったっけな・・・・・・。

 飯もない日が続いたら小学校の勉強も頭に入らねぇ。そこで盗みを始めた。

 いっつもボロボロの服を着ていたのを同級生に馬鹿にされて、殴ったら、財布が出てきた。カツアゲを覚えたのは小学六年生。母親に殴られるくらいなら、赤の他人を自分で殴って飯を食ってきた。


 そんなこんなで・・・・・・俺の人生ってのはクソを煮詰めてひっくり返したようなものになったわけだ。


 誰も助けてくれない。


 誰も愛してくれない。


 誰も俺のことを見ちゃくれない・・・・・・。


「気持ちよくなるモンがあるんだけどよ」

 薬を始めたのは、本当なら高校三年生になってた頃だった。

 鬱屈とした毎日に、薬は俺の生きる道しるべになった。薬を買うために働いて、薬を楽しむために日々を生きる。生きる意味は、白い粉になっちまった。だけど初めから何もなかったから、あるだけマシかもしれねえな。


 仕事は何をしてらっしゃいますかって?

 ヤクザの下請け――――

 麻薬の売人さ。

 草も粉も液体も・・・・・・何でも扱ってる。

 俺がピンピンしてる頃だったら、どうぞご利用くださいって言うところだったな。

 だけど今はそんな場合じゃないな・・・・・・


「てめぇ・・・・・・混ぜモンしてんだろ」


 ごみだらけのアパートで、必死に腕を手で叩いて太い血管を探していたときだ。

 ドアが蹴破られ、黒いスーツのヤクザ三人が上がり込んできた。

 鬼の形相・・・・・・とでも言うんだろうなぁ・・・・・・唇で咥えてたポンプ(注射器)を落っことしちまった。それぐれぇ、あの『道を極めてらっしゃる方々』の怒った顔はこえぇんだ。


 俺が売り物のブツに混ぜ物をしたと言っていた。


 それは正解。


 俺は自分用に粉を欲しかったんだ。だから適当に砂糖とか小麦粉とかを混ぜて売った。ネットで見た情報をもとにしてカフェインを混ぜたこともあったっけ・・・・・・もう白くて粉なら何でも良かった。


 元々体に悪い薬だ。そこに不純物が入ったらどうなると思う?

 妙な効き方をして、病院に運ばれたやつが出たらしい。

 ジャンキーたちの噂ってのはババァたちの井戸端会議の何倍も早い。

「あの組のブツは混ぜ物が入っている」

 雪崩みたいに評判が音を立てて崩れ去った。

 そりゃ、まあ怒られるわな。

 正直、俺以外の売人だって混ぜ物をしているから、いの一番に悪者扱いされるのは業腹だったが・・・・・・まあ自分で使っている俺は他の奴らよりも目立ったんだろう。


 家から引きずり出されて、そのまんま海にドラム缶ごと落とされると思った。

 だが、奴らはもっと打算的な生き物だ。


「ほら・・・・・・やるよ」

 

 車の中で渡されたのは上物のブツと注射器。

 打とうとしていたところを邪魔された俺は飛びついたさ。

 血管にひんやりとした感覚がして、もうなにも恐いモンはないって気分になる。


「それとこれ・・・・・・頼むからこの中で擊つんじゃねえぞ」


 薬で気分は天国。

 車の天井をボンヤリと眺めてたら、手のひらにゴツくて、重い物が置かれた。

 拳銃だった。黒くて、人を殺すことにかけては芸術的なくらい適してるやつだ。

 あいつらは俺をある場所で降ろした。

 いかにもな怪しい雑居ビル。堅気はまず立ち寄らないだろう。


「ぶっ飛んでるてめえは強いからな。ま、無事だったらまたプッシャー(売人)にしてやるよ」


 走り去っていく黒塗りの高級車をボーッと、そしてビルを、最後に拳銃を見た。

 自分が何をしなきゃならないかがわかった瞬間だった。

 

 タバコをポケットから取り出した。

 クソッ・・・・・・箱がクシャクシャに潰れてやがる・・・・・・。

 俺は一本だけ抜いて、タバコに火を付けた。

 ぐにゃりと曲がって、煙を力なく漂わせているタバコが、俺の人生に重なってしょうがない。最後には灰になって、誰にも気づかれることなく散っていくんだ。

 

 不思議と悲しくはなかった。

 薬のおかげってのもあったが、いつまで続くのかわからないトンネルの出口を見つけた気分になったんだ。

『死』っていう・・・・・・な。


 通行人は銃を片手にタバコを吸いながら笑っている俺のことを変な目で見ていた。

 だけど世の中さみしいもんだ。

 誰も通報することなく、中には写真を撮って足早に消えていくやつもいた。


「いただきます」


 俺はビルに向かって一礼した。

 そしてドアを思い切り引っ張って、侵入した。

 なんで「いただきます」かって?

 だってこれから・・・・・・


『命』をいただくんだからな。


 俺が言えたことじゃねえがきったねえ廊下の最奥に、エレベーターがあった。

 そこにはまだ二十歳そこそこの、金髪でドクロのシャツを着た柄の悪い野郎が立っていた。

 俺は廊下以上にきったねえワイシャツと臭いジーパンの間に拳銃を隠していたが、傍目から見ても不審者であることには変わりない。


「おいオッサン! ここは立ち入り禁止・・・・・・」


 拳銃を突きつけられるなんて日本じゃあ経験できないことだろう。貴重な経験をさせてあげたことを感謝して欲しいな。


「事務所は何階だゴラァ!」

「よ・・・・・・四階」

「ボタンを押せ!」


 どうせこのやりとり全部監視カメラで見られているに違いない。

 俺は映画で観たように見張りの男を盾にしながら、エレベーターに乗り込んだ。

 こうしておけば下手に擊たれないと思ってのことだ。

 

 エレベーターがゆっくりと上がっていく。

 永遠にも感じるくらいに長い時間だ。


「ハァハァ・・・・・・」

「あの・・・・・・助けて・・・・・・」

「うるせえ! お前は俺の盾になってりゃ・・・・・・」

「子供が・・・・・・子供がいるんです!」


 ・・・・・・俺は男を後ろに押しやった。


「・・・・・・かわいがってんのか?」

「は、はい!」

「そうかよ・・・・・・なら足洗って、まともな父親になってやりな」


 チン!


 エレベーターのドアが開くと、男たちの怒号が聞こえてくる。奥の部屋からだ。

 このフロアには異常なほど電話が置かれている。

 おそらくは老人を狙う詐欺集団のアジトなんだろう。


 俺が言える立場じゃねえが、世直しといこうか!


 奥の部屋には鍵がかかっていたが薬でヘブン状態の俺にゃ関係ない。

 力任せに扉を蹴って中に入った。

 

 部屋には数人の男が固まっていた。どいつもこいつも、人間のクソってわけだ。

 もちろん俺も。


「死にさらせゴラァ!!」


 タァァァン!!

 タァァァン!!


 銃なんぞ扱うのは初めてだったが、弾が出てくるのさえわかってればなんてことはない。狭い部屋で怯えて縮こまっている人間に当てることは簡単だった。


「チクショウ!」


 一人の、勇気ある(無謀とも言うが)やつが折りたたみ式のナイフを出して俺に走り寄ってきた。

 脇腹が裂かれて真っ赤な鮮血がズボンを濡らす。

 だが、薬のおかげで痛みはない。

 あるのは怒りだけだ。


 タァァァン!!


 俺を切りつけたやつを擊つと、攻撃の隙ができたと考えたのか何人かが波のように襲いかかってきた。奴らも生きるのに必死なわけである。

 引っかかれたり、噛みついたりともはや銃撃戦じゃあなくなっていた。

 部屋の壁には誰のものか特定不可能なほどに血が飛び散っていた。


 銃の雷のごとき発砲音と、断末魔が渾然一体となり、部屋中を阿鼻叫喚のコンサートホールに変貌させていく。


 気がつくと、静かになっていた。

 幾人もの死骸が床に横になって、動かない肉塊になっていた。

 興奮していた俺はそれでも銃を握りしめる手から力を抜くことはしなかった。


「ハァハァ・・・・・・ウッ・・・・・・!!」


 背中にぬくもりを感じた。人のぬくもりである。

 俺は振り返った。

 そこにはエレベーターに残してきたあの男が血だらけの包丁を持って震えて立っていた。

 異変を感じて俺は背中をさする。

 予想は的中した。

 べっとりと真っ赤に染まった手のひら。


 俺は目の前に立つ彼を擊つことができた。

 だけどしなかった。

 これが、俺の人生最後の意志決定だとわかっていたから・・・・・・親のいない子供を一人でも増やしたくなかったから・・・・・・あえて擊たなかった。


「いい親父に・・・・・・なんなきゃ殺すぞ・・・・・・」


 痛みは感じないが、膝から力が抜けていく感触を覚えた。

 他の男たちと同様に、俺は床に倒れた。


 寒い・・・・・・。

 暗い・・・・・・。


 俺は渦潮の中に引きずり込まれたかのような気分になった。

(これが死ぬってことか・・・・・・)

 漠然と考えていたが、どうせ俺が行く先は地獄と決まっているので抗うことなく、ただ流れに身を任せて闇を彷徨った。


 だが光が俺を包み込む。

 仏か神かは知らねえが、恩情をかけてくれたのか・・・・・・?

 氷のような寒さもどこかへ行ってしまった。

 

 三月の春先に咲く・・・・・・あの、なんてったっけ? 名前が難しい花。

 あんな感じの匂いが俺の鼻腔をくすぐった。

 神様のいたずらにも困ったもんだ。悪人の俺のたむけにこんな贈り物をしてくれるなんて・・・・・・そう思っていた。


 だが――――


「召還が完了しました! おめでとうございます勇者様!!」


 俺は荘厳な王宮の大理石に、轢かれたカエルみてえになっていた。

 ここまで読んでいただきありがとうございます。

 クズ人間、蝮陀羅の人生アディショナルタイムとなる今後の作品をお楽しみにしていただけると幸いです。

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