プロローグ 薬中勇者
嗚呼、美しきかなこの液体。
本来は別の用途に用いられるシリンダーと針、そして中身の液を己の為に使う背徳感。
たまらねえ・・・・・・。
いくつも刺し違えてしまってアザだらけの左腕に、針を突き立てる。
グッ・・・・・・ググッ――――
そこに立っているのはもはや人間にあらず。
空になった注射器を砂利道に投げ捨てる。
眼はルビーのごとく赤く光り輝いている。吐く息は熱を帯び、白く宙を舞った。
薄汚れたシャツを着ている浮浪者のごときこの男は、地面に刺していた一振りの日本刀をゆっくりと引き抜いた。幾人の血を吸ってきたのかわからない刀身は、これから降る赤い雨を待ち侘び、怪しく日光を反射している。
眼下には黄金の鎧に身を包んでいるエルフたちが、巨人やオークを従えて迫っている。
数は地平の右から左まで覆い尽くすほど。
対するは男が一人だけ。
だが彼は理性にさよならと告げていた。
脳みそのかゆいところを掻きむしるような高揚感。
頭頂部から足の先に至るまで、快楽という稲妻が天から落ちてきたかのようだ。
目の前がチカチカと光り輝き、戦場はまるで彼に『悦』をもたらす桃源郷だ。
「壊して、千切って・・・・・・バラバラァァァァ!!」
口の端からよだれをまき散らし、遠心力を使って敵の胴体を真っ二つにしているこの男。
実のところ『勇者』という役職である。
敵の鋭いドワーフ製の剣が、彼の肩をえぐる。血肉が飛び散り、衝撃で砕けた白い骨が見えた。
しかし、まるで引き潮のごとく血液が身体へと戻り、肉も骨も元通りになった。
「骨を切らしてぇ・・・・・・命を絶つッッ!!」
自身を傷つけたエルフの脳天から、股間まで人斬り包丁を振り下ろす。
脳の中身がはみ出し、臓物が地面にボロボロとこぼれ落ちる。
「ヒャッホォォォォ!! 次は誰だァァァァ!!」
何度でも言おう。
アレは『勇者』だ。
なぜこのような狂人が勇者になったのか・・・・・・いや、なってしまったのか。
それは偶然という名の必然が積み重なった結果である。
果たして誰にとって『偶然』なのか?
誰にとっての『必然』か?
それは次回以降に明らかになっていくだろう。
たぶん。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回以降から謎のイカれた勇者がなぜ誕生したかが発覚します。ゆっくりな投稿となると思いますが、よろしくお願いいたします。