誰の罪?
男性が無抵抗の女性に暴力を振るうシーンがあります。ご注意下さい。
「申し訳ございません・・・申し訳ございません・・・」
1人の女が、執務室で泣きながら土下座をしている。
彼女はこの屋敷の家政婦長で、ローラの古くからの知り合いだった。
彼女は執事と共に、率先してオリビアへの嫌がらせを行っており、既に尋問済みの使用人達からも頻繁に名が挙がっていた。
女のすぐ側には、クロと呼ばれた黒髪の騎士がポケットに手を突っ込んだまま笑顔で立っている。
第一騎士団 団長補佐 クロ。
真っ黒い髪と瞳を持つ彼は、いつもニコニコ笑ってはいるが、その瞳は恐ろしく冷めている。
団長レオの片腕であり、荒事を任される事の多い『性格に難あり』の男であった。
一方、執務室の椅子にゆったりと腰掛けている白髪の騎士、第一騎士団 副団長のシロはタブレットにサラサラと何かを書いている。
室内は現在この3名だけで、既に尋問を終えた使用人達は、別室に移動させられていた。
「謝ってばかりいないで、きちんと説明なさい」
シロは女に目もくれずに言い放つ。
「申し訳ございません・・・申し訳・・」
ガンッ
クロはいきなり女の後頭部を踏みつけた。
「んぐっ・・・」
突然の衝撃に、女は床に顎をしたたかぶつけ、土下座状態のまま蹲る。
「あ~~つまんない~つまんないぃ~~~!殺していい?ねえシロ、こいつ殺してい~い~~??」
クロはキラキラした瞳でシロを見る。
「女性には優しくしなさい、と習いませんでしたか?」
シロはようやくタブレットから顔を上げ、呆れた様に息を吐いた。
「え~~何言ってんの?考え方古いよ~~世は男女平等よ?」
「平等ですか。先程の老執事は、骨の2、3本程度で済んでいましたが?」
「え~~それ、誤差だよ、誤差!」
クロはブーイングしながら、蹲った女の腹の下に足を入れて勢いよく蹴り上げた。
「がはっ!」
女の身体が衝撃で浮き上がり、ひっくり返った状態で倒れ込んだのだが、クロはすかさずその顔面を踏む。
分厚いブーツの靴底が、容赦無く女の頬に食い込んだ。
「僕は女性を女神のように敬っているけれど、それに値しないゴミへの扱いは知らないも~ん」
クロが可愛らしく頬を膨らます。
「相変わらず足癖が悪いですね」
「だって触ると汚れるし」
クロは両手をポケットに入れたまま、女の顔に置いた足をギリギリと動かす。
「まあ良いでしょ。先程のアバズレ共との会話に、口も足も出さなかったのは、素晴らしい行いでしたし」
「でしょ!でしょ~!褒めて褒めて~~」
クロは嬉しそうに笑う。
「はいはい、えらいえらい。そんな事よりも後が詰まっていますよ。尋問に戻りましょう。それから殺すのは無しです。私達が主に消されます」
「ほ~い」
クロは残念そうに答える。
シロは、彼の足下でカタカタ震える女には目もくれずに、再びタブレットに視線を戻して尋問を続けるのだった。
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「シル殿。これは一体何事だね」
アーサーと共にノルンディー侯爵ロドリーも、サイファードの屋敷に到着する。
第一騎士団によって物々しく警備された屋敷内、応接室に通されたロドリーとアーサーは驚きを隠せなかった。
「これはこれはノルンディー卿」
シルはソファーから立ち上がると、ロドリーと握手を交わして席を勧めた。
「次男のアーサーです」
「アーサー・ノルンディーです、お初にお目にかかります」
アーサーは、何故自分がここに呼ばれたのか全く分からなかったが、シルと言えばこの国の敏腕宰相だ。
アーサーは彼に自分を売り込むチャンスだと思い、しっかりと挨拶をするが、当のシルは特に言葉を返さなかった。
「早速ですがアーサー殿。あなたにいくつか質問があります。偽らずに答えて頂けますか?」
「勿論です」
アーサーは力強く頷いた。
その言葉に、シルはにっこりと微笑む。
「では最近、オリビア様はどのようなご様子でいらっしゃったでしょうか。出来るだけ詳しく教えて頂けますか?」
意気込んだアーサーだったが、質問内容がオリビアの事だった為、あからさまに落胆した。
「オリビア、ですか?」
聞き返した口調にも、その色を覗かせる。
「はい。アーサー殿はオリビア様の婚約者ですので、彼女とはとても近しい存在だったと推測します。最近の彼女の行動や、話す内容に違和感を覚えた事は無かったでしょうか」
アーサーはシルの質問の意図が分からなかった。
しかし、オリビアが何かをしでかし、婚約者の自分がそのせいで質問されている事だけは理解出来た。
本当に迷惑な女だ。
アーサーは内心舌打ちした。
「そうですね。最近の彼女の言動には、目に余るものがありましたね」
アーサーはきっぱりと言い切った。
「と言いますと?」
シルは表情を変えずに尋ねるが、アーサーの隣に座っていたロドリーは、あからさまに眉をひそめた。
「はい。彼女は姉である立場を利用し、病気の鬱憤を晴らす為に妹であるアンナ嬢に非常に厳しく当たっていました。時には暴力に訴える事もあり、アンナ嬢はよく泣いていました。おまけに彼女は大変な浪費家で、自分の為だけにお金を使い、ローラ夫人やアンナ嬢には全く使わせていなかったようです」
アーサーは話をしている内に高揚してしまい、感情の籠った口調でシルに訴えかけた。
「成程。それでアーサー殿はそんなオリビア様の言動に何かされましたか?」
「勿論です。しっかりと注意し、行動を改めるよう厳しく伝えました」
胸を張ってアーサーは答える。
その隣に座るロドリーは、既に真っ青な顔をしてカタカタと震えている。
シルはそんな2人の対照的な様子を、内心可笑しそうに見ていた。
「成程。ちなみにアーサー殿はそんなオリビア様の言動を目撃した事はありましたか?」
「えっ・・・」
途端にアーサーは口ごもる。
「アンナ嬢に厳しく当たるオリビア様や、お金を浪費して自分のみ着飾るオリビア様を目撃した事はありますか?」
アーサーは考えた。
しかし、記憶の中のオリビアはいつも無口で、痩せ細った体にサイズの合っていない地味なドレスを着て、静かに座っているだけだった。
「いえ・・・ありません・・しかし・・・」
「そうですか。ではその情報はどこから?」
アーサーは背中に冷たい汗が伝っていくのを感じた。
何か自分は大きな思い違いをしているのではないか、と。
「・・・ローラ夫人とアンナ嬢、それとサイファード家の使用人達です」
「成程。承知しました。ちなみにサイファード家を乗っ取ろうとしている輩がいる事はご存知でしたか?」
シルの唐突な言葉に、2人は驚いて目を見張る。
「?乗っ取り?!」
ロドリーは眉を顰めた。
「はい。当主であるオリビア様を亡き者にしようと監禁し、食事もほぼ与えず衰弱死させようと企んでいたようです。しかし気が急いたらしく、今日、ナイフでオリビア様を刺し、使用人に森へ捨てさせたようです」
「なっ!?」
「!?」
ロドリーとアーサーは驚きのあまり絶句した。
その表情をじっとシルは観察している。
「それで・・オリビア様は・・・」
難しい顔をしてロドリーは尋ねる。
「現在騎士達が全力で捜索中です。しかし未だ見つかっておりません。我々は国王への報告の為に一旦戻らなければなりません。明日以降の捜索は、ノルンディー家の方にお願いします」
「ああ、承知した。戻り次第捜索隊を編成する」
シルの言葉に、ロドリーは戸惑いながらもしっかりと頷いた。
「しかしいったい誰がそんな愚かな事を・・・」
ロドリーは無意識に呟く。
「この屋敷にいる全ての人間です。ああ、今のところアレク殿は除きますが」
「「!?」」
シルは絶句する2人を特に気にした風も無く、淡々と話を進める。
「主犯はローラとアンナです。使用人はそれに従っただけなのでしょうが。聞き取りをしていくと、日頃の憂さ晴らしに、率先して虐待を行っていた使用人も数名いたようですね」
「馬鹿なのか!そいつらは!!」
ロドリーは怒りの余りギリッと歯を鳴らす。
伯爵家の使用人は、所詮平民に毛が生えたような身分の者達ばかりである。
そのような輩が、高位貴族の当主に危害を加えるなど言語道断である。
その場で切り捨てられても何ら文句は言えまい。
「それは・・・本当の事なのでしょうか?」
アーサーはシルの言葉を信じることが出来ず、震えながら尋ねた。
「ええ勿論。使用人の証言。物的証拠も全て揃っております」
シルの答えにアーサーは言葉が出なかった。
俄には信じがたい。
まさかローラとアンナがそんな事を企んでいたなんて。
「アーサー殿はオリビア様とは親しかったのですよね?」
シルが含みを持たせながら尋ねる。
「はい。婚約者なのですから当然です」
アーサーは気を取り直してしっかりと答えた。
「では、何故婚約者をアンナに替える話を受けたのですか?」
「えっ・・・」
アーサーにとって、まさに青天の霹靂である。
あの話は冗談だったはずだ。
確かにアンナ嬢は可愛らしい。
しかし自分は婿養子になる身だ。
当主であるオリビア以外との婚姻は許されていない。
「使用人への聞き取りの際、アンナは既にアーサー殿と婚約したと言っていたようです。茶会の席でアーサー殿もオリビア様にその旨をお伝えしていた、と。ですのでアーサー殿。あなたも今回の件の容疑者の1人なのですよ」
「!?」
ロドリーは息を呑んだ。
「な!?違う!そんな事は無い!確かにそれは、それらしい事は言ったが、そういう意味では・・・」
アーサーは焦った。
確かにオリビアにはそのような事を言ったが、それは彼女を嗜める為だ。
本気でアンナ嬢と婚約出来るなんて思っていない。
「確かに少し前にアーサーからそのような話を聞いたが、何かの冗談かと思って相手にしなかったのだが・・・」
ロドリーはジロリとアーサーを睨む。
「誤解です!父上!!僕にそんな気持ちはありません」
「そうですか。まあこの際あなたがアンナを好きかどうかは置いておいて、このような惨事になる前、オリビア様から何か相談は受けなかったのでしょうか?」
シルはアーサーの表情を観察しながら質問を続ける。
「相談・・ですか?」
「ええ、現在の置かれている状況、助けて欲しい等、何でもよいのですが」
その言葉にアーサーは固まった。