ダリル・ホワイトレイ
「ブラックレイの総意だ」
現当主である父にそう言われ、ダリルは僅かに眉を顰める。
「ホワイトレイとしては?」
「優秀な人材は多い方が良い。断る理由も無いが……正直私はどちらでもよい」
「……それは」
「お前が当主になった際の後継者問題だ。お前が考えなさい。まあしかし、正直スフィア以外ホワイトレイ家に嫁げる者は今のところいないのも事実だ」
「では妻に」
「スフィアが頑なに拒否している。まあブラックレイの意見も似たようなものだろう。忠誠心も行き過ぎるとなかなかどうして」
「……」
決定は覆る事は無かった。
魔力を使用しないスフィアは数日で体調を戻し、ホワイトレイ家へと住居を移す。
こうして2人は夫婦同然の生活を始め、3ヵ月もしない内にスフィアはダリルの子を身籠った。
しかし案の定、スフィアの体調は日に日に崩れ始める。
お腹にいる子がダリルの子という事もあり、昼夜問わずに医師が張り付き体調管理を行っていたがその甲斐も虚しく、妊娠8ヵ月を過ぎる頃にはスフィアは完全に意識を失い2度と目覚める事は無かった。
生まれた子はシリウスと名付けられ、最初の約束通りホワイトレイ家で育てられることになる。
それから暫く後にスフィアの葬儀は内密に行われた。
次期当主の子を生んだ女性としては異例の事ではあったが、今後娶るであろうダリルの妻の存在を慮ったスフィアたっての願いであった。
棺の中、大好きだったカサブランカの花に埋もれて安らかに眠るスフィアの頬をダリルは優しく撫でる。
彼女はこの後、ブラックレイ一族の墓へと埋葬される。
「ケイレブ」
「はい」
ダリルの直ぐ側に、憔悴した表情で立つケイレブに視線を向ける。
「父の退位後、スフィアの墓はゼーグ島に移す」
「え……」
「お前は後々ブラックレイの長となる。それまでは私の側近として働き、その後はお前の弟に引き継ぐつもりで準備しておけ」
「……あ、ありがたい事ですが、カッシーナの方は」
余りブラックレイに偏ると煩く言う輩も出てくる。
「何とかする。私はお前達の忠誠……いや友の想いに報いたいと、思う」
ダリルの語尾が僅かに震える。
「……ありがとうございます」
「私が当主となった際にはシリウスを唯一の後継者として育てる。我が紋章にはカサブランカを描け。以上だ」
「はっ……承知しました」
ダリルはスフィアの頬をもう一度撫で、その場を後にした。
「ありがとございます、あり、がとう……ござ……良かった、良かったな、スフィア……」
ケイレブはスフィアの棺に縋りついて涙を流す。
こうしてスフィアは名実共にダリル・ホワイトレイの唯一の妻となる。
その日以降ダリルの屋敷には常にカサブランカが飾られ、彼は黒の服を好んで着るようになった。
一方葬儀後のダリルは、フラフラと屋敷の廊下を歩いている。
どこに行くでもなく、ふらふらと。
背後にいる護衛達は何も言わずに彼の後をついていく。
ダリルは無性に1人になりたかった。
どこか、誰もいない所に行きたい……。
衝動的に左手の指輪を回し転移する。
護衛達には後々説明しよう。
今は誰にも会いたくない。
ダリルは魔法陣を使わない転移を繰り返し、気が付くとどこかの大地に辿りついていた。
しんしんと降り積もる雪。
誰も立ち入っていないであろうその場所は、辺り一面が白銀に覆われていた。
今は何も考えたくない。
ダリルはその場に力無く蹲る。
「うっ……うう……うわぁああああああああああああああああああ!!!」
止めどなく涙が溢れ、ダリルは地面を拳で何度も殴る。
大切な存在だった。
妹であり、友であり、戦友だった。
何も感じず、ただ淡々と生きる自分にとってかけがえの無い存在だった。
これからの長い人生、彼女と共に戦っていきたかった。
「私のせいだ。すまない、すまない……スフィア……」
身体を震わし、声の限り泣き叫ぶ。
スフィアはダリルに生きる理由を与えた。
死ぬ気はない。
ダリルは自分の役割をしっかりと理解している。
だがしかし、進んで生きようとは思わなかった。
ダリルは身体を雪の中に投げ出す。
涙に濡れた瞳は焦点が定まっておらずに、空から降り続く粉雪をぼうっと眺める。
「疲れた……」
何もかもが。
このまま眠ってしまったら楽になれるだろうか。
目が覚めたら全てが夢だったと、そうはならないだろうか。
ダリルは力無く笑う。
身体が雪で濡れ始め、ダリルはゆっくりと身体を起こす。
叫び過ぎて喉が枯れている。
再び空を見上げると、先程と変わらず静かに雪が大地に降り続いている。
「結局何が起こったとて、世界は何も変わらないんだな……」
止まりかけていた涙が再び溢れ出し、ダリルは声を殺したまま大地に拳を打ち付けた。
「何があったの?青年」
不意に声を掛けられてダリルは驚いて顔を上げる。
そこには金色に発光した女性がフワフワと空中からダリルを見下ろしている。
寒さの余り夢を見ているのだろうか。
ダリルはそう思いつつ、宙に浮いている人間離れした美しい女性を見つめた。
「何があったの?」
再び尋ねられる。
「……大切な友を亡くした……」
既に疲れきったダリルに警戒する力は残っていなかった。
幼子の様に促されるままに掠れた声で答えると、再びハラハラと涙を流す。
「子を生んだばかりに……私のせい、だ……」
ダリルは泣き崩れる。
「悲しいのね、でもここはあなたには寒いでしょう?我が家にいらっしゃい」
包み込む様な笑顔に、ダリルはじっと彼女の顔を見る。
恐らく彼女は人間ではないだろう。
だが今はいい。
もういい……。
こうしてダリルは差し出されたシェラの手を取ったのだった。




