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初めての夜3

 

 チリーン チリーン



 遠くで鈴の音が鳴り響く。



 薄っすらと目を開けたオリビアは、無意識に寝返りを打とうと試みるが、何故か身体が怠く指先以外思うように動かす事が出来ない。


「……?」


 異様に重い身体と素肌に直接感じるシーツの肌触り。


 未だはっきりしない頭でオリビアは昨晩の記憶を辿ろうと試みるが、喉の乾きに思わず軽く咳き込む。


「ケホッ……」

「ああ。大丈夫」


 直ぐ側でシリウスの声が聞こえたかと思うと衣擦れの音と共に目の前に影が差し、あっと言う間にオリビアの唇が塞がれると冷たい液体が口内に注ぎ込まれた。


「ん……」


 オリビアは驚きつつもそれをコクリと飲み干すと、乾いていた喉が潤いを取り戻す。

 しかしほっとしたのもつかの間、シリウスに再び唇を塞がれて再び液体が流し込まれる。


 オリビアはそれをゆっくりと嚥下するが、注ぎ込まれる液体が無くなった後も口を塞がれたままシリウスにしっとりと唇を食まれる。


 なすがまま口付けに夢中になっていると、辺りはすっかり明るくなっている事に気付く。


「シリ、ウス……」


 合間にオリビアが呟くと、シリウスに身体ごと抱き締められる。


「あっ…」

「はぁ……」


 シリウスは大きく息を吸ってオリビアの香りを胸いっぱいに吸い込むと、再び口付けを繰り返す。

 合わさった肌の感触と熱に、オリビアは否応なく昨晩の記憶を思い出した。



「おはよう、オリビア。身体は大丈夫?」


 シリウスは口付けの合間に囁く。


「え……?分かんな、い……」


 オリビアはシリウスの問いの意味が理解出来なかった。


 身体には特に変な所はない。

 強いていうなら寝起きが異常にだるかっただけだか、今は自然治癒のせいかむしろ体調が良かった。


 繰り返される口付けに昨晩の熱が抜け切らないオリビアは、シリウスの顔に頬を擦り寄せて身体を密着させる。


「……一度汗を洗い流そうか」


 シリウスは困った顔でオリビアの身体から離れ、手近にあったバスローブを羽織り、オリビアの身体をシーツで包んで一気に抱き上げるとバスルームに向かった。


 そこには既に温かいお湯がなみなみと張られており、シリウスは無造作にバスローブを脱ぎ捨てるとオリビアのシーツを剥いで抱いたままゆっくりと湯船に腰を下ろした。



「熱くない?」

「うん。気持ちい……」


 オリビアはシリウスの胸にくたりと身体を預けて目を閉じる。


 その様子を見たシリウスは嬉しそうに微笑み、手近にあるボディーソープを手に取ってオリビアの身体を優しく洗い始める。


 柑橘系の爽やかな香りが部屋全体に広がり、シリウスの優しい手付きと相まってオリビアは心地良さにぼーっとしていたが、ふと悪戯を思い付く。



「ここから出たら一旦食事をしよう。お腹空いてるだろう?」

「う~ん。今何時?」

「朝の9時を少し回ったところかな」

「ふ~ん……」

「……オリビア」

「なぁに?」

「この手は何かな?」

「え?お返し?」


 笑いながら答えたオリビアは、自身の手にボディーソープを付けてシリウスの身体をゆっくりと撫でる。


「私は大丈夫。自分でするよ」

「え~~」


 最初はほんの悪戯のつもりで面白がっていたオリビアだったが、明るい場所でしっかりと見たシリウスの裸体に思わず目が釘付けになる。



 すっと伸びた美しい首筋と、自分とは全く違う厚くて硬い胸板。

 しっかり筋肉の付いた腰とお腹に、筋ばってすらりと長い手足。



 私はこの身体と……。


 昨晩の出来事を改めて実感したオリビアは、恥ずかしさの余り思わず手を止めて俯く。


「オリビア?」


 突然微動だにしなくなったオリビアを不審に思ったシリウスは、彼女の顎を指先で持ち上げて顔を覗き込む。


「どうかしたの?のぼせた?」

「?!!」


 チラリとオリビアが視線を上げると、シリウスの指と唇が見える。



 この唇が、この指が……私の身体を……。


 昨晩、行為と同時にシリウスの溢れんばかりの独占欲とドロドロとした情愛を引っ切り無しに感じたオリビアは、その想いの強さに何度も溺れそうになった。



 魂の繋がり。

 身体の繋がり。


 きっともうどちらか一方だけでは満足出来なくなってしまった。


 オリビアの身体にツキンと甘い衝撃が走る。


「ん?」


 シリウスは視線の合わないオリビアの顔を更に近くで覗き込む。


 オリビアの指先が僅かに震え、瞳がじんわりと濡れ始める。


「シ……シリウ、ス……」


 堪らず顔を上げたオリビアの顔は欲に濡れており、シリウスは思わず息を止める。


「……」


 無言になったシリウスは直ぐにオリビアの身体に湯を掛けて洗い流すと、抱き上げてバスタブから出る。

 それから用意してあったバスローブを手早く羽織ると、タオルでオリビアの身体を優しく拭う。


「美しいね……」


 跪いてオリビアの足先を拭っていたシリウスはそう呟くと、新しいタオルでオリビアの身体を包んで抱き上げ寝室のベッドの上に優しく横たえた。


「オリー」


 シリウスに耳元で低く囁かれ、オリビアは堪らず身体を震わす。



 それから2人が食事にありつけたのは、今から3刻も後だった。




 -----


「あ、ご飯だ!」


 主寝室を出てシリウスの部屋に行くと、既にテーブルには所狭しと食事が並んでいる。


 シリウスの腕に抱かれていたオリビアは流石に空腹だったのだろう、バスローブ姿のままその腕から勢いよく飛び出した。


「オリビア!」


 自らの足で立てるか心配だったシリウスはオリビアに向けて手を差し伸べるが、目の前でフワフワと食事目掛けて文字通り飛んで行く彼女を見て安堵の息を吐くと、シリウスもテーブルに近付いてクローシュを次々と開けていく。


「え?出来たて??いつの間に?」


 食事から漂う湯気を見てオリビアは驚く。


「これらの食器には全て保温機能が付いてるからね。そう簡単に冷めたりはしないんだよ。ほらおいで」


 シリウスはオリビアの手を取ると、二人掛けのソファーに隣同士で座る。


「シリウスのお膝の上がいい」


 オリビアは立ち上がってシリウスの膝に手を掛けるが、


「ダメ」

「えっ!?」


 いつもなら許してくれる我が儘が今日は通らない。

 オリビアは頬を膨らませて不満顔をシリウスに向ける。


 普段なら大人しく引き下がるオリビアだが、今日は珍しくゴネる。


 今この部屋に2人しかいない。

 しかも昨晩からの件もあり、シリウスとひっつく事に慣れてしまったオリビアは彼の体温を感じられない事に寂しさを覚えたのだ。


 シリウスは珍しく拗ねるオリビアの顔を見て軽く吹き出すと、肩を抱き寄せて頬に優しく唇を当てた。


「食事はしっかり取らないと。まだまだ先は長いんだから、ね」


 シリウスの指が、バスローブ越しのオリビアの身体を器用に滑っていく。


 彼の悪戯な指の動きに、オリビアは真っ赤になって口をパクパクと動かす。


「分かった?オリビア」


 改めてシリウスは耳元で囁く。


「……はい」

「良い子だね」


 オリビアは頬を染め、ストンとシリウスの隣に座る。

 シリウスはほっとした様な残念そうな顔で苦笑すると、オリビアの額に口付けを贈り、用意されていたポットから紅茶を注ぎ入れる。


「あ……シリウス、お茶入れられるんだ」

「ふふふ、一応ね。これからしばらく2人っきりだし」


 笑いながら答えると、入れたての紅茶をオリビアの目の前と自分の席に置く。


「さあ、食べよう」


 シリウスはそう言うと、テーブルの端に置かれていた鈴を3回鳴らす。


「?それなぁに?」

「食事の合図かな」

「ふぅん……」


 オリビアは特に気にする事も無く、いそいそと食事を始めたのだった。




 ------


「今日で三日目ですか」


 執務室。

 ミナはリシューに頼まれた資料を手に呟く。

 その声色から不機嫌さが滲み出ており、リシューは呆れたように小さく息を吐いた。



()()三日目です。私の予想では五日前後でしょうね」


 リシューはデスクに座ったまま、視線を動かさずに仕事をこなす。



 2人が寝室に籠って早三日。


 念願叶って最愛の女性との初夜。

 早々に婚約者に手を出したリシューは、我が主の忍耐力の高さに同じ男として感服していた。


「心配しなくても食事は綺麗に平らげておりますし、きちんと入浴もしています。そもそもあのお二方は使用人がいなくとも身の回りの事はご自身でお出来になります。それに主がオリビア様の体調を気遣わないはずがありません」

「……はい」


 ミナは分かっている。

 逆ならともかく、シリウスがオリビアに無体を働く事など天地がひっくり返っても無い。



「オリビア様のお世話が出来ずに手持ち無沙汰なのは分かりますが、夫婦水入らずの時間を邪魔してはいけません」

「……邪魔なんて……」

「そういえば、スノウ達も姿を見ていませんね」

「確かに……」

「精霊達も気を遣って姿を現さないのですから、あなたももう少し我慢なさい」

「はい」


 しょんぼりするミナの姿にリシューは苦笑する。


「過去の当主の中には、寿月全てを使った方もいらっしゃったとか」

「え?!50日全てですか?」

「そもそもホワイトレイ、いいえ4財閥の紋章の意味を知っているでしょうに」

「……はい」



 4財閥共通の紋章。

 2匹の王冠をかぶったドラゴン。

 このドラゴンの内1匹は家長、もう1匹はその伴侶を表している。


 伴侶無くして『Z』の血筋は無い。


 元々ゼーグは自身の伴侶を溺愛していた。

 愛し過ぎて、伴侶に先立たれた瞬間に世界に絶望し自らも命を断ったという逸話も残されている程だ。


 その話を伝え聞いているからか、はたまた血筋からか財閥本家に血が近い人間程にその特徴が顕著に現れる。


 簡単に言うと、彼等の愛はとんでもなく重いのだ。



「そう思うとシリウス様は淡泊な方なのでは?日々の業務日報も必ず目を通して下さっていますし……」


 リシューはタブレットに視線を落とす。


「何よりいくら主が望んでも、オリビア様が外出もせずにそう何日も部屋に籠るのは難しいでしょう」

「それは……確かに」


 あの好奇心旺盛なオリビアはこの島をまだまだ散策し足りないだろう。

 きっと数日もしない内にシリウスの制止を振り切って、部屋から飛び出して来るだろう。


 そう思うと何だか主が不憫に思え、ミナは苦笑する。



 リーン リーン


 その時2人の耳に鈴の音が届く。


「2回です。食事の用意を」

「はい」


 ミナは一礼すると素早く執務室を出て厨房に向かう。

 今の音を聞いて、使用人達も作業を始めたはずだ。



 オリビアには知らされていないが、あの鈴は魔道具の一種でこの屋敷内のどこにいても聞こえるように出来ている。


 そしてその鈴の音の回数で使用人達は食事、ベッドメイク、入浴の手配を行う。



 鈴2回が食事の指示。

 鈴3回は食事開始の合図。



 主寝室はシリウス、オリビア両方の部屋から繋がっている。

 その為、シリウスの部屋で2人が食事をしている間に使用人達がオリビアの部屋から主寝室に入り、ベッドとバスルームを整える。


 そうすることで、使用人達も出来る限り2人との接触を避けているのだ。




 ほんの一時、全てのしがらみを手放して2人きりで甘い時間を過ごす。


 これこそが寿月の醍醐味。



 リシューはミナが出ていった扉を暫く見つめていたが、ふと窓の外に視線を向ける。


 抜けるような南国の青空の下、相変わらず降り注ぐ白い花々。


 リシューは口元に優しい笑みを浮かべる。


 主であり生涯の友であるシリウスの幸せが純粋に嬉しい。


 リシューはゆっくりと目を瞑ると緩んだ表情を元に戻す。


「さあ、我が主が戻ってくる前に仕事を終わらせましょうか」


 リシューは再びタブレットに視線を落とした。




 そうしてリシューの予想通り、シリウスとオリビアが部屋から出て来たのは、初夜から5日後の事だった。





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