結婚式
婚姻の儀からおよそ3刻。
教会のシンボルである鐘が島内に鳴り響く中、礼拝堂内は既に参列者で満席だった。
この日の為に白と銀の布で装飾された堂内は、500人近い人々が参列しているにも関わらず、静けさと緊張感に包まれている。
参列席の一番前。
左側席には4財閥のメンバーが座り、右側にはダリルが1人で座っている。
4財閥のメンバーは立場上、人の多く集まる場所で顔や名を必要以上に晒さない。
特にこの様な公の場では個人の特定が簡単に出来てしまう為、
皆一様に目深に帽子やストールをかぶっていた。
静寂に包まれた空間にパイプオルガンの音色が響き渡る。
背後の扉から今日の主役である2人が入場し始めると、参列者は皆視線をそちらに向けた。
北のホワイトレイ家と言えば、先代ダリルのせいもあって財閥内では冷酷な一族として有名だ。
他財閥の管理下からやってきた参列達の中には、直接シリウスの顔を見た事が無い者も多くいる。
彼等は恐怖半分、好奇心半分で息を詰めて2人を見ていたが、シリウスとオリビアの姿を視界に映した瞬間、思わず目を見開いた。
長身で目を見張る程の美青年と、人間離れした美しい女性。
入場を始めた2人に天が祝福しているかの様にステンドグラスから光が降り注ぎ、細かい金の粒子がふわふわと舞いながら2人の通り過ぎた場所をまるで生き物の様に辿っている。
その様を目撃した参列者の多くは、見間違いかと何度も瞬きを繰り返し、中には軽く目を擦る者までいた。
『クスクスクス』
「シェラ……」
ダリルは軽く息を吐きながら、誰も座っていない隣の席に向かって静かに窘める。
『いいじゃない。愛しい娘の晴れ舞台なのよ』
「今日はいないんじゃなかったのか?」
『あら?そうだったわ……』
シェラは今日、本来の姿である精神体でここにいる。
そのせいで彼女の姿はダリル以外の人間には見えなかった。
『でもこれくらいの事、人間だって出来るでしょ?』
シェラが楽しそうに指をクルクルと回すと、先程以上の光の粒子がシリウスとオリビアの周囲を取り囲んだ。
「いや、流石に……」
予定にない現象にシリウスの頬は僅かに引きつっており、オリビアは笑いながら視線を動かしていることから、光の発生源は精霊達だろう。
ダリルは諦めた様に息を吐く。
「ほどほどにな」
『ええ。任せて』
シェラは嬉しそうに微笑みながら、開いた手をダリルの膝の上に乗せる。
ダリルは僅かに口角を上げてその手に自らの手を重ねた。
神父が朗々と誓いの言葉を読み上げ、賛美歌が堂内に流れる。
式は粛々と進み、2人は礼拝堂に一礼すると退場を始めた。
入口で待機していたリシューは、外へと続く扉を開けて2人の到着を待っているが、その表情は明らかに困惑していた。
シリウスとオリビアが不思議そうにリシューを見ていたが、開いた扉から外の景色を見た瞬間納得した。
澄み渡る青空の下、真っ白い雪が地上に降り積もりそこかしこをまるで白い絨毯の様に染めていた。
「え?雪……?」
南の島では見る事の出来ないその光景に、オリビアは驚いて思わず手の平を空に向ける。
しかし、その手の上にふわふわと舞い降りてきたのは雪ではなく鈴蘭の花だった。
瞬間、開いた扉から礼拝堂内部へと一陣の風が吹き込み、思わずシリウスとオリビアは目を眇める。
風に乗って多くの鈴蘭の花が礼拝堂の天井まで一気に舞い上がると、参列者の頭上にクルクルと回りながら落ちていく。
漂う香りと美しい情景に、参列者達はため息を漏らした。
「母様ったら……」
オリビアの嬉しそうな呟きに、シリウスは苦笑しながらも彼女をエスコートしたまま礼拝堂を後にした。
教会の前には既に2台の馬車が停車し、周囲には護衛達が整列している。
後方の馬車の前にはリシューとミナが待機しており、シリウスとオリビアはその馬車に乗り込む。
その後リシューが外側から扉を閉めると、ミナと共に前方の馬車へと乗り込んだ。
今日は夜まで予定がびっしり詰まっている。
直ぐに動き出した馬車の中、目的地に着くまでの時間シリウスとオリビアは窓から外を眺めていた。
「ずっと向こうまで降ってるね」
海を眺めながらオリビアは呟く。
「見たところ結界の内側全体に降っている様だね。これはやはりシェラ様が?」
「うんそう。挙式の時も精霊使ってイタズラしてたし」
オリビアがぷうっと頬を膨らませる。
「ああ……」
あの時不自然に光っていたのはそのせいか、とシリウスは納得する。
式の最中、シリウスはダリル付近の席を確認したがシェラの姿を確認する事は出来なかった。
その為、今の今までシェラは式には参加していないものと思っていた。
だが今のオリビアの話を聞き、シリウスは内心ホッとした。
「式に参列してくれたという事は、私はシェラ様に認められたという事だろうか」
「?何それ……」
シリウスの言葉に、オリビアは可笑しそうに吹き出す。
「いくら母様と言えど、私が選んだ相手に口出しなんてさせない」
オリビアの瞳が強く瞬く。
いつもはふわふわとした雰囲気のオリビアだが、何かをきっかけに瞳に強い光を帯びる。
シリウスはそんなオリビアの瞳に魅せられ、ゆっくりと手を伸ばした。
「そういうものなのかな?」
「そういうものなの!」
「ふふふ、愛してるよ」
堪らなくなったシリウスは、囁いた言葉がオリビアの耳に届くよりも先に口付ける。
頬に添えられた親指で数回優しく撫で、口付けを深くしていく。
到着まで僅かな時間。
シリウスとオリビアは言葉少なく、お互いの唇の熱を感じていた。
島を覆う結界から溢れ出ている鈴蘭の花は、この日から10日間島内に降り注ぐ。
ゼーグ島が祝福に包まれた10日間だった。




