顔合わせ
「お疲れですか?」
ドレスのまま控室に戻ったオリビアは、ミナに入れてもらった紅茶を一口飲んだ状態でぼーっと窓の外を眺めていた。
「う~ん、何か……」
教会内を歩いて誓いの言葉を言った後にサインをしてこの部屋に戻って来ただけなのだが、何だか身体に違和感を感じる。
着慣れないドレスのせいだろうか?
オリビアはそう考えて今着ているドレスをチラリと見るが、その考えが間違ってる事に直ぐに気付いた。
見ただけで恐ろしく高価だと分かるウエディングドレスは想像と違って羽根の様に軽く、履いている靴も高いヒールであるにも関わらず全力疾走出来そうな程に軽い。
どこをどう見ても疲れる要因は見当たらなかった。
それにオリビアは『疲れている』というより、もっと別の何かを感じていた。
違和感。
そう、身体に今まで感じた事の無い違和感を感じる。
制限されている様な、それでいて何かに引っ張られている様な……。
いや、引っ張られているというよりは繋がれている?
「式は想像とは違いましたか?」
ミナの声にオリビアは我に返る。
「う、うん。確かに想像よりも事務的で人が少なくて、あっという間に終わったかな~」
時間にして半刻も経っていない。
「そうですね。一般的な結婚式はもっと大々的にお客様を呼んで挙げるものですからね」
「うん。そうらしいね」
事前打合せを行った際に色々と段取りを教わったオリビアだったが、やはり前世の記憶のせいか、想像していたモノよりもかなりあっさりと終わった事に驚いた。
「婚姻の儀は無事終わりましたから、オリビア様は正式なホワイトレイ家当主の妻となりました。これ以降は皆様への公式な顔見せとなります」
ミナの言う通り、財閥メンバー立ち合いの元での婚姻の儀は滞りなく終了した。
これからしばらく後に、招待客を呼んだ結婚式が礼拝堂で大々的に執り行われる。
その後島の要所要所を周って屋敷に戻った後、ひたすらパーティーが行われる予定となっている。
「基本的にオリビア様が顔見せなさるのは、屋敷にお戻りになるまでです。その後各所で行われるパーティー等には気が向けばお顔を出して頂いても結構ですが、基本招待客の皆様が好き勝手に騒ぐだけの催しですので参加なさらなくても問題ありません」
「うん。私はパーティーよりも自由にこの島を探検したい!」
「しばらくこの島に滞在しますので、数日後には色んな場所に行けると思いますよ」
「やった~~!って、数日後?明日以降予定は無いはずだけど、何かあった?」
「それは、まあ、その、ゴホンッ」
頬を染めながら咳き込むミナを不思議そうに眺めながら、オリビアはお茶請けに置かれたクッキーに手を伸ばしてぱくりと口に放り込んだ。
「コホンッ!それはそうと、挙式の前に簡単なお色直しをしましょう」
「え?このままじゃないの?」
オリビアは驚いてミナを見る。
「基本はそのままですが、ベールで顔を隠さない分装飾品を大ぶりの物に変更してティアラをつけます。その上でロングトレーンを付けて今よりも後ろ姿に変化を持たせる予定です。髪も結い直しましょうね」
「へ、へぇ……お任せします……」
「勿論です!お任せ下さい!」
キラキラと目を輝かせるミナに、オリビアは頷く事しか出来なかった。
コンコンコン
「オリビア、入ってもいい?」
ノックと共に、扉の向こうからシリウスの声が聞こえる。
ミナは直ぐにオリビアに視線で確認を取ると扉を開けた。
「休憩中にご免ね。この機会を逃すと4人揃う事が難しそうだったから連れてきた」
そう言って入って来たシリウスの姿を見た瞬間、オリビアは先程から感じていた違和感の正体に気が付いた。
『私、この人と繋がってる』
勿論オリビアがシリウスに祝福を与えた瞬間から2人の魂は繋がっている。
しかし今回の違和感。
その正体は『魂』では無く『身体』の方だった。
オリビアはシリウスとの身体の繋がりを感じたのだ。
これは元々定まった身体を持たない精霊には大層不思議な感覚だった。
先程の婚姻の儀での誓いの言葉が要因と思われるのだけれど……。
オリビアは無意識に自分の手の平を見つめてにぎにぎと感覚を確かめる。
これはこの世界特有のものなのだろうか。
オリビアは契約の効力に驚きつつ、迂闊な誓いをしなくて良かったと心底思った。
だがそのせいで、オリビアは大層困る。
身体の繋がりを認識した瞬間、シリウスに触れたくて触れたくて仕方が無くなったのだ。
そしてオリビアがそんな状態だとは気付かないシリウスは、いつも通りオリビアの側まで来ると、頬に手を添えて柔らかくほほ笑む。
「疲れた?」
「ひへっ!ううん。大丈夫……」
うっかりシリウスの瞳を見つめてしまい目が離せなくなる。
澄み切った青い瞳と長い睫毛が瞬きの度に揺れる。
自分を見つめる時の彼の眉は少し下がっていて、一見潔癖で冷たく見える表情さえも甘く見え、薄っすらと開いた唇でいつも優しく口付けをくれる。
ああ、その大きな胸にすがり付きたい。
力強く抱き締められたい。
オリビアは頬に添えられたシリウスの手に自ら触れると、ぴりっと甘い痺れが指先から全身に伝っていくのを感じた。
「……あっ……」
思わず小さく喘ぐ。
その瞬間、シリウスは両目をこれでもかという程大きく見開き、オリビアから手を離して一歩身体を後退させた。
オリビアは離れてしまったシリウスの身体に寂しさを感じながら、『成程。これが肉体的、所謂性欲かぁ~~すご~~い』などと単純に感動していた。
室内が微妙な静けさに包まれる。
シリウスは数回咳払いをして気を取り直すと、廊下で待っている3人を室内に招き入れた。
緊張で婚姻の儀の際に周りを余り見れなかったオリビアだったが、その風貌から彼等が参列してくれていた3人だと直ぐに分かった。
「彼等は私の、そうだな、仕事仲間で同僚だ」
シリウスが言う。
「同僚……?」
「そうよ、初めまして。ベールの下にはとんでもない美少女が隠れていたのね……こほんっ。北のの同僚です。西のって呼んでね」
オリビアよりも少し年上の金髪に青い目の美女が、美しいカーテシーを披露する。
「キタノ、ニシノ……??」
聞き慣れない言葉にオリビアは首を傾げた。
「僕達は仕事柄、名前では無く担当地域名で呼び合ってるんだ。僕は主に東の国々を担当しているから東のって言うの。でもプライベートで仲良くなったら僕の名前、教えてあげるね」
オリビアよりも年若い黒髪黒目の少年がニコリと微笑む。
「俺は南の。この辺り一帯を担当してる。よろしくな!」
褐色の肌に焦げ茶の髪を持つ体格のよい男性が豪快に微笑む。
「あ、はい。オリビアです。よろしくお願いします」
ニコリと微笑んだオリビアの顔に、3人は思わず見惚れる。
「人間離れした、まるで精霊の女王の様な美しさね」
「娘だからな」
ポツリと呟いた東のの言葉に、シリウスはあっさりと答えた。
「?」
「え?」
「ん?」
意味が理解出来ずに聞き返した3人に、シリウスは何てこと無い様に告げる。
「彼の女王の娘だ。言ってなかったか?」
「…………聞いてない」
「…………初耳です」
「おいお前!聞いてないぞ!!」
南のがシリウスの肩に腕を回して引き寄せる。
「そうか。いやしかし、オリビアはオリビアだからな」
「まあ、それはそうだが……いや違うだろ!何かもっと他にあるだろうが!!」
「……そうか?」
シリウスは南のの腕を特に気にした風でも無く、そのままの状態で僅かに首を傾げる。
「お前ちょっと来い!それじゃあオリビア!またな!」
「結婚式楽しみにしてるわ」
「またね~」
シリウスは3人に引きずられる様に部屋を出て行く。
残されたオリビアとミナ。
「シリウス……大丈夫かな?」
「は、はあ……」
「でも仲良さそうだね。お仕事楽しそうで良かった」
「え、ええ……」
嬉しそうなオリビアとは正反対に、自身の主に対する財閥メンバーの扱いが雑過ぎて、ミナは驚いたまま立ちすくむのだった。




