婚姻の儀
早朝、島の中央に立つ教会から荘厳な鐘が鳴り響く。
この教会は島唯一という事もあり、礼拝堂は島民達に一般公開されている。
ここ最近は寿月に入った事もあり島を訪れる人々が増え、それに比例して教会を訪れる者も増えたのだが、ここ2〜3日は教会周辺への人の立ち入りが厳しく制限されていた。
各財閥直下の護衛が教会周辺に等間隔で並び、厳戒体制ともとれる様な守りを固めている。
初めてそれを目撃した者であれば、驚いて何事かと混乱するだろう。
しかしこの島内には身内しかいない為、教会内で何が行われているかは皆しっかりと理解していた。
一般公開されている礼拝堂。
そこから更に奥まった所に『奥の殿』と呼ばれる場所がある。
それは教会の裏庭に広がる広大な林の中にあり、鳥の声や木々のさざめき位しか聞こえない非常に静かな場所だった。
比較的大きな木造建築の建物の一室にはステンドグラスが散りばめられ、磨かれた祭壇と数個の椅子が置いてある簡素な作りではあるが、4財閥の重要な儀式を行う場でもある為、そこは埃っぽくならない様に隅々まで磨かれていた。
そして現在、奥の殿の祭壇横に神父が立ち、用意された椅子には4財閥の当主が正装で並んで座っている。
つまりこの場所には4財閥当主と神父のみ。
それ以外誰もいなかった。
婚姻とは契約である。
商人は契約を何よりも重要視する。
だからこそ、その契約の立会には信頼した者が呼ばれる。
相応しくない部外者を呼ぶ必要は一切ない。
これが彼等の考えであった。
各々親しい友人達をこの島に招いてはいるが、それはこの後島内で行われる披露宴やパーティーの為である。
勿論、招かれた人々もそれを十分理解していた。
新郎であるシリウスは白銀のスーツを身に纏い、椅子の一番中央通路寄りに浅く腰を下ろしている。
胸ポケットには鈴蘭の花が挿され、前方のステンドグラスから注がれる太陽の光を浴びて無表情に祭壇を見つめていたが、背後から扉の開かれる音が聞こえるとすぐに立ち上がり、扉まで大股で向かう。
無表情でとんでもなく不機嫌そうに見えるシリウスだったが、付き合いの長い財閥メンバーは、珍しく緊張している友の顔をニヤニヤしながら見ていた。
「ふふ……北の、めちゃくちゃ緊張してる」
「あ~僕も早く結婚したいな~~」
「お前まだガキだろうが。色恋よりも勉学に励め」
「は?うるさいよ南の。学校なんか既に飛び級で卒業してるし」
木造の室内はよく音が響く。
彼等の声は扉に向かうシリウスの耳にもしっかり聞こえており、思わず眉間に深い皺が寄る。
だが扉から現れたオリビアの姿を見た瞬間、直ぐにその表情を和らげた。
扉前までリシューにエスコートされていたオリビアは、首までしっかりと詰まったすっきりとしたシルエットの純白のドレスを身に纏い、銀糸で刺繍を施された表面の布は動くたびに眩い光を放っていた。
目深にかぶったベールは繊細なレースで、オリビアの顔をぼやかしてはいるものの、その美しさを完全には損なわせてはいなかった。
首や耳を飾る装飾品は小ぶりではありながら統一され、存在感のある繊細な輝きを放っている。
リシューは部屋には入らず、オリビアをシリウスに託すと静かに扉を閉める。
リシューといえど、この場所に入る事は許されていないのだ。
シリウスは右手を出し、緊張で僅かに震えるオリビアの手を迎えに行くとしっかりと握る。
それから優しくエスコートして祭壇までゆっくりと進んだ。
その姿を微笑ましそうに見守っていた財閥メンバーだったが、無意識の内に頭の中で新婦の身に着けている物の値段をはじき出していた。
彼等はこの世界のあらゆるモノに値段をつける。
これはもう職業病と言っても過言では無い。
この世界は金が全てではない。
ただ、物の価値を測る手っ取り早い物差しになるのも事実だ。
そして彼等はそれを十分理解しているので、価値のあるモノにしか金を使わない。
つまり、あり得ない程に金が掛けられた新婦の装飾品やドレスを見る限り、シリウスが妻となる彼女にべた惚れな様子が簡単に見てとれた。
戦友であるシリウスがそんな相手に巡り合えた事を、彼等は純粋に嬉しく思った。
「今日よりいかなる時も、互いに愛し、共にある事を誓いますか?」
「誓います」
「誓います」
簡単な誓いではあるが、2人には充分だった。
多くの言葉や細分化された理由などいらない。
願いはただひとつ。
いかなる時も共にありたい。
愛しているのだ。
祝福を与えたオリビア。
契約で縛ったシリウス。
囚われたのはどっちだろうか。




