シリウスとの距離
真夜中、突然目が覚めたオリビアはベッドから身体を起こして枕元にある水差しで喉を潤す。
「ふぅ…」
今日のミナとの会話を思い出し、オリビアは軽く溜息を吐いた。
「死が二人を分かつまで…かぁ」
オリビアは座った状態で、ぽすんと上半身を前に倒す。
「黙っているべきが、言うべきか…いや、言うべきでしょ。分かってる。分かってるって。でもどうやって説明しようか…」
オリビアは悩んでいる訳では無かった。
単にシリウスに言い辛いだけなのだ。
「ああ…恥ずかしすぎる」
オリビアは頭を抱えた。
真っ暗い室内ではあったが、カーテンの隙間からわずかに光が漏れている。
オリビアはベッドから降りて窓際へと向かった。
スルッとカーテンの内側に身体を滑り込ませて窓の外を見ると、美しく輝く2つの大きな星がぽっかりと夜空に浮かんでいる。
「月…じゃなさそう…?」
前世の記憶からその星は月を連想させる見た目をしているが、数が多いし、何よりサイズが違い過ぎる。
オリビアは窓を開けて暫く夜空を眺める。
「きれい……」
オリビアは思わず手を伸ばす。
ここに来て、オリビアの体調はすこぶる良い。
常に自然体でいられるお蔭で魔力が詰まる事も無くなった。
そのせいか、オリビア自身精神的にもかなり安定している様に感じる。
以前に比べて、極端に悩むことが無くなった。
子供っぽい好奇心もあるにはあるが、きちんと制御出来るようになっている。
「ついに私も成長したのかな~」
ふふんっと子供っぽいドヤ顔で笑うと、そのまま窓から外にぴょんっと飛び出した。
彼女の部屋は2階にあるのだが、その高さを物ともせずにゆっくりと地面に着地する。
オリビアは足裏で草を踏みしめる感触を楽しみながら、裸足のままで湖の畔をゆっくりと歩く。
微かに聞こえる虫の声と、吹いてくる温かい風がどこか懐かしく、オリビアはいつかの初夏の夜を思い出していた。
湖面に映る大きな2つの星が、ゆらゆらと揺れている。
オリビアはトンッと地面を蹴って飛ぶと、湖の水面にふわりと着地する。
それからとんとんと軽やかに歩き、わずかに彼女の足先が触れた湖面はいくつもの波紋を作り、映り込んだ光を柔らかに歪ませていく。
気が付くとスノウ達も現れ、オリビアの周りで戯れている。
オリビアは、ふと振り返る。
屋敷のほとんどの部屋の明かりは消えているが、シリウスの部屋だけは未だついたままだった。
最初は恋だと思った。
オリビアはじっとシリウスの部屋の窓を見つめる。
格好良くて、優しくて、頼りになって。
でも違った。
オリビアは大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。
意識が辺り一帯にゆっくりと広がり、深く静寂の中に沈んでいく。
研ぎ澄まされた感覚と広がっていく視界。
オリビアの瞳の中がキラキラと星の様に瞬く。
これこそがあらゆるものを見通す世界と一体化した精霊の瞳の力なのだが、オリビアはその力でシリウスだけを見ていた。
輝く美しくて尊い魂。
鋭く、透明度の高い私だけの宝石。
壊れないように、砕けないように私が護らなければならない。
初めて観た時から決めていた。
あれは私だけのモノだと。
祝福を与えた日、オリビアは安心した。
もう大丈夫。
これで私だけのモノ。
魂の繋がりを感じて、心の底から満足した。
それだけで充分だった。
だがどうだろう。
今になって気付く。
離れているよりも、傍にいる方が。
視界に入らないよりも、見つめてくれる方が。
別の誰かを愛しているよりも、自分に愛を向けてくれる方が遥かに何倍もの熱を伴う。
ああ…なんて…
なんて…
言葉にならない熱が指先まで伝わり、オリビアの全身が甘く痺れる。
胸の奥に大輪の花が咲く様に、身体から甘い魔力が放出される。
それを受けて、辺りの花々が一気に狂い咲き始める。
広がって上昇する魔力に乗せて、姿を持たない精霊達が光を放ちながら空へと昇っていく。
これは恋じゃない。
そんな生易しいものじゃない。
あなた自身が、
魂が、
存在が、
その全てが堪らなく愛しい。
死が二人を分かつまで。
いいえ、いいえ。
それはあり得ない。
私達は魂で繋がっている。
何度死んでも、何度生まれ変わっても、私達は離れる事はない。
魂は滅ばない。
私があなたを望む限り、私達は永遠に離れる事はない。
そして、それを望まない日など永遠に来ない。
なぜならあなたは、私の唯一の愛し子なのだから。
あなたは私だけのモノ。




