誓いの言葉
「やはりこの形の方がお似合いかと。お色がこれならば、この宝石がぴったりですね」
湖に面したオープンテラスで、ミナが嬉しそうにオリビアに数枚の絵を差し出す。
そこには色とりどりのドレスや装飾品が詳細に描かれている。
もう何度目のやりとりだろうか。
オリビアは見慣れない豪華なドレスや宝石類に、最初はミナと一緒に嬉しそうに選んでいた。
しかし、選んでも選んでも終わらない。
ここ数日、朝から夕方まで似たような作業を繰り返している。
「流石にもういいよ~そんなに着ないし」
オリビアはしぶしぶながらその紙を受け取る。
「何をおっしゃいますか?結婚式のお衣装以外にも、日々のドレスや装飾品は必要です。どれだけあっても困る物ではありません」
ミナは当然のごとく言い切る。
いやいやいや、もう何十枚目よ。
元々オリビアは、小奇麗にしていれば服装は特に気にならない性格だ。
こうも繰り返しドレスや装飾品を見ていると、作った人には申し訳ないが全部同じに見えてくる。
見分けが付くのは色くらいのものだ。
「う~ん、分かったわ。それならミナが選んでおいて。私の事よく分かってくれてるもの」
オリビアはミナに丸投げ、いや一任する。
「畏まりました!全身全霊で選ばせて頂きます!」
キラキラと目を輝かせ、ミナは嬉しそうにやる気を漲らせる。
通常新しいドレスを手に入れる際はデザイナーを屋敷に呼ぶのだが、オリビアの場合、拠点に他人を入れる事をシリウスが厳しく制限している。
一族内での映像や姿絵の公表すら禁止している為、この様な方法しか取れないのだ。
だが勿論、オリビアに既製品を着せる訳ではない。
似合う型やシルエット、色や好みを選んでもらい、それを元に一からデザイナーに制作してもらうのだ。
「それにしても、結婚は4年…もう直ぐ誕生日だからほぼ3年後かな?こんなに早くから準備って必要なの?」
精霊の成長ははっきりとは分からないが、人間の10代前半などまだまだ成長期だ。
サイズの変化は勿論の事、流行の移り変わりもあるだろう。
「何をおっしゃいますか!オリビア様」
ミナは驚き、困ったように声を上げる。
「うん?」
「そもそもドレスの色や形が決まっていても、それに使う布から、いいえ糸から選定が必要です」
「…糸、から?」
「勿論です。シルエットを十分に考えてどの糸を使うのか、色が決まっても…例えば青と一口に言っても、暗い青から明るい青まで多くの種類があります。その中から吟味した後に染料の原料を選ぶところから始まります。勿論同時進行で縫い込む宝石の発掘から鑑定も必要ですし、使用するレース1つにしても糸から選び、職人の選定等々多種多様の工程があります。どれだけ時間があっても足りないのです。3年などあっと言う間です」
「宝石の発掘……?へ…へぇ…」
オリビアはドン引きした。
「そもそも流行など、オリビア様がお召しになった物が最先端なのですから、その辺は気になさらなくても良いのですよ」
ミナは早口で言い切る。
「ソウデスカ…」
遠い目をしながら、オリビアは用意されていた紅茶をひとくち飲んだ。
「そう言えば、シリウスって何のお仕事してる人?」
今更ながら、オリビアは尋ねる。
流石の彼女も、夫となる人の職業くらい知っておかなければいけないと気付いたのだ。
「仕事ですか?そうですね、一言で言えば事業家でしょうか。多くの商売や事業を手広くしており、シリウス様はその長ですね」
「事業家…」
「はい。ホワイトレイ家の初代は商人でしたので、流通にはかなり力を入れていますね」
「へぇ…」
前世でいうグループ会社の会長職って感じかな?
「貴族では無いんだね」
「そうですね。しかし爵位はいくつか持っているはずですよ」
最近の爵位は、お金で買えるので。
「こちらがホワイトレイ家の紋章ですね」
ミナが茶器の裏をオリビアに見せる。
そこには2匹の王冠をかぶったドラゴンと鈴蘭の花が描かれた紋が見える。
オリビアは目の前に置かれたカップの底を確認する。
するとそこにも同じものが描かれており、気にして辺りを見てみると、テーブルに並べられたカトラリーやナプキン、皿に至るまで全てにその紋章が描かれていた。
「鈴蘭の花が無いのが基本形です」
「基本形?」
「はい。ホワイトレイ家の当主は、伴侶が決まった際にその方をイメージした花を紋章にあしらいます。それで何代目なのか分かったりもするんですよ」
「つまり、シリウスの代は鈴蘭って事?」
「ええそうです。オリビア様を鈴蘭に見立てたのでしょうね」
ミナは優しく微笑む。
鈴蘭に似ているのはシリウスの方なのになぁ…。
その話を聞いて、いまいち釈然としないオリビアだった。
「結婚式には世界中の鈴蘭を取り寄せますから、暫く鈴蘭をあしらった物が流行るでしょうね」
「そういうものなの?」
「はい。そういうものです」
世界の流通を管理しているのだ。
大量の鈴蘭が輸入され始めれば、市場にも注目されて放って置いても鈴蘭のブームがやってくるだろう。
「そう言えば、結婚式ってどこでやるの?」
「何を信仰しているかによりますが、大部分の方々は自身の信仰神が祀られている教会で式を挙げますね」
「へ~。それじゃあ、その時何か決まった儀式、例えば指輪の交換とか誓いの言葉を言う、みたいなのとかあるの?」
「お互い大切な何かを相手に1つ渡して『病めるときも健やかなるときも、死が二人を分かつまで共に愛する事を誓います』って宣誓するのが一般的ですね」
「へ~一緒なんだ…」
オリビアは前世で結婚していた記憶は無いが、よく聞くフレーズは何となく覚えていた。
「一緒、ですか?」
「ううん、こっちの話。うん」
死がふたりを分かつまで、共に愛する事を…。
ん?
カップを再び持とうとしたオリビアの手がぴたりと止まる。
「ねえミナ。それって所謂死ぬまでは一緒に愛し合って仲良くいましょうね、って事だよね」
「はい、そうですね」
「そうかぁ……」
そうか…。
う~ん、それ大丈夫かな……。
オリビアは考え込む。
「オリビア様?」
うつ向いて考え込むオリビアの姿に、ミナは一抹の不安を覚える。
「ねえミナ。それって絶対誓わなきゃいけないのかな?」
「え?ええ。まあそうですね。一般的には…」
「あのその、もし、もしもの話だけど」
「はい」
「誓いの言葉って変更出来たりする?」
「変更ですか?それは、まあ理由にもよりますが、どうでしょう。私では判断出来かねます。リシュー様でしたら出来るかと思いますが……何か問題がありましたか?」
ミナの質問にオリビアはこくりと頷く。
「それでしたら、その様にリシュー様にお伝えしておきますね」
「うん。お願い」
ミナの言葉に、オリビアはほっとして息を吐いた。
それにしても。
う~ん。
特に問題ないとは思うんだけど、教会での宣誓っていうのがネックだわ。
オリビアは知らず知らずの内に、眉間に皺が寄る。
精霊の言葉には言霊が宿る。
神聖な場所ほどそれは顕著だ。
問題無いとは思うけれど、その言葉がこれからの2人のノイズにならないとは限らない。
大丈夫だと思うけど…。
「最悪、誓わないっていう手もアリかな…」
ぽつりと小さく呟いたオリビアの言葉は、しっかりとミナの耳に届く。
その瞬間、彼女は驚愕の余り目を見開いたのだった。




