~新人研究員の日常2~
残酷描写があります。
苦手な方はバックお願いします。
青白い光に満たされた室内には、円柱の水槽がいくつも設置されている。
これらは被験体を保管しておく際に使用する物なのだが、現在この部屋の水槽は半数以上が空だった。
「また減ってる…」
ここ最近、赤い鳥の調整の為にかなりの被験体が使用されたと聞いている。
「魔法陣の規模、使用される魔力量、それを凝縮させて1つの魔石に作り上げる技術かぁ…はぁ、僕も早くそんな研究に携わりたいな…」
まだまだ新人である彼の仕事は、補助という名の雑用ばかりだ。
ビーンはぼやきながら水槽の前を早足で通り過ぎると、部屋の隅にあるロッカーを開けて白い布を取り出す。
「今日も頑張って掃除しますか!」
ビーンは自らを奮い立たせるように拳を上げると、端の水槽から順に表面を綺麗に拭いていく。
「ここから一列は全部空っぽか。確かブラン王国のメイドさん達だったかな…?沢山いたから名前忘れちゃったや」
水槽ごとにプレートが張られており、そこに出身地や性別、職業と年齢、名前等々の事細かな情報が書かれているのだが、今は綺麗に撤去されている。
昨日まで名前を呼びながら水槽の手入れをしていたビーンは、ほんの少しの寂しさを覚えた。
「お友達、結構いなくなったね。寂しいねえ~アンナさん」
中身の入った水槽に差し掛かったビーンは、上機嫌で中の人間に話し掛ける。
水槽の中は高濃度の魔力水で満たされている。
その中に被験体が一体ずつ手足を拘束され、パイプに繋がれた状態で保管されている。
彼等は年齢、性別、人種共にバラバラであるが、皆一様に全裸で、後頭部から鋼で瞼を強制的に開かされており、きつめの魔力を随時流して被験体が眠らない様に調整していた。
その為か、等間隔で身体がびくんびくんと痙攣し、頻繁に苦悶の表情を浮かべて悶えているのだが、手足を拘束されているせいで大した動きは取れず、時たまゴボゴボと大量に鼻と口から空気を吐き出している。
「うん。今日も元気だね~」
水槽の中で悶えている被験体を見て、ビーンは嬉しそうにほほ笑みながら頷く。
「昨日は右の手足が千切れてたけど、くっついたみたいだね。流石魔力水。ローラさんも傷は塞がったみたいだし」
ビーンは更に隣の水槽にも話し掛ける。
ローラは上半身と下半身は綺麗に分けられ、パーツごとに魔力水の中で固定されている。
昨日までは大量の血で赤く染まっていた水槽内だったが、今はすっかり水は澄み、覗き込んだ傷口の断面は塞がり、肉が盛り上がってきていた。
「凄い再生能力。やっぱり生物って凄いんだな~ふふふ」
ビーンは生命の力強さを目の当たりにして胸が熱くなる。
そして、ふと手を止めて部屋の奥に設置されてある小さな水槽の前に立った。
「ミランダちゃんに会いたくなっちゃったよ!」
ビーンは嬉しそうに水槽に両手をつけて、じっと中を覗き込む。
この水槽はビーンのお気に入りで、初めて見た時は胸が熱くなるのを感じた程だ。
「ああ、いつみても素敵だね~」
ビーンはうっとりと水槽に額を当てる。
ゴージャスな黒髪をゆらゆらと揺らし、苦悶の表情を浮かべる首だけの女性。
意思の強そうなしっかりとした眉を顰め、くっきりと睫毛に彩られた瞳は微かに開いている。
その姿は、最後まで生きる事を諦めない力強い野生動物そのものだった。
「ほんと、動物って美しいね」
ビーンはほぅっと溜息を吐く。
「あ~~、ま~たビーンがお気に入りの水槽の前でうっとりしてる~」
背後から聞こえた声にビーンが振り向くと、そこには同じ当番のノノが呆れた表情で立っていた。
彼女はビーンの同期で、ブラウンの髪と瞳のすっきりとした顔立ちの美しい女性だった。
「ノノ、遅刻だよ」
「え~ぴったりだよ、ぴったり」
ノノが腕時計を確認する。
「新人は10分前行動だよ」
「え~ビーンのくせに生意気~」
ビーンより少し背の高い彼女は、彼の額を指で弾く。
「もう、止めてよノノ。そんな事より早く掃除しちゃうよ!」
「はいはい。何よ、自分だってそのゴージャス美人に見とれてたくせに…」
「は?」
ノノの言葉に、ビーンはきょとんとした顔を向ける。
「ゴージャス美人って?」
「その生首の被験体の事よ!あんたのタイプなんでしょ!」
「えっ?!ミランダちゃん??美人なのかな?よく分からないけど…」
ビーンは首を傾げる。
「はぁ~?いっつも見とれてるじゃない。好みの顔じゃないの?」
「見とれるって…確かにそうだけど。被験体でしょ?僕は首1つになっても生きようともがく生命の神秘に感動してるだけよ?」
「え?!そうなの??ふ~ん、そうなんだ…ふ~ん」
「どうしたの?」
ほっとした様に呟くノノに、ビーンは不思議そうに尋ねる。
「べ、別に何でもないわよ!ほら!!ちゃっちゃと掃除しちゃうわよ!この後餌やりが待ってるんだから」
「?分かってるよ…何だよ…突然」
遅刻したはずのノノに急かされて釈然としないビーンだったが、言われた通りに再び水槽磨きに励んだのだった。
ーーー
「はい、あ~んして~」
ノノが椅子に座った女性の口元にスプーンを近付ける。
すると彼女はわずかに口を開いて、スプーンにのせた流動食をゆっくりと口に含み、ごくりと飲み込んだ。
「今日はよく食べるね~。まだまだいけそう」
「体調がいいのかな?」
ノノの側でタブレットに記録しているビーンは、嬉しそうに口元を緩める。
この女性は、長い白髪を後ろに束ねて虚ろな瞳で微動だにせずに前方を見ている。
彼女の首には、一周するように太いミミズの様なぷっくりとした傷跡が残っており、それを境に上下で皮膚の質感が違っていた。
膝の上に置かれた手は白魚の様にしっとりと美しく、所々剥げてはいるが爪には鮮やかな色が塗られている。
「ここまで綺麗にくっつくなんて、本当にすごい」
「だよね。ほら、カトリーナさん。頑張ってもっと食べてみましょうね」
ビーンは名を呼んで励ます。
「親子だからここまで上手くいったんだよね。他人の身体のパーツだとくっつかないらしいよ。凄いよね~」
「頭部は死んで暫く経過してたんでしょ?高濃度の魔力水って本当に凄いんだね」
「これでまた医学が進歩しちゃうね!流石先輩方!!」
「あ~憧れるぅ~私も早く本格的な研究がしたい!」
「僕も~~!!」
「お互い頑張ろうね!!」
「うん!!」
2人はワクワクしながら、自分達のこれからの研究人生に胸躍らせたのだった。
餌やりの仕事を終えたノノとビーンが去った後、カトリーナは1人椅子に座っていた。
薄暗い室内、壁一面に映し出された映像を首を傾けて虚ろな瞳で見ている。
それは時に美しい野山の映像であったり、湖の畔の映像であったり海の映像だったり。
スライド式に移り変わるそれらの映像を見ているカトリーナだったが、僅かに開いた瞳に光は無く、表情がぴくりとも動かない。
壁の向こう側には多くの研究員達がいて、彼女の姿を逐一観察している。
彼女達は2度とここから出る事はない。
たとえ壊れてしまっても、その手足、頭、眼球、髪の毛の1本に至るまで、全てが研究対象となる。
それで様々な物が発展するのならば、世界にとって彼女達は必要な存在なのだろう。




