女王シェラ
今日のシェラは、とにかくご機嫌だった。
早く帰らなければ、きっとダリルは不機嫌になるだろう。
しかしこの高揚感は、今のシェラにとって何物にも代え難かった。
「ああ。悪戯ってこんなにワクワクするものなのね」
自らが与えた魔石を目印に飛んでくると、案の定そこはブラン王国の王都であった。
一応シェラは、ダリルから許可を得て1人でここにいる。
ブラン王国を地図から消す話を彼から聞いた際、シェラ自らが彼におねだりをして、何とか許可をもぎ取ったのだ。
「甘えん坊なんだから…」
シェラの口元が、柔らかな弧を描く。
ダリルはシェラと深い関係になってから、今まで以上に酷い執着を見せるようになった。
常に側にいて、出来れば身体の一部がくっついていたいらしく、余りの甘えっぷりに配下の者達は常に苦笑している程だ。
『驚いたり、怒ったり笑ったり。感情を露わにするのがひどく面白い』
眷属である悪戯好きの妖精達が、サイファードにいた頃によく言っていた。
その時のシェラにはいまいち理解出来なかったが、オリビアのお蔭である程度感情についての知識が増えた今では、それがよく分かった。
まるで感情とは波の様だ。
シェラはうっとりと、自身の胸に両手を当てた。
「ああ、素敵…」
以前、オリビアの記憶を見た際、彼女は間違いなく怒っていた。
しかし、長くは続かなかった。
『怒り』という感情を知った喜びの方が勝っていたからだ。
だが、可愛い娘に想像以上のちょっかいを出された件については忘れていない。
そこで閃いたのが、『悪戯』と言う名の仕返しだった。
『やられたらやり返す』という訳ではないのだが、された行為の少し分位はお返ししてあげよう、というものだ。
そもそもシェラがサイファードにいた頃にも、この国の王は手を変え品を変え色々とちょっかいをかけていたのだ。
少し返したところで何ら問題は無いだろう。
というか、面白そう。
これが、今のシェラの心の内だ。
決して『娘の為に天罰を与える』等の大それた行いではない。
そもそも精霊には、倫理感や正義など存在しない。
善悪すらも無いのだ。
風が吹いて雲が流れようとも、雨が降ろうとも。
大地が揺れてひび割れ、火山が噴火して大地を溶かそうとも、それは完全なる自然の摂理だ。
存在、現象の全ては、あるがままこそが一番相応しい。
あるがまま、気ままに生きる精霊は、自然とは近しい存在なのだ。
だが多くの感情を知る事により、起こっていた完璧な現象への見方も次第に偏りだす。
全体から見れば大きなうねりの中の些末な事であっても、誰かの目線に立てば、それはとんでもない不条理となる。
しかし今のシェラは、それさえも楽しんでいた。
全と個。
全ては正しくて全ては幻想。
完全なる遊び。
全ては神の遊び場で起こる遊戯でしかない。
そして、いつだって世界は完璧なのだ。
シェラは歌う。
あらゆるモノへのレクイエムを。
美しく儚い旋律。
世界はいつだって美しくて完璧で、そしていつかは必ず消えるのだ。
さあ、全てを楽しもうではないか。