赤い鳥
ゆっくりと朝日が昇り始める。
いつも通り静かな朝だった。
人もまばらなこの時間、王都の街には思い思い仕事の準備に取り掛かる人々の姿があった。
ふと、1人の男が何気なしに空を仰いだ。
「今日も良い天気になりそうだ」
未だ薄暗くはあるが、雲一つない空を見上げて男は満足気に頷く。
それから、1日の安全を朝日に拝もうと手を合わせたのだが、その朝日を背に、無数の何かがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
「?何だ?ありゃ…」
男は目を凝らす。
「また渡り鳥か?」
逆光でよく見えなかったが、どうやらそれは鳥のようだった。
暫く男は空を眺めていると、ようやくそれが赤い色をした無数の鳥だと気付く。
「へぇ~~今度は赤か」
男は呟く。
その声に、近くにいた人々も同じように空を見上げた。
ここ最近、青から始まり黄色と、珍しい色の渡り鳥が王都を訪れており、何も知らない人々の間ではちょっとした人気になっていた。
いつも通り、街中に降りて羽根休めでもするだろうと見ていると、鳥達は何故か王都の上空をグルグルと旋回し始める。
よく見ると群れの先頭には、他のどれよりも大きくて赤黒い鳥が飛んでいる。
群れのボスだろうか。
男はしばらくその鳥を見ていた。
『キューーー』
すると、その大きな鳥は突然潰れた様な声で鳴くと、1羽だけで一気に上空へと舞い上がり、一瞬で花火の様に弾け飛んだ。
「は?」
空を見上げていた人々は、何が起こったのか全く理解出来なかった。
残った鳥達は、四方八方に分かれてどこかに飛んで行く。
「…何だったんだ??」
しばし茫然と空を見上げていた人々は、首を捻りつつも各々の作業に戻り始めた。
暫くすると、男の目の前にヒラヒラと赤黒い羽根が舞い降りてくる。
先程の鳥のものだろうか。
男は何となくその様子を眺めていたが、羽根が地面に到着すると同時に鋭い光を放ち始めた。
「はっ!?今度は何だ?!」
男は驚いて尻もちをつく。
しばらくそのままの状態で恐る恐る観察していたのだが、特に光っているだけで何も起こらない。
男は気を取り直して腰を上げようと手に力を入れるのだが、何故か一向に立ち上がる事が出来なかった。
「何だよ全く…」
尻もちをついた拍子に手首でも捻ったか?
男は自分の手を確認しようと視線を向けたのだが、不思議な事に手首から下が地面に埋まってぴくりとも動かせない。
いや、手だけではない。
足も尻も、地面についている身体の部分が何故か地面そのものに埋まっていたのだった。
しかもよく見ると、まるで底なし沼の様に現在進行形でゆっくりと沈んでいる。
「ちょっ!!何だよこれ!!」
男は咄嗟に周りを見回して、大声で叫ぶ。
その声に気付き、周りの人間達が男に駆け寄ろうとする。
しかし、何かに足を取られて動くことが出来なかった。
彼等もまた、男と同様に足首から下が地面に埋まっている状態だったのだ。
人々は何が起こっているのか理解出来ず、悲鳴を上げながらもがく。
しかし飲み込まれた部分には感覚は無く、力が抜けてどうする事も出来なかった。
彼等は自由になる箇所をひたすらばたつかせ、大声で助けを呼ぶ。
何事かと家の中から出てきた人々も同じように足を取られ、それを窓から見ていた人々は、急いで窓際から離れるが、実は建物すらもゆっくりと沈んでいた。
「う~ん、なかなか壮観ですね」
流石は精霊が作った魔石。
シル達は、所定の丘に集まって映像を映しながら眼下で行われている惨状の感想を呟く。
高所から観察しているとよく分かるのだが、先程弾け飛んだ赤黒い鳥を中心に、街の大部分を埋め尽くす程の大きな魔法陣が街の地面に描かれていたのだ。
「映像の乱れ無し。通信良好。全てのマーカー点で不備はありません」
「了解~~。うへ~マジで緊張する~」
レオは弱々しくボヤキながら、随時進捗される部下からの報告を聞きながら、画像の確認作業を行っていた。
今回は4財閥全ての長が見ている。
こちらの声は聞こえないが、何か希望があれば出来る限り叶えられる様にあちらの声は聞こえる仕様となっている為、いつ何時、どのような依頼があるか分からない分、レオはかなりピリついていた。
「ねえ。あれ、どうなってるの?飲み込まれた後はどっか行ったりするの?」
クロが尋ねる。
「転移魔法の応用です。簡単に言うと消失ですね。綺麗さっぱりこの世界から無くなります」
「うへ~こわ~」
シルの答えにクロが両腕を擦る。
「簡単な作りだ。もし暴発しても身体表面に魔力を帯びさせられれば簡単に弾くことが出来る」
シロがクロの頭を優しく撫でる。
「何だ、そうなんだ~」
クロは安心してほっと息を吐いた。
「まあ、この国にそれが出来る者は今や1人もいないでしょうが…」
「確かに~」
「それよりもほら、周りに注目して下さい」
シルは、中央の魔法陣の外側に舞い降りた赤い鳥を指差す。
中央の赤黒い魔石から召喚した鳥はともかく、他の鳥達は元来の方法で作成された物だ。
羽根に無数の魔法陣を描き、羽ばたく度に舞い落ちて魔法陣が展開される。
「水魔法に土魔法、火魔法に風魔法。それぞれの魔石を使った魔法陣はきちんと展開していますね。範囲を絞ったのもあるかとは思いますが、過去使用した物よりも遥かに精度が上がっています。流石ブラックレイ研究所ですね」
大ヘマをしたカッシーナとは大違いです。
シルはニコニコ笑いながら口の中だけで呟く。
「この前本で見た魔法大戦争みたい。でも結局全部消滅させるんでしょ?なら一種類で良くない?」
クロの言葉はもっともである。
高濃度の魔法をぶつけられれば、人間はおろか建物でさえも一瞬で消滅する。
「結果は同じでも過程が違う。それこそ好みがあるから選択肢は多い方がいいんだよ」
「なるほど~流石シロ!どれが一番売れるだろ?」
「私は土魔法が好ましい。ほら、魔法陣に触れた場所から砂に変わっている。あれは事後処理も楽だろう」
「え~僕は火かな~。灰になった方が風で飛ばされて楽でしょう?」
「おい!お前達!もうちっと緊張感を持て!!」
シロとクロの会話に、レオがキレて怒鳴る。
「は~い。すみませ~ん」
クロは元気よく右手を上げて返事をすると、口を閉じて街の様子を観察し始める。
「王城は手付かずのままなのでしょうか?」
シロがシルに尋ねる。
「ええ。主の意向です」
「成程」
「しかし……おかしいですね」
不意にシルが低く呟いた。
「何かあったのか?」
シルの言葉に、レオは彼の側まで移動しながら尋ねる。
「ええ。予定では8割方完了している時間のはずなのですが、未だ中央の魔法陣の進捗だけが半分にも満たない…」
前もって研究所が用意した分析結果と、大幅に乖離している。
魔法陣が光っているところを見るに、正常に作動はしているようなのだが、いかんせん動きが鈍い様に感じる。
飲み込まれている建物や人も、上半分はそのままの状態で止まって見える。
魔力の枯渇?
いや、あれに限ってそれは有り得ない。
そう、これはまるで何かに動きを止められている様な……。
シルは、タブレット内の解析結果に再び目を通しながら考え込む。
「シル様!魔法陣の中央をご覧ください!!」
シロの声にシルが顔を上げる。
「どうしたのですか?」
いつになく切羽詰まった声に、シルは急いで魔方陣に目をやる。
すると、そこには金色に光る何かがあった。
「何でしょうか?」
「あれ、人だと思う…しかも女性…」
シルの疑問に、珍しく冷や汗をかきながらクロが答える。
「え…」
シルは目を細めて再度確認する。
成程、クロが言った通り確かに髪の長い女性のようだ。
白い布を頭から被っているその女性は、魔法陣の中央に悠然と立っていた。
金色に輝く身体と、シルバーブルーだろうか、長い髪がゆらゆら揺れている。
何故だか分からないが、その余りの異質さにシルの身体は無意識にカタカタと震え始めた。
周りの騎士達も、眉を顰めて立ち尽くしている。
『主からの命令です。いくつ魔石を消費しても構いません。早急にその周辺及び、映像の魔道具に出来うる限り強固な結界を張りなさい』
突然、リシューの凛とした声がタブレットから響く。
その声で我に返ったシルは、急いで騎士達に命じた。
「聞こえましたね。早急に対応を」
「はっ!」
この国には精霊がいない為、魔法は使えない。
行使するには魔石を消費するしかないのだ。
レオを筆頭に、騎士達は早急に魔石を使って魔法を行使し始める。
シルとクロも急いで周辺に強固な結界を張り巡らせた。
そのせいか、先程感じていた何とも言えない気味悪さが若干ではあるが薄れる。
『念の為、各人身体及び精神強化の魔法も使いなさい。主からの許可は得ています』
リシューの言葉に、一同は困惑する。
何故そこまで?
しかし命令は絶対である。
各々、言われた通り身体と精神強化の魔法を使用した。
『よく聞け』
不意にタブレットから聞こえてきたシリウスの声に、一同は瞬時にその場に跪く。
『女王が顕現なされた。死にたくなければ、御方が去るまでその場を一歩も動くな』




