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【WEB版】自由気ままな精霊姫  作者: めざし
消滅の赤い鳥
52/81

カウントダウン

 窓際の大きな木の枝に、朝日を受けながら2羽の黄色い鳥がさえずっている。


 グレオは執務室に向かう途中、バルコニーから中庭を見下ろした。


 そこは綺麗に切り揃えられた庭木と、季節の花々が咲き乱れる美しい庭、のはずが、何故か今日に限って枯れた枝や雑草が目につく。

 手入れがずさんになっているのか、庭師が手を抜いているのか。

 グレオは近くに控えていた従者に声を掛ける。


「庭師は手を抜いているのか?」

「いえ、特にそのような報告はありません」


 従者が無表情で淡々と答える。


「だが見てみろ、あの辺りは枯れておる。おまけにあの辺りには雑草が生えておるではないか」


 グレオは中庭の隅に視線を向ける。


「庭師が一気に辞めてしまい、目につきにくい隅の方などには手が回っていないのでしょう」

「ん?一気に辞めただと?」

「はい」

「新しく人を雇わんのか」

「募集しているようですが、集まらないようです」

「ふむ」


 グレオはしばし考え込む。


 そう言えば。

 グレオはふと辺りを見回した。


 王城内の人影がめっきり減ったような気がする。


 基本的に王族の住居付近は、人の出入りが極端に少ない。

 だからこそ、先程の庭師の話を聞くまで気付かなかった。


 いつもはピカピカに磨かれているはずの床や窓、柱もよく見れば若干くすんでいる。


 そんなに人手不足なのだろうか?


 グレオは首を傾げながら、足早で執務室に向かった。


 ----


「最近の雇用状況に問題は無いのか」


 グレオは、既に執務室で書類の仕分けをしていたシルに問う。


「雇用状況、と申しますと?」

「王城勤めの人員確保についてだ。最近何やら人手不足との話を耳にした」


 ようやく気付いたのか。

 シルは、舌打ちしたい気持ちをぐっと抑える。


 まあ、敢えてグレオの周辺はそのままに、関わりの薄い部署から減らしていっているのだ。

 それに気付け、というのは酷な話だろう。


「以前資料をお渡ししましたが、近隣諸国で大規模な開拓が始まり、人員確保の為にこの国でも大々的に募集を行いました。それを許可したのは国王だったではありませんか?」

「あ、ああ。確かそうだった」


 確かに以前、その様な資料に目を通した。


 ブラン王国最大の取引先である隣国からの申し出だった為に、無下に出来なかったのだ。

 グレオは、頭の片隅に残っている記憶を何とか引っ張り出す。


「だが、わざわざ他国に出稼ぎに行かぬとも国内で十分仕事にありつけるだろうに」


 隣国と言っても、王都から馬車で10日以上かかる。

 おまけに、最近は国境付近の街道に魔獣の目撃情報が相次ぎ、護衛もつけずに気軽に行き来出来なくなっていた。


 何とか隣国に辿り着いたとしても、住居費、生活費、諸経費諸々結構な額の出費となるはずだ。


「破格の待遇だからです。希望者は面接により実力に見合った地位を与えられ、給金もかなり高いそうです。噂によれば、かかった費用については、何らかの補助が出るようです」

「…うむ」


 グレオは考え込んだ。

 未だ専門の大工が集まらず、神殿の修復の目途すら立っていない。

 庭さえもあの状況。


「賃金を上げろ」

「如何ほどに?」

「既存の1割」

「畏まりました。それで改めて人員を募ります」


 シルは頷いた。


 何故現在このような状況に陥っているのか。

 簡単な話である。

 間引きが始まっているのだ。


 近隣諸国に厚待遇で人員の募集をさせ、集まった者を選定し、使える者だけ他国へと流す。

 体の良い人身売買だ。


 貴族にしても、情報に聡く他国と繋がりのある者達は、国の危機をいち早く察知して続々と亡命している。

 勿論、宰相であるシルはそれを知っていて敢えて黙認していた。


 もともとサイファードの直系がいなくなった為に、精霊が姿を消し、国の天候は安定せずに収穫量も減っている。


 各国から断交されている為に観光客もおらず、王都でありながら街には空き家が目立ち始め、賑わっていたはずの大通りは閑古鳥が鳴き始めている。

 王都でこれなのだ。

 遠く離れた村々では、物凄い勢いでいくつもの村が消えていた。


 人がいなくなり、荒くれ者が我が物顔で街を闊歩して空き家を根城にし始め、国の治安は一気に悪くなる。

 国に残った人々の生活は自然と苦しくなり、他国へと逃げる。

 少ない人数で何とか治安維持に努めていた騎士や兵士達も疲弊し始め、待遇の良い他国へと流れる。


 黄色い鳥が王都に放たれて20日余り。

 様々な要因はあるが、およそ三分の一の民がブラン王国を去っていた。


 普段街に降りないグレオは、この状況を正確に判断する術を持っていない。

 当然誰も教えはしない。


「最近は商人も来なくなり、他国からの物資も滞っている」

「国境付近で大型の魔獣が発見され、人の流れがめっきり途絶えましたからね」

「全く、面倒事が次から次へと」


 グレオは下品に舌打ちする。

 彼の唯一の楽しみである魔石集めも、そのせいで滞っているのだ。


「騎士団と魔導士総出で討伐に当たっておりますが、なかなか厳しい状況のようです」

 シルは、残念そうに首を左右に振る。


 ちなみに大嘘である。

 魔獣などいるはずもなく、街道は出国する人々で昼夜問わず賑わいを見せており、国境近くに設置した露店などは大盛況だった。


 知らぬは国王だけ。

 シル達が情報を厳しく制限しているのだ。


 確かに仕方のない事である。

 国王は王城からめったに外には出ない。

 部下から上がってきた情報のみを精査するしかないのだ。

 まさかその部下達が情報を全て操作し、制限しているとは夢にも思うまい。


「引き続き、情報を集めます」

 シルは神妙な顔をしながら、執務室を後にし、その足で第一騎士団の事務室へと向かった。



「最終確認は順調ですか?」


 シルの声に、デスクで資料を見ていたレオが顔を上げる。


「ああ、ほぼほぼいける」

「ほぼほぼではいけませんよ。世界同時中継の一大イベントなのですから、失敗は許されません。4財閥の長がご覧になられるのですからね」

「言葉の綾だ。完璧、全く問題ないさ」

「それなら良かったです。クロとシロは?」

「マーカーと魔石の設置場所の最終確認に行かせている」

「成程」

「一番写りの良い場所を探しつつ、極力自然破壊はしないようにマーカーを置かなければならないからな」

「更地にした後に実験場が建ちますからね。どうやら管理はブラックレイに一任されるとの事ですよ」


 シルは面白そうに笑う。


「へえ、実験場の管理と言えば、カッシーナの十八番だろ?」

「かなり大きなヘマをやらかしたようですね。これでしばらく大人しくなると良いのですが」

「あいつら最近マジで頭おかしかったからな~。プライドの塊」

 お~嫌だ嫌だ。

 レオは首を振る。


「まあそれは置いておいて」


 シルは壁に貼られていた王都周辺の地図の前まで歩き、ペンを手に持って王都を一望できる小高い丘に印をつけた。


「明日、日の出前に全員この位置で待機。その際映像記録の魔石は必ず起動しておいて下さい」

「了解」

「楽しみですね。明日に備えて早く寝ましょう。荷物整理は終わっていますか?」

「クロが全部終わらせている」

「ああ、彼は几帳面ですからね。あっと、そうそう、王族の間引きはとっくに終わっていますので、グレオ以外は明日の早朝までには処分しておいてください。それでは」

「はいはい」


 レオはひらひらと手を振る。


 王族を除き、既に王城内はシルの息のかかった人間しかいない。

 明日の朝、いつも通り目覚めたグレオは、人っ子一人いない王城にどんな反応をするのだろうか。

 考えただけで、笑いが込み上げてくる。


 シルは、軽やかな足取りで事務室を後にした。


 ーーー


 一方、サイファード領に向かったアーサー達は、到着後、完全に砂漠になった領地の状態を見て愕然とした。


 砂漠の真ん中に、ぽつんと建つ屋敷。

 仕方無しに入ってみると、そこは何年も使われていない様な程、埃にまみれてとても人が住める様な状態では無かった。


 あの事件からそれほど時間が経った訳でも無いのに、この荒れようは何だ?


 事のあらましを知っているアーサーですら驚いた。


「聞いていた話と違う!」

「こんな領地、どうやって治めるのだ!!」

「住めたもんじゃない!」


 案の定、口々に怒り出す。


 5人はその足でノルンディー領に助けを求めた。


 彼等は国王からの命に背くことが出来ない。

 最初は必要物資を頼む為に少し立ち寄るつもりでいたのだが、未だ辛うじて生きている領地を目にし、しばらく滞在したい旨を申し出た。


 アーサーがいたせいか、特にノルンディー家には反対される事もなく、何日か気ままに過ごしていた5人だったが、ある朝目が覚めると屋敷はもぬけの殻になっていた。


 使用人は勿論の事、領民の大半さえもが消えており、領地は閑散とした状態となっている。


 実はノルンディー家の人間は、国王の対応に憤りを感じ、隣国の知り合いを頼って昨晩の内にある程度の領民を連れて亡命したのだった。

 そもそも彼等の歴史は長く、精霊の重要性をしっかり理解していた為、これが国の一大事である事を察することが出来たのだ。


 アーサーは特に何も知らされておらず、いまいち状況を理解する事が出来ずにいた。


 彼が家族に捨てられた事に気付くのは、もう少し先である。



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