オリビアの側仕え
「今日から2人には、オリビア様付きを外れてもらいます」
北の地から戻ったリシューは、早々にミナとバジルを呼び付けてそう告げた。
現在執務室にはリシューとミナ、バジルの3人のみ。
リシューは部屋の中央にある来客用のソファに腰を下ろし、離れた所、ドア付近に2人を立たせていた。
「分かりました」
「どういう事でしょうか?」
バジルは全て理解しているように苦笑しながら頷いたが、ミナは反論した。
それに対してリシューはチラリとミナの表情を確認した後、直ぐにバジルに視線を移す。
「バジル。あなたは引き続きオリビア様からお預かりした魔石の解析を行いなさい。オリビア様の体内にあったせいか、当初使用した魔石よりもかなり魔力含有量が増加しています。貴重な物ですので取り扱いには十分注意してください」
「分かりました」
バジルは元々医療チームに所属はしているが、生粋の研究者だ。
今やオリビアに医者は必要ない。
それをしっかり理解しているバジルは、リシューの言葉を素直に受け入れた。
一方ミナは、明らかに不服そうな顔をしてリシューを見ている。
彼女はオリビアがここを訪れた時から側に仕えてお世話している。
精霊界に行った時以外は常に一緒に行動していた仲だ。
「納得のいく理由を教えて下さい」
「それはあなたが一番よく分かっているのではないでしょうか?」
ミナの言葉に、リシューは無表情で答える。
「私では力不足だと?」
「それもあります。そもそも人間がオリビア様を完璧に守り切る事など不可能です。今後のオリビア様の守り手兼側仕えは、精霊にお任せする事になりました」
それならば敵わない。
ミナは不満に感じながらも渋々頷く。
「それもある、という事は、別の要因もあるという事でしょうか?」
「ええ勿論。本当は引き続きあなたにもオリビア様の側仕えになってもらおうかと考えていたのですよ。しかし今の精神状態では到底無理です」
「…精神状態?」
ミナは眉を顰めて拳をぎゅっと握る。
「あなたが精霊を恐れている以上、それは絶対に叶いません。これはバジルにも言える事です」
リシューはチラリとバジルを見る。
すると彼女はバレたか、と言う風に頬を引き攣らせた。
「私はオリビア様を恐れてはいません!」
ミナは反論する。
「いいえ、恐れています。あなたは自分の都合の良いようにオリビア様を想像しているでしょうが、あの方はシェラ様の御息女。違う所は多々ありますが、御二方の本質は同じです」
「……同じ?」
ミナはポツリと呟く。
「ええ、全く同じです。あなた方は偶然にもシェラ様に出会ってしまった。本来ならば、それは人間として大変喜ばしい事であったのですが。どうですか?足がすくんだでしょう。もしかしたら恐怖の余り震えたかも知れませんね。オリビア様の力も同じです。その事を改めて理解した上で彼女と接しなさい。さて今まで通りに出来ますか?」
出来る訳が無い。
リシューの問いに2人は黙った。
「それが答えです。ちなみに精霊は人間の本質を見ます。あなた方の今の状態をオリビア様は気付いておられます」
「……」
ミナは項垂れた。
「今後オリビア様の拠点は、あの北の地となります。それにより主の拠点も変わる訳ですが。今のところ、あなた方には、あの地に入る事を許可しません」
「……」
「……」
「勿論未来永劫という訳ではありません。どうしても、と思う時が来たのなら、主に許可を貰って下さい。」
「直接、ですか?」
「そうです。何か質問は?」
リシューは2人に問う。
2人は沈黙したまま俯いた。
「特に無いようでしたら下がりなさい。あ、そうそう」
部屋を辞そうとした2人に向かって、リシューは今しがた思い出したかの様に言う。
「昨晩、オリビア様が主のプロポーズを快諾して下さいました。本日から2人は婚約期間に入ります。そしてオリビア様が正式に16歳を迎える日、婚姻式を挙げる予定になっております」
「は!?」
「…え?」
いつの間に!?
重苦しい空気が一瞬で四散し、2人は思わず素の声を出した。
「いやはや人生において勢いとは大事ですね。私もかなり勉強になりました。諸々の手続き等はこちらでやりますが、婚姻式となるとやはり女性の、しかも人間の女性の手が必要になってきます」
「は…はい」
「まあ、そうですね…」
「ウエディングドレスに食事、飾りつけ等々。オリビア様にも好みというものがおありかと思います。そもそも婚約式もした方が良いと思うのですが、いかんせん鈍感な主にそこまで気が回るかどうか甚だ疑問です。オリビア様も特にその辺りは気にしないように見えますし…」
一気に話した後、リシューは大きな溜息を吐いた。
その様子を見た2人は、リシューの意図が掴めずに首を傾げる。
「ですので、早々に克服なさい」
「え?!」
リシューの言葉に、ミナは弾かれた様に顔を上げた。
「人間は慣れる生き物です。助言があるとするならば、慣れなさい。多くを知って慣れるしかありません。恐れとは理解出来ない物に対して感じるものです」
「慣れ…」
「そうです。私や主が恐れないのは、何度もシェラ様やオリビア様とお会いしているからです。言ったでしょう。私も初対面の時には足がすくんだと。主も同じです」
「あ…」
今、目の前で飄々と話しているリシュー。
彼が恐れを抱く瞬間などあるのだろうか。
それ以上に、あのシリウスが恐怖するところなど全く想像すら出来ない。
しかし、それは確かにあったのだ。
「諦めるのならそれで結構です。ただ、今後オリビア様を自分の主とするのならば努力するしかありません」
「…はい」
「頑張りなさい」
リシューの言葉に、ミナの鼻の奥がツーンと痛む。
「はい。必ず」
ミナはもう一度心に強く誓うのだった。




