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【WEB版】自由気ままな精霊姫  作者: めざし
恋する精霊
36/81

拠点での出来事

「リシュー、顔を拭け」


 馬車に乗り込んだ際、自分の前に座るリシューの顔を見て、シリウスは盛大に溜息を吐く。


 返り血の付いた服は、あの後直ぐに魔法で綺麗にしたようだが、何故か頬に飛んだ血はそのままになっていた。


「ああ、これは失礼しました」


 リシューは胸元からハンカチを取り出そうとするが、先程使ってしまった為にそこには何も入っていない。


 彼は渋々右手に魔力を纏わせて、自らの頬を軽く撫でた。

 その瞬間、付着していた血痕が跡形も無く消え去る。


 今更ではあるが、リシューは風と水魔法の使い手でもある。

 しかし本人は魔法よりも物理全般が好きな為、必要に迫られなければ使用する事は殆ど無かった。


「どうですか?取れましたか?」

「・・・ああ」


 ニコニコと笑うリシューは、先程色々と発散したせいだろうか、すこぶる機嫌が良い。


「戻ったら早々に、ビンスの婚約者を選定致しましょう」

「ああ。だがホワイトレイなら誰が嫁いでも問題ないだろう」

「そうですね。尻に敷かれるビンスを少し見てみたい気もしますね」


 リシューはくくくと喉を鳴らす。


 一言で言うと、ホワイトレイの女性はかなり手強い。

 幼少の頃からホワイトレイの何たるかを教えられ、基礎をきっちりと叩き込まれる。


 『気高く・強く・美しく・そして時には非情に』

 これが、ホワイトレイの淑女教育で飛び交う合言葉であった。



「遅かれ早かれビンスの婚約が決まれば、カールとその妻子は処分されるでしょうね」

「ああ」

「それにしても、ブラックレイは・・・・ん?」


 タブレットを触っていたリシューの手が止まる。


「どうした?」

「・・・・どうやら問題が起こったようです」


 左手の人差し指を口元に添えながら、右手でタブレットを手早く操作し始める。


「つまり?」

「どうやらしばらくの間、北の拠点との連絡が途絶えていたようです」

「何?」

「履歴を追っているのですが、定期信号が未だに届いておりません」


 各地に点在するのホワイトレイの拠点は、魔法の通信によって全て繋がっており、それぞれが決まった時間に信号を発している。


「不具合か、それとも・・・」


 その時、リシューのタブレットが引っ切り無しに点滅し始めた。


「たった今、まとめて届いたようです」

「通信機器の不具合、それとも意図的に止められたか?まあ考えるよりも、直接この目で確認した方がいいな」

「ええ」


 2人を乗せた馬車は、いつの間にか北の拠点前のロータリーに到着していた。


「ああ、丁度今、ミナからの報告書が届いておりますね」


 オリビアの体調の件もあり、リシューは馬車を降りる前に内容を確認しようと目を通したのだが、驚きの余り目を見開いた。


「何があった?」


 シリウスは尋ねる。


「・・・・オリビア様、体調不良により倒れる、シェラ様らしき方現れ、先代と共に去る」


 内容も然る事ながら、何故そんなに片言なのか。


 嫌な予感がしたリシューは、ドアを内側から強引に開けると、急いで馬車を降り、シリウスと共に屋敷に向かった。


「ミナは?オリビア様はどこに?」


 リシューは出迎えた執事のセロに尋ねる。

 しかし彼は申し訳無さそうに、首を横に振った。


「ミナ様は只今治療中です。低体温により意識混濁かと思われましたが、どうやら魔力酔いのようです。命に別状はありません。オリビア様は・・・姿を消されました」


 シリウスは息を飲んだ。


 ちなみにここで言う魔力酔いとは、許容範囲以上の魔力を浴び続ける事により、身体に意識混濁や失神の類いの異常を来す発作の事である。


「一体何があったのですか?」 

「申し訳ございません。私共では到底理解出来ぬ現象が起きました。突然時が止まったのです。それから私達は全く動く事が出来なくなりました」

「時が止まる?」

「はい。詳しくはこちらを」


 セロから手渡されたのは、映像を記録する魔道具だった。


「こちらが唯一まともに機能していた物です」


 拠点には至る所に防犯の為の魔道具が設置されている。

 映像記録の魔道具もその内の1つである。


 3人は手近な部屋に入ると、手早く壁に映像を映し出した。


 そこには、俯瞰から見たこの拠点のロータリーが映し出されており、シリウスとリシューがしばらくその風景を眺めていたが、そこに突然オリビアが1人で現れ、何かから逃げる様に身体を引きずっていた。


「・・・オリビア・・?」


 シリウスはその姿を見て、思わず声を上げる。 


 それもそのはず。

 彼女はこの拠点から離れる為、もしくは逃げる為に身体を引きずりながら移動している様にしか見えなかったのだ。


「何があった?オリビア」


 シリウスの声が震える。



 その後、オリビアの後を追うように3人の護衛が彼女に駆け寄る。

 しかし、人ひとり分の距離まで近付いた瞬間、彼等は突然動かなくなった。


「何だ?」

「?」


 不思議に思ってそのまま観察していると、その後にミナとバジルが同じようにオリビアに駆け寄って来た。

 しかし、再び先程と同じ場所で2人はぴたりと止まる。


「何でしょうか?」


 リシューはじっと映像を見入る。

 するとそこに、いつの間にかもう1人の登場人物が映っている事に気付いた。


 オリビアの前に立つ、一際髪の長い女性。


「ああ・・・・」


 シリウスは額に手を当てて天を仰いだ。


「これは・・・まさか、シェラ様?」


 リシューもそれに気付き呟く。


 遠目で、しかも頭にベールをかぶっているせいか全く風貌は見えなかったが、その立ち姿、髪の色は間違いなくシェラだった。


「お隠れになったはずでは?」


 ダリルが葬儀から帰って来た際、確かにそう言ったと聞いている。

 しかし、映像の中にシェラは確かに居た。


 彼女はゆっくりとオリビアを抱え上げると、何やら囁いている。


「まさか・・・シェラ様がオリビア様を連れていかれた?」

「・・・・」


 シリウスは低く唸りながら、近くにあったソファーにドサリと腰を下ろした。


「まさか、精霊界に?」


 考えたくない。

 考えたくないが、有り得ない話ではない。


 親子共々2人して、この世界を捨ててしまったのだろうか・・・。


 シリウスは口を閉ざし、リシューは何とも言えない表情で画面を見つめていたが、


「は?!!」


 画面端に突然現れた黒い馬車を見て、思わず声を上げた。


 そして案の定、想像していた通りの人物が馬車から降り、シェラに何やら話すと、あろうことか3人で馬車に乗って去っていった。


「・・・何をしているんだ・・・父上は・・・」


 シリウスはくぐもった声で唸るように呟く。


「・・・アレクの件で、横槍を入れてきた時に気付くべきでした」


 リシューは目を細め、彼等のいなくなった映像を眺めていたが、残されたミナやバジルは未だ跪いた状態で動かない。


「彼女達は?」

「今から3刻程度このままです」

「3刻ですか?!」

「はい」

「成程、確かに止まっているな」


 画面上部に映り込んでいた水滴や、降っているであろう雪が、全くその位置から動いていない。


「これは魔力酔いにもなりますね」


 リシューも大きく息を吐き、近くのソファに腰を下ろした。


「オリビア様が体調不良との事でしたが、シェラ様がご一緒となると、それは問題ないでしょう」

「ああ」


 だが治ったとて、ここに帰って来るかは分からない。


 シェラ1人がオリビアを迎えに来たのだとすれば、間違いなくここには帰って来なかっただろう。

 しかし、そこにはダリルが居た。

 人間であるダリルが側に居るのだから、まだ僅かに期待は持てる。


 だがオリビア自身はどう思っているのだろう。

 映像を見る限り、ここから離れたそうにしていた。



「オリビアは帰ってくるだろうか」

「・・・・・」


 シリウスの静かな呟きに、リシューは答える術を持ち合わせてはいなかった。



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書籍にはなろうに掲載されていない書き下ろし番外編が収録されています。
コミカライズ版も「Palcy」で連載中。
単行本1〜3巻発売中です
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― 新着の感想 ―
カールの奥さんと子供憐れやなぁ。 多分この世界罰則が連座制っぽいから仕方ないのだろうけど。
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