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【WEB版】自由気ままな精霊姫  作者: めざし
恋する精霊
34/81

カッシーナの顛末1

 会議室内。


 通常置いてある机と椅子が綺麗に撤去され、上座に1つ、重厚な椅子が置かれている。

 そこには当然シリウスが座り、そのすぐ左後ろにリシューが立っていた。

 ビンスとカールは2人の前方、少し離れた場所に跪き、顔を下げた状態を維持している。


「久しぶりですね、ビンス」


 過去、数回面識のあるリシューは、口元に微かに笑みを浮かべながらビンスに声を掛けた。


 ビンス・カッシーナ。 

 歳の頃の60余り。

 現役時代はカッシーナの獅子王と呼ばれて、鍛え上げられた肉体を使いホワイトレイを守っていた守護神であった。

 現在、前線を退いてから20年以上経つというのに、彼の元来持っている風格や威厳は一向に衰えておらず、当時から鍛えられていた身体は、更にひと回り大きくなった様に見える。


 カールは返事を返さないビンスを不思議に思ってちらりと横目で見るが、彼は俯いたまま一向に動かない。

 リシューはそんなビンスを気にも留めず、言葉を続ける。


「ビンス、主からのご命令です。早々にカッシーナの当主となり、この国の大公を務めなさい」

「なっ!!」


 声を発したのは、現当主であり現大公のカールであった。


 ビンスは約20年前、正確には22年前に当主を引退しており、当時16歳だった自身の息子カールにその座を譲ったのだ。

 その後、世界各地を放浪している。


 何故今更、ビンスに当主になれと言うのか。


 カールはシリウスの思惑が全く理解出来ず、跪いた状態で顔を上げ、シリウスとリシューの顔を交互に見た。

 しかし2人はビンスの方に視線を向けたまま、カールを視線の端にすら入れていないようだった。


「ビンス。言いたい事があるようでしたら、発言を許可しますよ」


 リシューはビンスに告げる。

 すると彼は、跪いて俯いた状態のまま口を開く。


「理由をお伺いしても?」

「面白い事を言いますね。あなたなら十分理解出来ているのでは?」

「・・・全て、と言う訳ではございません。何分隠居の身故に」

「謙遜を。しかし問題ありません。あなたなら直ぐに気付くでしょう」


 意味ありげにリシューはほほ笑む。


「この国にブラックレイが暗躍しているのも、理由の1つでしょうか?」

「如何にも」


 リシューは頷く。


「何だって!?」


 カールは驚いて声を上げた。


「我々はあなたのその忠誠心を心より嬉しく思っています。だからこそ、次の大公になってもらいたいと考えているのですよ」

「ぐぅ・・・・」


 ビンスはその言葉を聞き、過去、カッシーナ家で起こった事の顛末を、2人は既に知っているのだと理解した。



 今から27年前、ダリルの婚約者が発表された日、ビンスは自らの妻を殺した。


 彼女はカッシーナの分家から嫁いできた女性で、本家のプレッシャーに苦しみながら生きていた。

 男女1人ずつ子を産んだ事により、そのプレッシャーも薄まったように見えたのだが、カッシーナの後継者であるカールと違い、姉であるカトリーナの教育を任された彼女は、分不相応な野望を抱き始める。


 ホワイトレイ家に娘を嫁がせる事が出来れば、自分の価値は更に上がるだろう。

 今まで見下してきた本家の人間共に、間違いなく一泡吹かせる事が出来る。


 その思いは日に日に強くなり、自らの娘へと注がれた。

 そして、歳が同じという事もありダリルへのお品書きに娘が名を連ねた後は、ダリルの妻にさせることに心血を注ぎ始めた。


 しかし選ばれたのはブラックレイ。

 怒り狂った彼女は、あろうことかダリルに直談判しようと試みる。

 しかし、そもそも彼女はダリルの拠点すら知らない。

 勢い任せに馬車を走らせたまま、付近でまごついていた所をカッシーナの護衛達に捕縛される。

 その際、護衛達の前で『自分は悪くない』と言い切り、『娘を選ばなかったダリルが悪いのだ』と、ありとあらゆる言葉を使ってダリルを口汚く罵ったのだ。


 それを聞いたビンスは、容赦無くその場で彼女を切り捨てた。

 たとえ妻であろうとも、ホワイトレイを馬鹿にする者はカッシーナには必要ない。


 それからビンスは彼女の生家も取り潰した後、全ての責任を取るようにして、息子であるカールが16歳になるのを待って当主の座を譲ったのだった。




「一応言っておきますが、あなたがこの話を受けなかった場合、カッシーナは解体します」

「それは!それはどう言う事なんでしょうか?!!」


 ビンスでは無く、カールが声を荒らげる。


『解体』という言葉を使ってはいるが、実際の意味は『消滅』に近いだろう。

 これはお伺いやお願いの類ではない。

 命令なのだ。


 その時、会議室の扉の外から、数回ノックの音が聞こえた。


「ああ、来ましたね。ビンス、面を上げなさい。これから面白いモノが見られますよ」


 リシューがそう言うと、ビンスはここで初めて顔を上げた。


 何が起こるのかと訝しんでいると、遠くからパタパタパタと小走りだろう足音が近付いて来る。


 バタンッ!


 すると、ノックも無しにいきなり会議室のドアが開かれた。


「シリウス様!!」


 嬉しそうな声と共に、ミランダが自身の侍女を伴って入って来る。

 カールは驚きの余り目を見開き、それを見たビンスは、流石に目の前で何が起こっているのか理解出来なかった。


「シリウス様!ああ、ようやくお会い出来ましたわ!どうして昨晩は我がコテージにお泊りになられなかったのですか?私が精一杯整えさせて頂きましたのに。このミランダ、寂しく思いましたのよ」


 残念そうに、だがシリウスに会えた嬉しさからか弾むように話しながら近付いてくる。


「実は昨日、このホテルでお姿を御見掛け致しましたの。お声を掛けさせて頂いたのですが、お急ぎのようで気付いては頂けなくて、私とっても悲しかったです」


 聞いてもいない事を、1人勝手にペラペラと話す。


「昨日はこちらにお泊りになられましたの?この最上階のスイートルームはお部屋が素晴らしいとお聞きしましたわ。私、是非シリウス様と泊まってみたいと思いましたの。あらやだ、私ったらはしたないかしら?」


 頬を染めて身体をくねくねと動かす。


「あ、そうだわ。私今日、シリウス様の為にお花を選んできましたの。温室で綺麗に咲いておりましたのよ」


 そう言って、背後に控えている侍女から小ぶりの青い花束を受け取った。


「シリウス様をイメージしましたの」


 ミランダは嬉しそうにほほ笑む。


 余りの彼女の独壇場に、元々大して無かったシリウスの表情が更に抜け落ちる。

 チラリとリシューの顔を覗くと、それはそれは悪そうな顔で彼女を見ており、シリウスは内心、特大の溜息を吐いた。


 頬を染めながら手に持った花束に恥ずかしそうに顔を埋めるミランダに、カールは我に返って駆け寄った。


「何故ここに居る?!あの御方に謝罪したのか!!?」

「え?!そ・・それは、そうしようと思って、昨日ここにわざわざ来たのよ?でも会えなかったの。仕方ないと思わない?」


「成程ね」

 リシューは、シリウスにしか聞こえない程度の声で呟いた。

 それが昨日、ここにいた理由ですか。


「・・・・そうか。しかしお前、何故ここに来た」

「え?お母様が叔父様がここでシリウス様と会うから、あなたも行ってみなさいって」

「・・・っな・・・」


 カールは絶句した。

 何故なら彼は、昨日の時点でコテージの使用人と警備担当の騎士を全て捕縛している為、カトリーナの間者はいないと思っていたのだ。


 リシューがチラリとビンスを窺うと、最初こそ驚いていたものの、いつしか彼の瞳には鋭い光が宿っていた。


「宜しいでしょうか」


 ビンスはリシューに声を掛ける。


「何ですか?」

「ブラックレイをお貸し頂きたい」

「何故?」

「辺境の地に、お使いを頼みたいのです」


 ビンスの言葉にリシューはしばし一考し、ちらりとシリウスを見る。

 しかし彼は無表情で口を開かない。

 つまり是だ。


「本当にいいのですか?」

「これが戒めとなるでしょう」


 ビンスの心は既に決まっている様で、しっかりと頷く。


「いいでしょう。希望の品は?」

「首を1つばかり」

「分かりました」


 リシューは片方の口角を微かに上げながら、軽く頷いた。




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