ミナ、物申す
「ねえミナ。何だかお腹がもにゅもにゅするの」
ソファーで脱力しながら、それでもデザートに手を伸ばすオリビアは、反対の手で胸からお腹周辺を擦りながら言った。
「もにゅもにゅ、ですか?」
「そう。今朝から何かこう、胸とお腹がぐにゅにゅにゅにゅって」
「ぐにゅにゅ、ですか・・・。それは食べ過ぎ、とかですか?」
運んでもらったデザートは思いの外多かったが、どれも最高に美味しかったので、オリビアは力の限り食べ尽した。
途中、ミナが若干引いていたが気にしない。
甘い物は別腹なのである!
「う~ん。食べ過ぎとは違うと思う。何だろ?」
「明日にでも、バジルに診てもらいましょう」
ミナはバジルに連絡するべく、タブレットを開いた。
「何だろう・・・」
今朝から、特にミランダと会った後から酷くなったような。
いや・・・それ以前からだったかな?
オリビアが考え込んでいると、
「ただいま。オリビア」
ドアが開いて、シリウスとリシューが入って来た。
「シリウス兄様!お帰りなさい!」
オリビアはぴょんっとソファーから立ち上がると、そのままシリウスに駆け寄る。
それを見たシリウスは、グローブを外してオリビアを抱き上げた。
「ただいまオリビア。ごめんね。全然付き合ってあげられてないね」
じっとオリビアの瞳を見つめながら、シリウスは謝る。
「う~ん。お仕事だから仕方無いかな。でもまた連れて行ってね」
小首を傾げておねだりする彼女の頬に、シリウスは鼻を寄せる。
「勿論。出来うる限り」
「やった!」
ぱあっと華やいだ笑顔に、シリウスは身体に残っていた倦怠感が一瞬で消えるのを感じた。
それから彼は思う存分オリビアの頭を撫でると、そのままソファーまで歩き、腰を下ろした。
「何をしていたの?」
シリウスはオリビアを腕に抱いたまま、テーブルに残るデザートの残骸を面白そうに見る。
「女子会!」
オリビアは元気良く答えた。
「女子会?」
「そう。女の子同士の秘密の会議」
「成程。それは楽しそうだね」
「うん!」
2人が話している間に、ミナはシリウスとリシューに紅茶を出す。
「そうだ。シリウス兄様。聞いてもいい?」
「何なりと」
シリウスは答えながら、紅茶をゆっくりと口に含んだ。
「ミランダさんと結婚するの?」
「っんぐっ」
想像以上に直球な質問。
シリウスは、口の中の紅茶を危うく吹き出しそうになった。
側にいたリシューとミナも、余りのダイレクトな質問に、何とも言えない表情をしている。
「ん。こほん。オリビア。誰と誰が結婚するって?」
「え?ミランダさんとシリウス兄様」
「どうしてそう思ったの?」
シリウスは、ずいっとオリビアに顔を寄せる。
何となく彼の不機嫌さを感じ取り、オリビアもそれに当てられる。
「だってミランダさんが言ってたんだもん」
オリビアは、ぷうっと頬を膨らませた後、ぷいっとそっぽを向いた。
それを見たシリウスは、苦笑しながら彼女の柔らかい頬を人差し指で軽くつつく。
「残念ながら、私はその『ミランダ』という人間とは話した事も会った事もないんだが」
シリウスはオリビアに囁く。
「え?そうなの?!」
オリビアは驚いてシリウスの方に顔を戻した。
「ああ、嘘は言ってない。そうだなリシュー」
「はい。間違いございません。一度も『ミランダ』と言う方にはお会いしたことはありません」
リシューはにっこりほほ笑んだ。
「だからオリビア。結婚なんてあり得ないんだよ」
「そうなんだ~勘違いかあ~良かった」
オリビアは心の底からほっとして脱力すると、彼の胸にすりすりと顔を埋めた。
「オリビアは会ったの?その『ミランダ』に」
「うん。今朝温室で怒られちゃった」
「それは何故?」
「勝手に入っちゃダメだって。自分の庭だから」
「そう。自分の庭ね。他にも何か言われた?」
シリウスの問いに、オリビアはう~んと考え込む。
「あ。温室のお花、シリウス兄様の為に育ててるって言ってた。部屋に飾ってるでしょって。ね。ミナ」
うろ覚えのオリビアは、ミナに助けを求めた。
「はい。確かにおっしゃっていました。突然温室に現れたかと思うと、私達に向かって怒鳴っておりましたね。コテージに泊まるのも、温室に入るのも自分の許可が必要、私こそがシリウス様の将来の妻なのだから、と堂々と宣っていました」
「あ~言ってた言ってた~」
リラックスしたオリビアは、うんうん、とミナの言葉に同意する。
「なかなかに頭の変わった方ですね」
リシューは呆れて息を吐いた。
「でもとっても美人さんだったよ。黒髪黒目で凄くゴージャスだった。お胸も大きかった」
「黒髪黒目・・・ですか」
リシューは敢えて胸の話は無視しつつ、先程1階で、無礼にもシリウスの名を叫んだ女も、確かそんな風貌をしていた、と思い出す。
一般の人間が、シリウスの名など知るはずが無い。
つまりあの女は関係者だ。
だがしかし、立ち居振舞いが、シリウスの名を平気で呼べる立場の人間がするソレでは無かった。
不審に思ったブラックレイが、あの一瞬でシリウスの影から出て、あの女に張り付いたのをリシューはその目で確認している。
すぐに身元が割れるだろう。
後程ホテル側にも確認しよう。
だがあの顔、確か・・・。
シリウスはじっと考え込む。
「先程の奴か?」
シリウスがリシューに尋ねた。
「十中八九あの女がミランダでしょう。ただそうなると、かなりまずい事になりますね」
「どうして?」
オリビアは尋ねた。
「あの女はコテージにいた使用人の1人です。以前からシリウス様の事を無礼な程見つめておりました。ただ敵意や害意が無かった為、執事に注意する程度で終わったのですが・・・」
「あ~~つまり、ミランダは、使用人に扮してコテージ内を我が物顔で闊歩していたって事?」
ミナが眉を顰めた。
いとも簡単に部外者をコテージに入れてしまう。
カッシーナの防犯レベルの低さが窺い知れる。
これがもし、シリウスに対して悪意や害意のある者だったとしたら、一体どう責任を取るつもりだったのだろうか。
「カールは知っていたのでしょうか?」
「流石にそこまで馬鹿ではないだろう」
「そう言えば、先程から引っ切り無しに彼から連絡が来ておりますね。もしかしたらその件に気付いたのかもしれません。放置しておりますが」
リシューは、クスクス笑いながらタブレットを指で弾く。
「既に彼の周辺には、ブラックレイを潜らせております。面白い情報は随時更新中ですよ」
「ここを調べられるんだもの、そりゃブラックレイも張り切っちゃうわ」
ミナもケタケタ笑う。
「解体が必要か」
「どうでしょうか。しかし間違いなくテコ入れは必要でしょうね。他人に興味が無さ過ぎるのも、時として問題になるのですよ、我が主」
「ああ、すまない。流石に理解した」
「このような状況では、オリビア様が安心して外出する事が出来ませんよ!な~にが『警護の方は万全を期しております!』よ。外部からは万全でも内部からはザルじゃない!」
ミナはギリッと歯を鳴らす。
「早い内に張り付かせているブラックレイからの報告を纏めてくれ。それから早急にビンスに招集を」
「カールの父、ビンスですか?」
リシューは驚いた。
彼は生粋のカッシーナであったが、妻に先立たれた後、体調不良を理由に前線を退いたと聞いている。
「今考えると、その体調不良も怪しい」
「そこから既に、お家騒動が始まっていると?」
「だろうな。責任を感じて退いたのかもしれん。その辺りもブラックレイに調べさせろ」
「畏まりました。しかし・・・」
リシューは残念そうに息を吐く。
「ん?」
「ここまでとは・・・ブラックレイの方は大丈夫でしょうか?」
「監査部門を作るか」
「それが良いかと思います」
「予定を早めて、オリビアだけでも明日、帰らせるとするか・・・ん?」
急に重さを感じて腕の中を見ると、オリビアがすーすーと気持ち良さそうに寝息を立てていた。
シリウスの腕の中で体温を感じ、彼の言葉を聞いたオリビアは、想像以上に安心したのだろう、弛んだ表情でむにゃむにゃと口を動かしながら眠っている。
「今日は色々と心労がおありでしたので疲れたのでしょう。ベッドに運びます」
ミナはオリビアを受け取ろうと手を伸ばすが、
「いや、しばらくこのままでいい」
やんわり断られる。
それからシリウスは、オリビアの顔にかかる髪の毛を優しくサイドに流し、おでこに数回キスを贈った。
「ゆっくりお休み」
「・・・・・・」
「何だミナ。言いたい事があるなら言うがいい」
シリウスは、ミナの物言いた気な表情に気付く。
「それでは。お言葉ですが、シリウス様はオリビア様の事をどう思っておいでなのですか?」
「どう、とは?」
シリウスの返答に、ミナは大きく息を吐いた。
「今回のアレの出現で、オリビア様はとても辛そうに見えました。このままの状態が続くようなら、遅かれ早かれオリビア様は北の城から出て行かれるでしょう」
ミナはきっぱりと言い切った。
「それはオリビアが言ったのかい?」
シリウスは冷たい目でミナを見下ろす。
「はい。シリウス様の妻になる方に申し訳無いからと、はっきりおっしゃっていました」
「そうか・・・」
それっきりシリウスは口を閉ざし、オリビアの髪を撫でる。
「オリビア様を妹の様に、家族の様に愛しているのであれば、それをはっきりと本人におっしゃってあげて下さい。1人の女性として愛しているのであれば、婚姻を・・・」
「ミナ。その辺にしなさい」
リシューが横槍を入れる。
「いいえいいえ。私は女です。常にオリビア様の味方でありたいと思っているのです。オリビア様が悩んでいるのならば、その問題を解決したいのです。だからどうか『何となく分かるだろう』みたいな都合のいい感情をオリビア様に向けないで下さい。そりゃオリビア様はまだ12歳ですから婚姻は出来ません。でも後4年、たった4年で婚姻出来るようになるのです。いつまでも幼子ではありません。1人の女性として扱ってあげて欲しいのです」
「婚姻か・・・」
シリウスがぽつりと呟いた。
「オリビアは、私と婚姻してくれるだろうか・・・」
その言葉に、ミナは目ん玉をひん剥いて驚いた。
「え?え?!あの・・え??」
ミナは、バッと勢いよくリシューを見るが、何故か首を左右に振っている。
「まさか・・・いや?そんな・・・まさか・・いや、流石に・・想いを伝える自信が無い・・・とか?」
シリウス・Z・ホワイトレイともあろう男が?
いや、流石にそんなこと・・・。
恐る恐る言葉を続けるミナに、シリウスは声を荒げた。
「ある訳無いだろう!!」
「え!え~~!!リシュー様!リシュー様はご存知だったのですか?!!」
ミナの言葉にリシューはしっかりと頷き、内緒話をするかの様に自らの口に手を添えて言った。
「初恋らしいですよ」
ミナは開いた口が塞がらなかった。




