相手にされない客
「だから、何度も同じ事を言わせないでちょうだい。私はここで銀髪の少女と待ち合せをしているんですって」
「ですからお客様、その方のお名前をおっしゃって下さいと・・・」
「うっかり忘れてしまったのよ!」
最上階のレストランの前。
ミランダは店の受付と長時間口論していた。
「店内には多くのお客様がいらっしゃいます。お名前が分かりませんと、お声を掛ける事が出来ません」
「だから私はミランダ・カッシーナと言ってるでしょう」
「ですからあなた様では無く・・・・」
店員は困惑する。
何度やんわりと入店を拒否しても、一向に諦める気配が無い。
全く話が通じない。
しかし彼女は、この国の大公の姪である。
無下に門前払いする事も出来ず、話し合いで何とか諦めてくれないか、と店員は力を尽していた。
そもそも上司から『絶対にカッシーナを入れてはならない』と言われているのだ。
「はあ~、分かったわ。それじゃあここでディナーを取るわ。席を確保して」
このままでは埒が明かないとようやく気付いたミランダは、イラつきながらも自らの目で確かめようと、入店する事にした。
「申し訳ございません。当店のご予約は10日先までいっぱいでございます。11日以降でしたらお取りする事が可能でございますが」
あっさりと断られる。
「あなたねえ、私が誰だか知っていてそんな事言ってるの?上の者を呼んできて!今すぐに!」
ようやくこの場から離れる事が出来ると、店員はほっと息を吐いた。
それから暫くすると、このホテルの支配人が現れた。
「どうなさいましたか?」
「まあ、支配人!御機嫌よう」
「これはこれはカッシーナ様。何故このような所に?」
2人は何度か面識がある為、にこやかに挨拶を交わす。
「良かったわ。来て下さったのがあなたで。他の方では全くお話になりませんの」
「何かございましたか?」
「ええ。実は、ここに銀髪の少女が泊まっているか、こっそり教えて欲しいのよ?」
「・・・・」
支配人は、笑顔を張りつけたままミランダを見る。
「叔父様に、彼女に謝りなさいと言われたのでわざわざ探しに来たのだけれど、一向に見つからなくって。ご存知でしたら会わせて下さらないかしら?」
「そうでございましたか。ただ残念ながら、お客様の個人情報はお伝えする事が出来ません。それが当ホテルの方針でございます」
「こっそりでいいのよ。口外はしないわ」
「無理でございます」
「それが私でも、ですの?」
「はい。申し訳ございません」
「・・・・そう」
ミランダは明らかに納得していない表情をしていたが、ここは素直に聞くことにした。
「玄関口までお送りしましょう。馬車はどうされますか?」
支配人は暗に早く帰れと言っているのだが、彼女はそれに全く気付かない。
「入口付近に待機させてるから問題無いわ」
「左様でございますか」
支配人は笑顔を崩さず、脇目も振らずにミランダを誘導し連れて1階まで降りる。
ホテルのロビーを横切り、玄関ホールに向かって足を進めていると、突然入口から早足で目立つ長身の2人組みが入って来た。
遠目で表情がよく見えなかったが、ミランダは驚いて思わず2人に向かって大声で叫んだ。
「シリウス様!!」
入口周辺にいた人々は、驚いて声の主に目をやる。
しかし当のシリウス達は、その声を完全に無視し、進行方向を向いたままエレベーターホールへと向かって行く。
その時、チラリとリシューの目がミランダを捉えたのだが、余りにも一瞬だった為、彼女はそれに気付かなかった。
「まあ大変!聞こえていないのかしら」
ミランダは、慌てて彼らの後を追おうと走り出す。
その間にも2人は、係員にエレベーターへ促されていた。
一緒に乗らなくては!
ミランダは小走りで向かうが、エレベーターホールの少し手前で行く手を阻まれる。
「そこをどきなさい」
ミランダは、目の前に立ち塞がる数人の警備員を睨んだ。
「お客様、こちらは専用フロア直通のエレベーターです。関係者以外はご利用出来ません」
「いいからどきなさい。私はあの方に用があるの!」
「出来ません」
頑として警備員は譲らない。
その時、無情にも彼等の乗ったエレベータの扉が閉まる。
「支配人!」
焦ったミランダは勢いよく振り返り、支配人を呼んだ。
「私をあのエレベーターに乗せなさい」
「申し訳ございませんが、それは不可能でございます」
支配人は表情を一切変えずに答える。
「だったら私もここに泊まります。予約を取りなさい」
「大変ありがたいのですが、本日から10日間は全て満室となっております。ですのであなた様が宿泊する事は不可能です」
支配人はあっさりと答えた。
「は?どう言う事?」
彼は、予約表等そういった類の物を一切見ないで答えている。
不審に思ったミランダは、眉を顰めて辺りを見回した。
すると、ホテルの従業員の殆どが、冷めた目で自分を見ている事にようやく気が付いた。
「あ、あなた達。私が誰だか知っているの?」
ミランダは、掠れた声で誰とも無しに尋ねる。
「はい、勿論でございます。ミランダ・カッシーナ様」
支配人は相も変わらず笑顔で答える。
「お、叔父様に言い付けるんだから!」
「是非そうして下さい」
ミランダは拳をプルプルと震えさせながら、踵を返してホテルを出て行った。
その後を、侍女が小走りで付いていく。
「覚えてなさい!」
彼女の捨て台詞は、従業員達の耳にはっきりと届いたが、全く相手にされる事はなかった。




