ミランダの独り言
馬車から降りた2人は、件の会員制ホテルの前に立っていた。
「本当にここにいるのかしら?」
ミランダは不安気に、側に付き添う侍女を見る。
「この辺りで、シリウス様のお客人が使うホテルはここしかございません。それに」
「それに?」
「もし、いらっしゃらなくとも、探したという結果だけは残ります。大公様はきっとお許しになることでしょう」
「なるほど、そうね!頭いいわね!あなた」
「光栄です」
侍女はうやうやしく頭を下げる。
この侍女は、王都でミランダの身の回り全般を任された元カトリーナの侍女であった。
「さあ参りましょう」
ミランダは侍女を連れてホテルに入る。
彼女自身ここの会員ではないが、叔父に連れられ何度か来ていた為、入口で止められる事はなかった。
「宿泊客の情報は、セキュリティ上絶対に教えてもらえません。そろそろディナーの時間ですので、レストランを覗いてみましょう」
「分かったわ。それにしても面倒臭いわ。どうしてこんな事を」
ミランダは大きなため息をつく。
「大公様のご命令ですから致し方ありません。ここは素直に従っておくのが賢明かと。ところでお嬢様、何か手土産など持たなくて宜しかったのでしょうか?」
手ぶらで歩くミランダに、侍女が尋ねた。
「いいのよ。この私がわざわざ出向いたのですから、それで十分ですわ」
彼女は小さい頃から母親であるカトリーナに、自分はシリウスの妻になる存在である、と言い聞かせられて育った為、それがどれ程分不相応かも理解出来ていない。
カッシーナの現当主であるカールを叔父に持つミランダは、確かに『カッシーナ』の中では、高貴な身分の女性だった。
そもそも『カッシーナ』とは、ホワイトレイ家への忠誠心の褒美として、初代が頂いた称号の様な物である。
本家は『名』の次に『カッシーナ』が付くのだが、分家は間に本来の家名が入る。
カトリーナは分家のブロイ家に嫁いだにも関わらず、本来の名である『カトリーナ・ブロイ・カッシーナ』とは名乗らず、現在も『カトリーナ・カッシーナ』と名乗っている。
本家の長女である事へのプライドがそうさせるのだ。
ブロイ家も、本家から嫁いできた彼女には強くは出れず、それを承諾したのだったが、子であるミランダにも『ブロイ』の名を引き継がせなかった。
これは流石に問題となったが、カトリーナはそんな事歯牙にもかけず、自分の弟であるカールが本家の当主となった後は、弟の物は姉の物と言わんばかりの態度で、次々と本家の政に口を出し始めた。
事態を重く見た本家は、彼女を王都から遠く離れた地に軟禁し、転移魔法を禁じたのだった。
だがしかし、彼女は本家の使用人にも多くの子飼いを持っており、そのお蔭で遠く離れた場所でも本家内部の情報をしっかりと把握出来ていた。
カッシーナ公国建国の話が出た際には、自らの侍女をミランダに付け、王都に向かわせてシリウスと運命的な出会いを果たすように仕向け始めた。
そしてそれは計画通りに行われ、ミランダはシリウスに出会い、恋に落ちたのだ。
そこからは、ミランダの独壇場であった。
母親と叔父の権力を使い、シリウスがカッシーナ公国に来る情報を入手し、彼がカールの屋敷に泊まる際は必ず侍女と一緒に潜り込んだ。
本家の使用人達は、カトリーナの制裁を恐れる余りミランダの言いなりとなり、この行動にいい顔をしていなかった者でさえ、余りにも彼女が堂々と現れるので、当主の許可を取っているものだと思い込み、カールへの確認を怠ってしまっていたのだった。
ーー
ミランダは、日々愛する者に給仕する喜びをひしひしと感じていた。
彼の為に最高のお茶を入れましょう。
彼が少しでも安らげるように、温室を作って美しい花を育てましょう。
ああ、彼の部屋に飾る花は何がいいかしら?
そうだわ、彼を包むシーツは私好みの香にしましょう。
私の香水も振りかけてみましょうか?
でも大変!
彼が私を抱きしめて寝ていると、勘違いしてしまうかもしれないわ?!
起きた時、私の香を纏ってくれているなんて、何て素敵なの!
こっそり枕に口付けをしましょう。
はしたないかしら?
ううん。
でも彼ならきっと喜んで許してくれると思うわ。
むしろ、もっとしてほしいって、ねだってくれるかしら?
ふふふ。
幸せね。
もうすぐ夫婦になるのね。
・・・・・でも何故かしら?
時折彼の従者が私を見て、怪訝そうな顔をするけど、あなたはちっとも私を見てくれない。
恥ずかしい?
照れ屋なの?
仕方無いわね、可愛い人。
いいわ。
あなたが思い切って私に愛を伝えてくれるその日まで、ずっと待ってるわ。
でも余り淑女を待たせるものではなくてよ?
それからごめんなさい。
お名前の分からない、水色の髪のシリウス様の従者様。
私が美し過ぎて、ついつい見とれてしまうのは仕方の無い事だけれど。
でもね。
残念ながら私は一途な女なの。
勿論あなたも素敵な殿方だと思うわ。
でもごめんなさい。
申し訳ないのだけれど、あなたの気持ちに応える事は出来ないの。
だからどうか、私の事は諦めて下さいまし。




