砂上の楼閣
「は?追い出しただと?」
執務中、コテージの警備にあたっている騎士からの報告に、カールは意味が分からずペンを落とした。
「はい、ミランダ様がおいでになり、その、お客人に・・・」
「待て待て意味が分からん。どうしてそこにミランダが出てくるのだ、最初からきちんと説明しろ」
「はっ!」
騎士から事のあらましを聞いたカールは、顔面蒼白でミランダと、周辺警備に当たっている騎士の長を執務室に呼び付けた。
「お呼びですか?叔父様」
暫くすると、ミランダが騎士と共に執務室に現れる。
「ミランダ。お前、いつここに来た」
「え?少し前ですわ。シリウス様がいらっしゃったと聞いたので、早々にご挨拶を、と。残念ながらお会い出来ませんでしたが」
残念そうに眉を下げるミランダに、カールの眉がぴくりと揺れる。
今回シリウスがここに滞在しているのは極秘である。
知っているのはこの屋敷で働いている者だけだ。
「誰からその情報を?」
「え?お母様からですわ」
「・・・あいつか・・・」
「え?」
額に手を当てて項垂れるカールを見て、不思議そうにミランダは小首を傾げる。
カールの5歳年上の姉であるカトリーナは、正直大層困った人間だ。
若い頃、先代ダリルの婚約者候補の1人に名が挙がったばかりに、小さい頃から自分こそが妻になれると思っていた。
しかし名が挙がったのは同年代の女性全てであり、その時は数十人いた。
その中で何故自分こそが選ばれると思っているのか、幼いなりにも当時のカールには全く理解出来なかった。
事あるごとに「自分が選ばれるはずだ」と堂々と周囲に触れまわっている姿は、狂気としか思えなかった。
そして実際選ばれたのはブラックレイ家の女性だった。
彼女はカトリーナと同い年で、しかも学園では同じクラスだった。
2人の仲は特に良くは無かったが、カトリーナが勝手にライバルとして彼女を敵視していただけに、先代との婚約が発表された時は荒れに荒れた。
それから彼女はカッシーナの分家に嫁いだのだが、それ以降も余り良い噂を聞かなかった。
自分の娘であるミランダが、シリウスの婚約者候補に名が挙がった頃からは、それが顕著になっていた。
しかし、カールもその頃にはある程度の地位についており、姉の存在が仕事にも支障を来すようになって来た為、遠い地に追いやって、実質幽閉処分にしたのだった。
「先程報告を受けたのだが、お前、あのコテージの客人を追い出したそうだな」
「え?追い出したりなんかしてないわ」
その返答を聞いてカールはほっと息を吐こうとした瞬間、次のミランダの言葉に逆にひゅっと息を飲んだ。
「追い出したのは温室の方よ。宿泊は許可さえ取ってくれれば良いと伝えたわ」
「・・・・・・温室から追い出した、だと?」
「あらだって、あそこは私達の物だもの」
「私達?」
「私とシリウス様の事よ。何言ってるの?叔父様。あの花は私が彼の為に丹精込めて育てたのよ?室内にも飾っているし。それをたとえシリウス様の客人だとしても、許可なく摘むなんて、ねえ?」
カールははっきりいって、意味が分からなかった。
「・・・お前、あそこに出入りしていたのか?」
「あら今更?温室が出来た当初から入ってるわよ?だって私の場所でもあるのだから」
開いた口が塞がらないとは、まさにこの事だろう。
確かに社会見学と称し、ミランダは頻繁に王都に着ていた。
母親がああでも、娘には何の罪もない。
だからこそが王都に来た際は、この屋敷への滞在を許可していたのだ。
何だかんだ言っても、幼い頃から見てきた姪は今でも可愛いのだ。
カールは理解出来ずに騎士の方に視線を移した。
「おいお前」
「はっ!」
カールが騎士を呼ぶと、彼はびくりと身体を震わせる。
「私には理解出来ないのだが、お前達はあの場所を警備しているのだよな」
「はい」
「警備の意味を理解しているのか?」
「・・・はい」
「それではなぜ、お前達は、あの場所に、部外者の、出入りを、許していたのだ?」
「そ・・・それは・・・」
騎士はガタガタと震えている。
「あら?彼を責めてはだめよ。私がいつも無理を言ってお願いしているのだから」
「無理を言っている自覚はあるのか」
「それに部外者はひどくないかしら?だって私は将来の彼の妻なのだから」
カール・カッシーナは今日、久々に体中から襲いくる恐怖を感じた。
身体が不自然にガタガタと震え、末端が異常に冷たくなっていく。
幼い頃に感じた、あのえもいわれぬ恐怖。
終わる。
終わる。
これは完全に終わる。
これではまるで、記憶の中にある姉と同じ思考だ。
そもそもカールの記憶が正しければ、ミランダはシリウスと会った事すら無いはずだ。
配下の者が主に会う事が出来るのは、仕事に関しての時だけだ。
それですら、ほんの一握りの者に限られている。
それがプライベートとなると、ほぼ無理だ。
余程気に入られた者か、同等の立場の人間だけに限られる。
それほど立場が違うのだ。
「お前、いつシリウス様に会ったのだ?」
「え?今更ですの?シリウス様がこちらに滞在の際は、私いつも側に仕えさせて頂いておりますが?」
どういう事だ、とカールは騎士の方を見たが、彼は震えて下を向いている。
「・・・つまりあれか?お前は侍女の真似事をしていたのか?」
「まあ!真似事だなんて。花嫁修業ですわ」
ミランダは恥ずかしそうに頬を染めた。
「それにしてもあの子、シリウス様とはどう言う関係ですの?まるでお子ちゃまでしたわ。名前は?」
「・・・・・・知らん」
カールはカラカラに乾いた喉で答える。
「な~んだ。それじゃあ大したお客様では無かったのですね?丁寧に対応して損しましたわ」
違う。
全く逆だ。
私達カッシーナは、あの方にとって名を知らせる必要の無い程度の存在という事だ。
「・・・・・・・・・・・・・・ミランダ、お前。命が惜しくばあの御方を探し、許しを請え」
もうそうするしか、お前が生き残る方法はない。
「それからお前達」
カールは暗い顔で騎士を見る。
「お前達と共に、あの場所で働いている者は全員極刑に処す」
そう言うと、カールは早足で執務室から出て行った。
その言葉を聞いて、茫然と騎士は座り込む。
「は?どういう事?叔父様!?何で私が許しを?」
カールの出て行ったドアを見ながら、ミランダは納得がいかずに頬を膨らませたのだった。
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「へえ~。赤い鳥を使うんだ。何年ぶりかな~」
ほの暗い会議室。
中央に置かれた円卓に、シリウスを合わせて4人が席についていた。
しかし、彼以外の3名は立体ホログラムのように透けており、時折ゆらゆらと揺れている。
「その国、何をしてそんなに北のを怒らせたちゃったの?」
「おい西の。そういう事は聞いちゃいかん。男には色々な事があるだよ。そうだよな、北の」
「え。微妙にうざいんだけど」
「黙れ東の」
シリウスが黙っているのをいいことに、好き勝手喋る3人。
彼等こそ、現四大財閥のトップである。
彼等の定例会議は、近況報告も兼ねて10日に1度程行われる。
その内容は、商品開発から国のあり方まで多岐に亘っているのだが、終始砕けた口調で進められていた。
今回の会議は、シリウスが『赤い鳥』の使用を、事前に四大財閥に報告する為に臨時で開催されていた。
いかに財閥トップと言えど、国1つをどうにかするのだ。
管理者として、彼等に報告する義務が発生する。
「赤い鳥もかなり改良されただろ?結果が知りたいから当日の映像を共有してくれないか?」
「ああ南の、それ賛成。僕も見たい。どう?北の」
「分かった。使うのはもう少し先になると思うが必ず共有する」
「了解~」
「お~楽しみ」
「今回の標的国だが、非常に面白い事に完全に精霊の存在が消えている」
シリウスはブラン王国の現状を皆に報告する。
「え?その国何しちゃったの?」
「ありえない・・・」
「へえ・・・」
「そこである程度更地にして、新しい実験場を作ろうかと考えている」
「ああ。確かにそれは面白いね」
「精霊の力の無い場所で、魔道具の耐久テストが出来るわ」
魔法は精霊を媒体としているが、魔道具は魔石に閉じ込められた魔力のみで動く。
しかし、魔道具動作時、精霊も活発に活動している事がここ最近の研究で分かった為、やはり何らかの力が作用しているのではないか、と考えられていた。
「全員消すの?」
「いや、全員じゃない。血筋は少し残すつもりだ」
「ああ、間引きね。いいんじゃない?」
眼前で繰り広げられるいつも通りの会議に、シリウスの背後に座っていたリシューは黙って聞いていたが、突然タブレットが振動し、送られてきた長文の報告書に眉を顰めた。
面白い事に、文面だけでミナが怒り狂っている事が容易く想像出来た。
リシューは報告書に書かれていた『ミランダ』という名に覚えが無かった。
カッシーナの家系図をデーターとして引っ張り出し、ミランダの名を検索するが、過去にシリウスの婚約者候補としてお品書きに名が挙がったくらいで、特筆する程の情報は無い。
ミランダ・カッシーナ 22歳 未婚
カールの姪だが、この地位にいてこの年齢で未婚なのは非常に珍しかった。
問題は母親に虚言癖がある事くらいか。
しかしこの女は何がしたいのか?
何故に主の居住区に勝手に入り込み、好き勝手している。
リシューはふと、昨日のカールの行動を思い出した。
現カッシーナのトップがあれだとすれば、それ以下の人間達はもっと勘違いをしているのかもしれない。
それともついにカッシーナが牙を剥き、主を追い落とそうとしているのか?
わざと失態を演じ、虎視眈々と機会を窺っている?
リシューはあらゆる可能性を考慮し、ブラックレイに連絡を入れる。
カッシーナのテリトリーに彼等を呼ぶのは前代未聞であるが、これはこれで面白そうだとリシューは笑いを堪える。
その後、ミナに返信を送る。
『我が主に婚約者がいる事実はありません。目に余るようなら消してもらってもかまいません』
それを受け取ったミナは、その場で小躍りしたという。




