アーサー・ノルンディーの顛末
「ようこそ。アーサー殿」
王都に連行されたアーサーは、そのまま王城の一室に連れて来られた。
そこで待っていたのは、数日前に会った宰相のシルだった。
「ご苦労様です。お茶は如何ですか?」
「あ・・はい。頂きます・・・」
以前よりも明らかにやつれたアーサーに、シルは優しくほほ笑みながら既に用意されている茶を勧めた。
「どうでしたか?オリビア様は見つかりましたか?」
「いえ・・・。まだです」
アーサーは俯きがちに返事をする。
「サイファード領はどうなりましたか?」
「・・・・・」
アーサーは無意識に身体を揺らし、ぐっと膝の上で拳を握りしめた。
「その様子ですと、自分がしてしまった愚かな行いの結果を、その目で見る事が出来たようですね」
「・・・・・」
アーサーは、シルと話した次の日から捜索隊に加わる事となった。
彼はローラとアンナが企てた事件や、未だオリビアが発見されていない事をなかなか実感する事が出来なかった。
家に帰ってロドリーに殴られ、母には泣かれ、兄には口を利いてはもらえなかった。
自室で謹慎を言い渡され、アーサーは今までの出来事を思い返していた。
しかし、クヨクヨはしていられない。
明日から始まるオリビアの捜索。
自分は宰相から直々に抜擢されたのだから、全力で取り組もう、とアーサーは考え直す。
別に手柄を独り占めしたい訳ではない。
しかしこうなった以上、何としてでも自らの手でオリビアを発見したかった。
アーサーは思った。
無事発見出来たら彼女に誠心誠意謝って、改めてきちんとした関係を築こう、と。
思えばまともに会話をした事がない。
彼女が何を考え、何を思っているのかを聞くことすらしなかった。
きちんと向き合い、彼女の事をもっと知ろう。
好きな色、好きな花、好きな食べ物、苦手な物。
そして自分の事を知ってもらおう。
そして、改めてサイファード領を共に発展させていこう。
「オリビア、必ず僕が助けてあげるから」
そう強く思い、アーサーは明日の捜索に備えて眠った。
しかし一夜明け、まだ辺りが薄暗い中、やけに屋敷が騒がしい事に気付き、アーサーは起き出して一階に降りる。
「川が干上がりました!」
「森の消失が物凄い速さで迫ってきております!」
「領民達がこちらに逃げてきております!」
玄関付近で怒号が飛び交い、屋敷内を人が走り回っている。
アーサーは何事かと思い、人々の流れをかき分けて玄関から外に出た。
そして愕然とした。
そこには、昨日まで当たり前に見えていた景色が綺麗さっぱり消えていた。
アーサーは急いで屋敷の2階にあるバルコニーへと向かう。
そこには既に何人もの使用人達がおり、サイファード領の方を不安そうに見つめていた。
アーサーもそれに交じり、同じように眺める。
そこには、あれほど豊かに生い茂っていた森が、まるで絵画のように端から順番に綺麗に消失している。
サイファード領から流れ込む川も干上がっているようで、何人もの人間が川の中に入って何やら調査している。
緑だった大地が今や土色になり、吹いてくる風は乾燥して砂が交じっていた。
「こ・・・・こ、れは・・」
アーサーの口内はカラカラで、上手く唾を飲み込む事が出来ない。
「ついに精霊様が出て行かれてしまった・・」
「ああ、なんと言う事だ・・・」
「これからどうなるのかしら・・・」
ひそひそと話し合う使用人達の声が聞こえる。
『何もせずとも綺麗さっぱり森は消えるでしょう』
アーサーの頭の中には、昨日聞いたばかりのシルの声が響いていた。
それから寝る間を惜しんでオリビアの捜索が行われているのだが、未だに見つける事は出来なかった。
そもそも森は今やすっかり消え失せ、数キロ先まで見渡せる乾いた石と砂の大地が広がっているだけだ。
もしそこにオリビアがいたのなら、遠目から直ぐに気付く事が出来るだろう。
きっともうこの地にはいない。
もしかしたら昨日の内に、魔獣に食われたのかもしれない。
そう囁かれながらも、命令である以上騎士達は捜索の手を止める事はなかった。
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「アーサー殿?」
シルに呼ばれてアーサーは我に返る。
「大丈夫ですか?」
「あ・・はい」
「では話を始めさせて頂きます」
そう言うと、シルは持っていた鈴を2回鳴らす。
その合図と共に目の前のカーテンが開かれ、大きなガラス窓が現れた。
それはどうやら隣の部屋との壁らしく、室内の様子がはっきりと見えた。
10歳前後の3人の少女が、椅子に座って所在無さげにキョロキョロと辺りを見回している。
どうやら彼女達からは、こちらが見えないらしい。
身なりはそれほど良くはない。
きっと平民だろう。
しかし不思議な事に、皆銀髪でそれなりに整った顔立ちをしていた。
「どうですか?」
「え?どう、とは?」
聞かれた意味が分からず、アーサーは困惑する。
「この中に、オリビア様に似ている者はいますか?」
「え・・・オリビア、ですか?」
「ええ。実は国王の命により、オリビア様の代わりを選ぶことになりまして、彼女をよく知るアーサー殿にお手伝いしてもらおうという話になりました」
「か・・代わり?」
「はい。国王はオリビア様の婚約者候補を新たに3名決められました」
その言葉にアーサーは驚いて目を見開く。
「何を驚いているのですか?あなたとオリビア様の婚約は早々に白紙に戻されましたよ」
「え・・・」
「当たり前ではありませんか?そもそもあなたは解消したくて仕様が無かったのではありませんか?良かったですね」
シルはにっこりとほほ笑んだ。
「話は戻りますが、オリビア様が見付からない場合、彼女の代わりを選び、候補者3名と共にサイファード領に住んでもらう事になります。勿論アーサー殿も一緒です。あなたは彼等の従者と言う立場で同行して頂きます」
「え?あのサイファード領に?」
「ええ。あのサイファード領にです。そこでのあなたの仕事は2つ。候補者3名に、代わりの少女をオリビア様だとしっかり信じさせて下さい。もう1つは、もし本当のオリビア様が現れた際の対応をお願いします。彼女の顔をよく知るのはあなた以外にいないので、本物のオリビア様が現れた際はしっかりと保護してください。ご理解頂けましたか?」
シルは満面の笑みを浮かべた。
「な・・何故・・そこまで?」
「そうですね。今のあなたなら理解出来るかと思いますが、サイファードの精霊の伝説は、精霊信仰している国々にはとても人気があるのですよ。しかしその血を引くサイファードの人間がこの国に1人もいなくなってしまった。それはこの国にとっては大層体裁の悪い事態なのです。精霊を使った観光産業は今や一大事業。道半ばにして頓挫する訳にはいかないのですよ」
異常だ。とアーサーは感じた。
確かに以前のアーサーなら、何となく理解出来る考えだったかもしれない。
しかし今は違う。
あの現状を目にすれば、考えを改めない訳にはいかなかった。
一晩にして消えた大地の恵み。
それを目の当たりにした彼は、神聖なものへの畏怖の念がはっきりと芽生えた。
人知を超えた力。
そんな物の前では、人間とは何と愚かでちっぽけな存在なのだろうか。
アーサーは、自分の内側にある何とも言えない感情に声を震わせる。
「せ・・・精霊を・・あの伝説を信じてはいないのですか?」
「それをあなたが言いますか?」
シルは可笑しそうに笑う。
「・・・すみません」
「いいのですよ。でもそうですね、国王は間違いなく信じていないでしょうね」
「それでは!何故宰相であるあなたが助言しなっ・・・・」
顔を上げたアーサーは、最後まで言い切る事が出来なかった。
先程まで終始温和でニコニコとしていたシルの顔はどこにもなく、その目はほの暗く虚ろで、口元には不気味な笑みを浮かべていた。
「いいではないですか。この国がどうなろうと知った事ではありません。さあ、ほら、あの中からさっさと1人選びなさい。所詮どの少女もオリビア様には似ても似つかない顔なのですから」
シルはアーサーの腕を掴んで強引に立たせ、少女達がよく見えるように、ガラス窓の前まで連れて行った。
何かが決定的におかしい。
アーサーは言い知れぬ恐怖を感じ取った。
そう、これはまるで誰かが意図的に国王へと上げる情報に制限をかけているようだ。
だって現に宰相であるシルは、事件が発覚したあの時点でサイファード領がどのような結末を迎えるのか知っていた。
父であるロドリーもそうだ。
いや、父だけじゃない。
使用人達ですら知っていたのだ。
自分ならいざ知らず、何故この国の王はその事を知らない?
気付かない?
おまけに数日前、領地の混乱が制御しきれないと判断した父は、早馬をはしらせたはずなのに・・・。
アーサーは身体中から冷たい汗が吹き出るのを感じた。
しかし彼は為す術も無く、シルに従うしか無かったのだった。
それから暫くして、アーサー達はサイファード領を目指した。
候補者の3人は見目が良く、自らの武器を活かしてオリビアの代わりの少女を全力で口説きにかかる。
孤児院育ちの彼女も最初の内は戸惑っていたが、暫くたつと満更でも無さそうな態度へと変わっていった。
今回の候補者は全て高位貴族の子息であり、オリビアと結ばれた暁にはサイファード伯爵家へ婿養子に入る。
彼等も必死なのである。
馬車の中でいちゃつく4人を尻目に、従者であるアーサーは1人馬に乗る。
岩と瓦礫と砂のサイファード領まで後1日半はかかる。
それまでの辛抱だ、とアーサーは内心溜息をついたのだった。




