警告の黄色い鳥
シル達がサイファード領から王城へと戻り、事のあらましをグレオに報告する。
するとそれを聞いたグレオは怒り狂い、ローラとアンナを死罪に、使用人達は皆奴隷として鉱山に送る事を決めた。
この前代未聞のお家乗っ取り事件は、異例の早さで貴族達に通達され、大混乱となる。
よりにもよって、あのサイファードを・・・。
精霊を信仰している歴史の長い貴族達は悲しみに暮れた。
その上、このような状況にも関わらずオリビアの新たな婚約者の選定を始めるようグレオに命じられ、彼等は次第に王都から離れ、領地に籠るようになっていった。
「オリビアは未だ見付からないのか?」
王の執務室で、グレオはイライラと貧乏揺すりを始める。
「現在、ノルンディー家の騎士達が総出で森の捜索を行っておりますが、未だオリビア様の情報は上がってきておりません。付近の国境警備隊にも通達しておりますが同じです」
シルは、オリビアの捜索について関係部署から上がってきた情報を読み上げる。
「・・・この際死体でもかまわん。とっとと見付けろ」
「死体・・・ですか」
シルは問う。
「むしろここまでくると死んでくれている方がありがたい。もし偶然にでも生きており、別の国に流れでもしたら、余計な噂を振り撒かんとは限らん」
「成程」
シルは素っ気なく返す。
「騎士団で手の空いている者を全員捜索に当たらせろ」
「かしこまりました、ノルンディー家への対応はどうなさいますか?」
「ああ」
シルの言葉に、呆れた様にグレオは椅子に倒れ込んだ。
「少し前にノルンディーから早馬が来たのだが、どうも内容が大げさすぎる。水が枯れただの、木が枯れただの。そもそも水が枯れたのなら水源を調べさせればよいし、木が枯れたなら切ればよいものを。大体あいつらは水晶の件でかなり儲けさせておる。その金で何とかさせろ」
「承知しました」
シルは頷く。
「そう言えば、候補達の家とは話がついたか?」
「はい。大層喜んでおりました」
「そうだろう、そうだろう」
グレオは満更でもなさそうに頷く。
シルが王都に戻って来た時には、すでにオリビアの新しい婚約者候補の選定が終わっていた。
新興貴族の令息の中でオリビアと年が近く、タイプの違う3人。
前回、いわゆるアーサーの失敗から学んだグレオは、1人ではなく、数人での囲い込みを考えたのだ。
「彼等を候補者としてサイファード領に行かせ、オリビアの周りに侍らせろ」
シェラの時に使った計画を、娘であるオリビアにもするのだ。
「それと孤児院から12、3歳の女を見繕っておけ。ついでに銀の髪のかつらもいくつか用意させろ」
「はて?」
グレオの命に、シルは首を傾げた。
「見付からなかった時の替え玉だ。どうせ誰もオリビアの姿をまともに見た事などない。気付きはせん」
「成程、承知しました。早急に対応致します」
シルはお辞儀をして軽やかに部屋を出て行く。
やはり、連続休暇の後だと心に余裕が出来る。
いつもなら殴りたい衝動を抑えるのに必死だが、今日は何だか優しい気持ちで対応出来る。
まあ、その内殺すけど。
シルは足取りも軽く自室へと向かう為、庭園を横切る渡り廊下に足を進めた時、目の端に青い鳥が群れを成して飛んでいくのが見えた。
「うわ、見て!また青い鳥だわ。渡り鳥の群れかしら?」
城で働く女官達の昼休憩と重なり、庭園で食事を取っている者を多く見かける。
賑やかな笑い声が響く中、その声を聞いた各々が空を見上げて鳥を探す。
数日前から王都に現れた青い鳥は、どうやら人気がありそうだ。
喜んではしゃいでいる者。
何やら考え込んだ後、早足で通り過ぎる者。
対照的なその姿に、シルは思わず吹き出しそうになった。
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「どうだった?」
自室の執務室に戻ると、そこにはレオがソファに座って寛いでいた。
「あなた、いつの間に」
「いいじゃないか~で、どうだった?」
「愚王ですか?いつも通りですよ」
シルもレオの対面に腰を下ろした。
「あ~~それは知ってる」
レオはぽりぽりと頬をかく。
「オリビア様が見付からなければ替え玉を用意するそうです。それから新しい婚約者候補達とサイファード領に住むらしいですね」
「おお~住めるなら住んだらいいんじゃないか?」
死の大地に。
レオはけたけたと笑う。
それから、
「なあ、前から聞きたかったんだが、あいつって本当に精霊信じてないのか?いや、違うな。サイファード領の伝説を理解してないのか?」
レオにしては珍しく、真面目な顔でシルに聞いた。
「レオ、あなたはどうでしたか?」
「どうって?」
「精霊が存在するのは、何となく分かりますよね」
「まあな。魔法使うし」
「それでは、その精霊達を取り纏める者が人間の姿で存在し、しかも美しい女王である事についてどう思いましたか?」
「あ~~」
レオは頷いた。
「精霊は・・・何ていうか、俺には空気とか水みたいな存在だな。そもそも姿見えねえし。いるって言われてもどこに?て感じだわ、確かに。」
「しかもその女王は、とある国に顕現し、自由に大地に実りを与える事が出来た、と」
「確かに神話だよな~それ。未だにシェラ様やオリビア様の存在って不思議だもんな~~」
レオは腕を組んで何度も頷く。
「あの方達の比較的近くにいる私達でさえこうなのですから、やはり全く魔法を使えない人間となると考えが違うのでしょう」
「確かに天罰やら神罰なんて、ろくに信じてねえもんな~俺」
「サイファード領は精霊の怒りを買った訳ではありませんよ。ただあの地を去っただけです」
「精霊のある所に実り有りってか。スゲー存在だな~」
「だからこそ、この世界は豊かなのかも知れませんね」
「お!いい事言った!」
レオがピシッと親指を立てる。
「はいはい。あ、そうだ、ローラとアンナは死罪確定ですので半殺しにして北の領地へ送ってください。使用人達は鉱山奴隷となるので、道すがらに行先を変えてもらいましょう」
「了解」
聞きたい事は聞いた、とばかりにレオはソファーから腰を上げる。
「あ。それと」
言い忘れたかのように、シルはレオを見る。
「警告の鳥が間もなく王都に放たれます。身辺整理をするようにと皆に伝えておいて下さい」
「げっ!マジか!早くないか!?」
レオは驚いた。
「まあ、それほど主がお怒りである、と言う事ですね。この分じゃ赤もあり得ますね」
「うへ~~荷造り始めよう~」
「そうして下さい」
「了解っと」
後ろ手に右手を振って、レオは部屋を出て行った。
そして次の日、黄色い鳥の大群が王都の空を覆い尽くしたのだった。
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時を同じくして、ホワイトレイの名で近隣諸国の王族達に一斉に手紙が届く。
魔力を纏ったこの手紙には、北の財閥ホワイトレイ家の当主のみが用いる封蝋がしており、受け取った者達を恐怖のどん底に叩き落としていた。
自分は何かとんでもない粗相をしたのだろうか?
怒りを買うような失敗をしたのだろうか?
この国は終わるんだろうか。
受け取った者達は、皆震える手で何とか手紙を開封する。
そこには1枚の黄色いカードが入っており、こう記されていた。
『今後、ブラン王国とのいかなる国交も、敵対行為とみなす。
シリウス・Z・ホワイトレイ 』
黄色い鳥が放たれたのだ。
読み終わった者達は理解し、皆同じ思いを胸に大きな溜息をついてその場に崩れ落ちる。
自国でなくて良かった・・・。
各国の王達は冷や汗を拭いながらも至急招集をかけ、自国と関わりが無いかどうか調査に入る。
ほんの一欠片でも、国が行う事業の中にその名が無いか丁寧に調べあげる。
その際、ブラン王国への入国を完全に禁止した。
人の流れが消え、物流が途絶える。
こうして、潮を引くようにブラン王国から人や物が消え始める。
一体全体奴らは何をしでかしたのか?
周りの国々は想像を膨らます。
ただ、最近あの国に青い鳥の群れが飛来し、それから時間を空けずに警告の黄色い鳥が放たれた。
精霊が降り立ったという伝説の国。
しかし今や精霊は去ったとさえ言われている。
精霊を怒らせ、ホワイトレイを怒らせた彼等の未来は間違いなく破滅だろう。
それが近隣諸国の共通認識だった。




