ある商人の独白
4大財閥が共同で研究開発を行っている『魔法科学』は、ここ100年余りで目覚ましい進歩を遂げていた。
今や遠くにいる人間同士での会話やデーターのやり取りは勿論の事、更に高度な物になってくると、人や物の瞬間移動まで可能になっている。
しかし、財閥が手掛けたこれらの商品を扱うには、厳格なルールが設けられていた。
その内、特に厳しく定められているのが『国や地域ごとに、取扱商品レベルを厳しく定める』であり、それを違えた者は、今後一切彼等の商品を扱う事は出来なかった。
商品レベルはざっくり10段階に分かれており、最先端の魔法科学によって開発された商品を最高ランクの10とし、型が古くなっていくほど数が小さくなっていく。
厳密には更に枝分かれしているのだが、主に1~7までが市場に流通し、それ以上のレベルになると財閥の拠点でしか扱われていない。
今回2人の商人が訪れたのは、北の辺境にあるブラン王国。
ここ最近の政策で外貨が多少流れ込み、一気に国庫が潤ったと言われている国であった。
目の前には、数十年前に型落ちした魔道具に目を輝かせているこの国の王、グレオがいた。
そもそもこの国の文明は、この辺りでも特に停滞しており、考え方も異様に古い。
それは自然や精霊を信仰する辺境の土地柄もあるのだろうと、商人達は考えていた。
「これを全部貰おう」
グレオの言葉に商人達はきょとんとする。
「ありがとうございます。ただ・・・」
魔道具は魔石自体に価値がある為、基本、型落ちしても余り値下がりしない。
1つ1つはそんなに高価な物では無いのだが、物価が違いすぎる為、この国では結構な高級品となる。
「問題無い」
グレオは側に控えていた使用人に目配せし、大きな布袋を用意させると商人達の目の前にどさりと置き、口紐を開けた。
するとそこには大量の金貨が入っていた。
「これは・・・」
商人達は目を見開いた。
「この国は更に豊かになる。今後も宜しく頼む」
グレオは勝ち誇った顔でそう言うと、たった今買ったばかりの魔道具を持ってさっさと部屋を出ていってしまう。
今から金の勘定をするので邪魔してはいけないと思ったのか知らないが、何故か使用人達も全員退出する。
「おい、どうするんだよ、これ」
1人の商人が戸惑ったように金貨の入った袋を指差した。
「いや~久々にこんな量の金貨を目にしたよ」
「俺も。このご時世に現金払いとは恐れ入った」
殆どを数字とデータで管理している彼等は、まさか支払が現金でくるとは考えてもいなかった。
「どこぞの小さい商店じゃあるまいし」
「こりゃ、初期の魔道具を見て喜ぶわけだ」
ちなみにこの国の定められた取扱商品レベルは1、場合によっては2である。
2人は苦笑しながら重い袋を交互に持ち合い、今度来る時は荷台か何かを持ってこよう、と心に誓いながら何とか馬車まで運んだのだった。
それから商人達は道すがら、馬車の中から王都の街並みを観察する。
少し前まで人通りも少なく、旅行者も大していなかった事を鑑みるに、王の政策が上手くいっているのだろう。
「今後に期待か?」
「まあ、そうだろうね。金払いも悪くない。何となく勢いで物事を動かすタイプの人間っぽかったし、転ばなければそれなりいくんじゃないか?」
2人はそう評価した。
そして改めて思った。
『王公貴族は管理するもの』だ、と。
これは4大財閥共通の認識であり、広く商人にも知れ渡っている考え方であった。
彼等に言わせると、『王公貴族』とは絶滅危惧種である。
血筋とプライドばかりに拘り、直ぐに足元を疎かにする。
誰かが保護してやらないと直ぐに死んでしまう愚かしい種族なのだ。
だからこそ、食べ物を管理し、使う物を管理し、住む場所も管理する。
分不相応なものは、身を滅ぼす元である。
きちんと箱庭で管理してこそ彼等は彼等らしく生きる事が出来る。
そして、そうする事で遅かれ早かれやってくる、絶滅の危機を緩やかに食い止めるのだ。
勿論管理者にも、しっかりとした責任を負わされる。
飼い主は、常にペットの行動の責任を負わされるものだ。
だからこそ、粗相した際に生かすも殺すも飼い主の手の内なのだ。
滅びゆく者は美しい。
そう言って笑ったのは、北の財閥の帝王ダリルだと言われているが、それは定かではない。
一介の商人風情が、そんな事、知る由もないのだから。