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グレオ・ブランという男

 先代の王が崩御し、グレオが即位したのは彼が16歳の時だった。


 グレオは幼い頃から感情の起伏が激しくとても頑固であったが、突拍子も無い政策を父である王に進言し、周囲をあっと驚かせたりする子供だった。


 神童か、ただの馬鹿か。


 彼に会った者達の評価は真っ二つに分かれた。


 グレオには5歳下の弟、ルカがいる。

 彼はとても病弱であったが、魔力量が多く魔法が得意だった。


 魔法を使う者は精霊を信仰する。


 それは、この国では200年前から当たり前の事であり、魔力量の多い者程信仰心が深く、ルカも体調が良い日の殆どを王城に隣接する神殿で過ごし、精霊を、果てはサイファード領の安寧を祈っていた。



 一方グレオには、全く魔法の才が無かった。

 人間誰しもが持つ魔力すら感じる事が出来ず魔法も使えない。

 正直、精霊の存在も大して信じてはいなかった。


 グレオは魔法が使えない事を、特に気にしていなかった。

 人それぞれ才能は違う。

 自分には別の才能があるから問題ない、とあっけらかんとしていた。


 つまりグレオは、魔法は本人の才能と捉えていた。

 剣の才能、乗馬の才能、歌の才能。

 何でもよいのだが、その1つに分類されるのが魔法の才能だった。

 魔法は個人の資質にのみ左右されるもの、と言う認識だった。

 この考えは、魔法が使えない者ほど顕著であった。


 優れた魔法使いならば、自ら魔法を行使する際、媒介になっている精霊の存在を感じることが出来るからだ。


 確かに魔法には個人の才能は大きく関わってくる。

 しかし、精霊無くして魔法を行使する事は叶わない。

 だからこそ魔力の多い人間にとって、ブラン王国に顕現した精霊の女王を敬わずにはいられなかった。


 神は確かに存在する。

 しかし自分達を助けたり、願いを叶えたりはしない。

 グレオは精霊もそんな曖昧な概念の様な存在だと考えていた。


 ーーー


「何だ、この特別予算とは」


 グレオは今期の国家の予算案に目を通していたのだが、使用用途が書かれていない結構な額の金の流れに財務官を呼び出した。


「先王より聞いてはおりませんか?それはサイファード領の特別予算です」

「特別予算?サイファードとは、あのサイファードか」

「はい」


 200年前に精霊が降り立ったという伝説の残る領地。


「たかが伯爵領に、一体全体何故このような額の予算が組まれているのだ?」

「王よ、口を慎みなされ。サイファードは我が国の恵みでございます。彼の地に何かあってはこの国は大変な事になりましょう。その為に予算を組んでいるのです。これは200年前からかわりませぬ故」


 200年前、精霊によってもたらされた恵み。

 女王がこの地を去った後に訪れる飢饉や様々な不具合を考慮し、恵みを享受している内から余剰でその対応資金を貯める。

 いわば積み立て保険であった。


 財務官はグレオを諭すような口調で話す。

 彼は先王より仕える優秀な財務官であったが、まだ若いグレオに対してよく見下した態度をとっていた。


 そしてグレオは驚いた。

 予算の内容にでは無く、こんな下らない事をこの国は200年もの間続けていたのか、と。


「これだけの金があれば、どれだけの事が出来たと思う」

「何をおっしゃいますか。この国が彼の地からどれだけの恩恵を受けているとお考えか」

「どれだけの恩恵を受けているのだ」


 グレオは質問に質問で返す。


「彼の領地から流れる川は他のどの川よりも豊漁で、付近に広がる大地の実りが約束されております。天候も常に安定しており、200年前とは比べ物にならない程我が国は豊かになったのですぞ」

「お前バカか」

 グレオは吐き捨てるように言った。


「何故200年前の話が出てくる。私は今の話を聞いておるのだ。豊か?豊作?天候が安定している?そんなもの、この国の気候が元よりそうだっただけだ。何をサイファードの手柄にしておる」

「なっ!?」

「そもそも200年前と今ではまるで国のあり方も違うだろうが。いつまで古い考えに固執しているのだ。馬鹿らしい。仮に200年前に本当に精霊が降り立ったとしても、今あの領にいるのは多少魔法の使えるただの人間だ。そいつらに何が出来ると言うのだ」


 そう言うと、グレオは予算案の書類を叩き返した。


「特別予算は廃止。今まで使わずに溜めてきた金は全て吐き出させる」

「なななな何を呆けた事を!」

 財務担当者は唾を飛ばしながらグレオに食ってかかる。


 この老害が。

「お前は明日から来なくてもいい。今すぐ出て行け」


 そう言って事務官を追い出した。

 彼が何やら騒いでいたが、グレオは特に耳に入れなかった。




 それから彼は、資料を見るたびにサイファードの文字が目に付くようになった。

 説明を求めた担当者は、馬鹿の一つ覚えみたいに皆口を揃えて200年前から、と言う。

 その度にグレオは激怒し、担当官を首にしていった。




「は?無理だと」


 余りにも部下が暴論を繰り広げるため、一度サイファードの当主がどのような人物か会ってみたくなったグレオは、登城させるよう宰相に命じた。


「はい。ご存知かと思いますが、過去の密約の通り我々は彼の地に許可無く踏み入る事は出来ません。勿論こちらに当主を呼ぶことも出来ません」


 その言葉を聞いて、グレオは腹の底から溜息を吐いた。


 そうだった。

 グレオは父の言葉を思い出す。


『彼の方はこの地に住んでいるのではない。住んで貰っているのだ。ヘタな権力を使って干渉し、機嫌を損ねれば去ってしまわれるだろう。くれぐれも扱いには気を付けるのだ』


「分かった分かった。登城じゃなくてよい。客として招くことは出来んのか」

「無理です」

「何故?」

「精霊がお怒りになるからです」


 ブチンっとグレオの堪忍袋の緒が切れる。


「お前らは馬鹿か!精霊の怒りだと!天罰などこの世にあるものか!!」

 バンっと両手で机を叩く。


「なんと!」

「今までお前は天罰に合った事はあるか?」

「いえ、多分ございません」

「だったら無いんだよ、そんなものは!」

「しかし・・・」

「だったら早く呼び出せ!馬鹿馬鹿しい」

「流石にそれは止めた方がよいでしょう」


 宰相は、額の汗を拭いながら答える。


「何だ。まだ何かあるのか」

「サイファードは近隣諸国にとっても神聖な地。そこの当主に無理を働くなど、この国の心象に関わってきます」

「ちっ!」


 グレオは下品に舌打ちをした。

 確かにこの国には、他国から多くの参拝客が訪れる。

 世界には精霊を信仰している国も多い為、かなりの外貨があの神殿だけで落とされているのだ。


 グレオは、足を貧乏揺すりさせながらしばし考える。


「ルカを呼べ」

 グレオはニヤリと笑いながら宰相に命じた。




「王よ、何かございましたか?」


 執務室に現れたルカは、うやうやしく頭を下げる。

 グレオが即位して、こうやって2人で顔を合わせるのは初めての事だった。


「久しいな、ルカ。早速で悪いのだが、お前を神殿の相談役に任命する」

「・・・はい」

「まずやってもらいたい事は大きく2つ。精霊の女王の御神体を作り神殿に置くこと。それが完成したら神殿を民に開放し、良き日を選んで祭りを催すこと」


 グレオは指を順番に立てながら説明する。


「御神体と、祭りでございますか」

「そうだ」

 グレオが目配せすると、隣に立っていた文官がルカに1枚の紙を渡した。


「特別予算を組んである。それを使え」


 ルカは、紙に書かれた予算の多さに驚いた。


「これほど頂けるのですか?」

「当然だろう。精霊の女王の為だ」


 グレオの適当な出任せに、精霊の尊さを彼もようやく理解してくれたのかと、ルカは感動した。

 だがその金は、サイファードの特別予算を無くした事による余剰だとは気付かなかった。


「祭りは毎年行え。それと、ノルンディー領の名産である水晶を寄付金や布施の対価として渡せ。『サイファード領の近くで採れた』と謳ってな。勿論金額によって大きさや純度をしっかり分けろ」

「なっ」

「心配するな。流石に『ご利益がある』などとは言わん」


 グレオは鼻で笑う。


 ルカは彼の思惑を何となく理解し、気持ちが急激に冷めていくのを感じた。


 しかし彼もこの国の王族の1人。

 任された仕事は着実にこなさなければならない。



 御神体が完成した後、蔵書に残っていた記録と照らし合わせ、200年前に精霊の女王の顕現した日に神殿を開放し、国を挙げて祭りを催した。

 事前に近隣の国々にも招待状を送り、大々的に宣伝してもらっていた事も功を奏したのか、祭りは稀に見る大成功を収めたのだった。


 そしてこの日を境に、精霊信仰は神聖なものから娯楽へと変わり始める。

 敬虔な信者達は一様に眉を顰めて神殿から去っていったが、それを補っても余りある金が動くようになった。


 毎年行われる精霊祭り。

 その当日以外も多くの観光客で賑わい始めた王都には、宿が建ち並び、飲食店もどんどん増えていく。

 そして金が動けば商人達も増える。


 この時期、グレオは初めて魔道具を手にした。

 以前から存在は知っていたのだが、高くて手が出せなかったのだ。


 魔力が極端に少なくても魔法が使える。

 このことに、彼は興奮を抑える事が出来なかった。


 グレオは魔道具を買い漁り、一通り使って飽きた物を貴族達に貸与し始める。

 水の出る魔道具。

 炎の出る魔道具。

 土を豊かにする魔道具。


 貴族達はそれを使って、自身の持つ領地の中でも特に不毛な土地を豊かにし始めた。


 こうして発展を遂げていくブラン王国。

 グレオは賢王でありながら精霊信仰にも深い人物として名を馳せ始める。

 しかし、その裏でサイファードへの介入を始めた。


「確かサイファードの当主は女だったよな」

「はい、シェラ・サイファード。年齢は正確には把握しておりませんが、領民が噂するには若くて大層美しい女性のようです」


 その話を聞いてグレオはにやりと笑う。


「見目の良い若い男を数人集めろ」

「はい。しかしどうなさるおつもりで?」

「サイファード領に入り、内情を調査してきてもらう。多少強引でもいい。あわよくば当主を落として子を孕ませろ。所詮ただの女だ。コロっといくだろう」


「な・・・なんと・・」

 宰相は青ざめる。


「不服か?」

「いえ・・そのような事は・・・」


「だったらつべこべ言わずに取り掛かれ。うまくいった者にはそれなりの地位を与える、と男達に伝えろ」


 こうして選ばれた中で、アレクだけがシェラに気に入られ、子を授かる事になる。

 その報告を受けた時、グレオはニタリと笑った。


「だから言っただろうが」


 所詮伝説は伝説でしかない。

 これを機に、あの地を手中に納めよう。

 200年間、どんなに優れた王もなし得なかった快挙。


 グレオは宰相に、サイファード領に向かう民達の選定を始めるように指示するのだった。


 ーーー


「王、いや兄さん。最後だから弟として言っておくね」


 婚姻の為に隣国へと向かう日、ルカは優しく笑いながら話し始めた。

 彼は何故か自ら進んでこの国を出ることを決め、隣国の姫に婿入りする。

 たった2人の兄弟で仲は悪くない。

 正直グレオは、この国に残って仕事を手伝ってくれるものだとばかり思っていた。


「何だ?」

「僕はもう()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、これ以上サイファードにちょっかいかけると大変な事になるから覚悟しておいてね」


 ルカはにっこりと微笑んだ。


「はっ?」

「僕に言えるのはそれだけだよ」


 そう言うと、ルカは部屋を出ていった。


「何だあいつ?」

 グレオはそんな彼の背中を何故かモヤモヤした気持ちで見送った。




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