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恥ずかしいです

 執務室。

 集まったデーターを確認していたリシューは、自身のタブレットが強い光で点滅している事に気が付く。


 何か緊急の案件かと思い手早く内容を確認すると、それは待ち望んだ一報だった。


「たった今、目を覚まされたそうです」

 リシューは、手元のタブレットをスライドしながらシリウスに告げた。


 その言葉に、書類へとサインをしていた彼の手がピタリと止まる。


「そうか」


 シリウスは、ゆっくりとペンを置くと席を立つ。

 それに合わせてリシューも席を立つと、2人は執務室を後にした。


「今日で3日か」

「はい。その間、バジルの手によってあらゆる治療を施しておりました。現在は左目以外の傷は全て完治。例の魔石から抽出した高濃度の魔力栄養剤投与により、健康状態も問題無いとの事です。お目覚めになりましたので、食事を流動食に切り替えていくと、消化管の機能も平常時に戻せるかと」


 リシューは淡々と説明していく。


「・・・左目・・・」

 シリウスは暗い声で呟いた。


「左目に関しては、あらゆる手を使いましたが現在の治療法では完治は難しいでしょう。バジルが寝る間も惜しんで新薬の開発に取り組んでいるようですが、暗礁に乗り上げています」


「そうか」


 この世界で、人間が行使できる魔法属性は『火土水風』の4大元素に限られている。


 過去、光魔法や闇魔法も存在していたらしいのだが、行使できた人間はいなかった。

 光魔法に属する治癒魔法など空想の産物である。


 魔石に関してもそれは同じで、取れる魔石は魔獣の属性に大きく関わってくる。

 光や闇の属性を持つ魔獣達は遥か太古に絶滅したと言われ、現在この世界には化石でしか存在しない。


 今回オリビアの治療に使ったのはその化石の1つで、太古に存在していた光属性ドラゴンから偶然取れた、世界に3つしか発見されていない光属性の魔石だった。


 とんでもなく貴重な品ではあるが、彼女の目がこれで完治するならば、とシリウスは惜し気も無く使った。

 しかし、残念ながら結果は思わしくなかった。


 これにより、今現在彼女の目を治すことは実質不可能になってしまったのだった。



「例の王国の様子は?」

 シリウスは歩きながらリシューに尋ねる。


「今やサイファード領は完全に以前の姿、砂と瓦礫の地に戻りました。王都にあった精霊を祀る神殿は、何故か崩れ落ちたそうです」

「それで王の様子は?」

「特に変わらないそうです。サイファード領に関しては、報告を上げたノルンディーに対し『大げさな』と一蹴してまるで信じていなかったそうです。神殿も建て直しを計画しているそうです」


「阿呆なのか」

 シリウスは呆れたように言う。


「紛れも無く阿呆です。それとオリビア様の婚約者選定について、前回のアーサーの反省点を活かし、今回は候補として見目麗しいタイプの違う高位貴族の子息を3名選別したそうです」


「・・・・・・報復の方は?」

「10日後には黄色い鳥を放とうかと」

「5日後にしろ」

「かしこまりました」


 ここ3日程、シリウスの機嫌は最悪である。

 その余りの怒りっぷりに、『やはりあの先代の御子だ』と囁かれる程だった。

 しかし、そんな彼の一歩後ろを歩いているリシューは、部下や使用人達が一様に恐怖する中、普段と変わらず接していた。

 むしろ、こうも感情をあらわにする彼を歓迎しているかのようにさえ見えた。


 思い思い考えながら、しばし無言で2人、廊下を歩いていると、


「きゃああああああああああああ!オリビア様あああああああああ」


 外から突然絶叫が聞こえてきた。


 驚いて2人が声の先、窓の外に目をやると、オリビアの部屋のバルコニーで、ミナとバジルが空に向かって大絶叫していた。


「何事ですか!」

 リシューが彼女達の状況を確認するべく窓を開けると、そこには宙を漂うオリビアの姿があった。


 虹色の光を纏い、宙を舞っている。

 周りには同じく虹色の何かがいて、それらと楽しそうに歌い踊っていた。


 柔らかく澄んだ歌声に思わず2人は耳を澄ませていると、まるでそれに合わせたかのように空からサラサラと雪の結晶が舞い降りてくる。


 朗らかな笑い声が辺りに響く。

 それはまるで童話の世界にでも紛れ込んだかのようだった。



 2人は暫くその光景に見とれていたが、シリウスはふと我に返り、


「直ぐに毛布を」

 近くに控えていた使用人に指示を出し、オリビアから視線を外さないように彼女の部屋まで急いだ。

 その後をリシューも追う。


 部屋の前まで到着すると、すでに待機していた使用人から毛布を受け取り、


「入浴の用意を。その後、ここに食事を運ぶように」

 再び指示を出すとノックもせずに室内に入り、大股でバルコニーに向かった。




 -----



「きゃあああああああ!!オリビア様ああああああああああああ!」

「ひやあああああああああああああ」


 背後で2人の叫び声が聞こえたが、虹色の光を纏ったオリビアは気にせずに、そのまま風と共に舞い上がる。


 ちらちらと天から降り注ぐ粉雪が頬に当たると、くすぐったさと可笑しさで笑いが止まらなかった。

 雪の精霊達も歓迎している。


 オリビアは身体を持たない雪の精霊を具現化して、一緒にダンスを楽しむ。


「あなた美しいわね!私オリビア。あなたも素敵ね!!」

 オリビアは思うがままに精霊達と戯れた。



 ----


「へくちっ」

 くしゃみと共に、ふとオリビアは我に返った。


「あれ?」


 ここ、どこ?

 私、何してたんだっけ??


 オリビアが首を捻っていると、


「楽しいのは分かるけれど、そろそろ戻っておいで。身体が冷えてしまうよ」


 声に振り返ると、バルコニーでシリウスがほほ笑みながら立っていた。

 ふと辺りを見ると、屋敷の窓という窓から人々がこちらをキラキラした目で見上げている。


「ふへ?」


 オリビアは何が起こったのか分からずに、茫然と宙に浮いている。


「ほら、こっちへおいで」

 シリウスが毛布を広げて再びオリビアを呼ぶ。


「・・・・・」


 ぼぼぼぼぼ。


 擬音を付けるとしたら、まさにこんな感じである。

 オリビアの顔は一気に熱くなった。


 これは・・・やってしまった・・・。

 まるで自分は初雪に興奮する子犬のようだ。


 余りの恥ずかしさに急いでシリウスの胸に飛び込み、しがみ付いて顔を埋めた。


「うううう・・・はずかちぃ~~」

 ちょう~~はずかしい~~!!


 シリウスは自分の胸にしがみ付くオリビアの身体を優しく毛布で包み、しっかりと抱え直す。

 寒さのせいか、彼女の前髪がところどころ凍っており、長い睫毛にまで霜が付いていた。


 シリウスは彼女の前髪に付く霜を軽く払うと、指で優しく睫毛に触れる。

 それから、くすぐったくて目を閉じた彼女の瞼を口付けで温めた。


「こんなに冷えてしまって」


 至近距離で見つめられ、オリビアは思わず顎を引く。

 改めてしっかり見た彼の顔は、とんでもなく美しかった。


 光に透ける明るい金髪と、ロイヤルブルーの瞳。

 スッと伸びた美しい鼻梁に、想像よりもふっくらとした唇。

 顔全体が絶妙なバランスを保っていた。


「楽しかった?」

 シリウスは囁くように尋ねる。


 オリビアが顔に見とれたまま無言でいると、


「ん?」

 彼は目を細めて更に顔を近付けた。


 お互いの体温を感じる程近付いた顔に、オリビアは我に返ってこくりと頷く。


「そう、良かった。とても美しかったよ。でも少し身体が冷えているね。温かい湯船に浸かった後、消化の良い物を食べようか」


 シリウスは素早くオリビアの頬に口付けを贈ると、くるりと方向転換してバルコニーを後にした。


 側に控えていたミナは一礼すると、直ぐさまバスルームに続くドアを開ける。

 シリウスはオリビアを抱いたままそこに入ると、優しくその場に下ろした。


「ゆっくり温まっておいで。その後食事にしよう」


 そう言うと、オリビアの頬を指先で優しく撫で、部屋を出て行った。

 オリビアは彼が出て行ったドアを暫く見つめていたが、そのまま突っ伏して恥ずかしさに身悶えた。



 何と恐ろしい精霊の好奇心。

 遊びに夢中になって、周りが見えない幼子のようではないか。


 記憶の中にある前世の自分は、正確な年齢は分からないものの、結構な歳だったはずだ。

 今の自分の精神年齢の低さに悶えるしかない。


 オリビアは今後、自分自身の行動に十分注意しようと心に誓うのであった。


 そして、バスルームの端で空気のように控え、オリビアが落ち着くのを待っているミナは、間違いなくメイドの鑑であった。



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