残務処理
応接室。
シル、レオ、シロ、クロはソファに座りながら、今回の事件の内容を資料に纏めていた。
窓からは、続々と連行されていく使用人達が見える。
後ろ手に縛られ、騎士にがっちり掴まれた彼等の足取りは重く、皆一様に俯きながら馬車に向かっていく。
たまに女性の甲高い悲鳴が聞こえるが、誰一人それに反応する者はいなかった。
彼等はこれから馬車に詰め込まれ、王都に護送される。
サイファードと王都は早馬でも2日はかかる距離だ。
「時間のずれを鑑みるに、6日が妥当か」
「それ位でしょうかね」
レオの呟きにシルが答えた。
「6日間馬車の中か~可哀想~転移使えば一瞬なのにね~」
クロは笑う。
「この国には転移魔法は存在しません」
シロの答えに、
「そうだね~この国にはオーバーテクノロジーだもんね~にゃははは~頑張ってね~」
次々と出発していく馬車に向かって、クロは室内から手を振った。
現在室内の4人を残し、第一騎士団と容疑者達は既に屋敷を後にした。
彼らはそのまま残って報告書の作成を行っているのだが、その側を別の人間達がひっきり無しに動き回っている。
部屋に置いてあるあらゆる物を検品し、目録に記入した後に箱に詰めて屋敷の外に運び出す。
「アレ、全て破棄されるのか?」
レオは興味本位でシルに尋ねた。
「のようですね。主がオリビア様に贈られた大切な品々です。本人より先に別の人間の手垢の付いた物を、あの方が再びオリビア様に贈るとは考えづらいでしょう」
「うわ~もったいな~~マジいくらすると思ってんの~」
クロは運ばれていく箱を残念そうに目で追う。
「この国の予算くらいですかね。それよりも尋問の続きです。報告をなさい」
シルが催促すると、シロはタブレットに目を落とした。
「簡単に言うと、ローラとアンナの2名は更なる贅沢の為に邪魔になったオリビア様の殺害を画策。執事と家政婦長はローラを慕っており彼女の望むように行動。他の使用人達は、オリビア様を何となく日々の憂さ晴らしの標的にしていた、と言う感じです」
シルはざっくり答えると、データを送信する。
「成程。つまり簡単に言うと、全員ただの馬鹿だった。と言う事ですね。それにしてもあなた・・・」
シルは、自身のタブレットが受信したシロの報告書に目を通し、溜息を吐いた。
「?」
「空いたスペースに落書きしない、と何度言ったら分かるのですか?手直しして主に送る私の身にもなって下さい」
「え?何描いたの~見せて見せて~」
クロがタブレットを覗きこむ。
そこには、報告書の余白を使ってデフォルメしたオリビアの顔と、何故か苦悶に滲む老執事の顔が描かれていた。
ご丁寧にカラーである。
「スペースが空きましたので。それに落書きではありません。作品です」
シロはドヤ顔で答えた。
「『作品です』じゃないでしょう。スペースが空いたならば報告内容を濃くなさい。それにあなた、オリビア様にお会いした事などないでしょうが」
シルは呆れる。
「妄想です。どうです?上手でしょう?似てますか???」
シロはシルに詰め寄る。
「うっ・・ま、まあ・・・似ていると言われれば・・・確かに・・・」
デフォルメでありながらも、描かれていたオリビアの顔は大層美しく、偶然にも似ている所があった。
「へえ~オリビア様ってこんな顔してるんだ~綺麗な方だね~シロ、上手だね~~」
「ありがとうございます」
クロの言葉に、シロは今日一の笑顔を向けた。
「レオ、あなたきちんと教育しなさい」
シルはこそっとレオを睨む。
シロの外見が、クールでいかにも仕事出来ます風なのが余計にたちが悪い。
「いや、俺には無理だ・・・」
レオはそっぽ向いた。
「こほんっ。とりあえず、我が国の愚王には、『オリビア様は義母と義妹が起こしたサイファード家乗っ取り事件のせいで未だに安否不明。現在全力で捜索中』とでも報告しておきましょう」
シルはそう締め括り、タブレットを鞄に戻したのだった。
残務処理を終えて4人がサイファードの屋敷を出ると、既に辺りは夕焼けに染まっていた。
「やった~終わった~連休だ~」
レオは嬉しそうに両手を上げた。
「ねえシロ。何する?どっか行く?」
クロは嬉しそうにシロの後を付いて回る。
「はしゃぐのは結構ですが、きちんと6日後には王都に出勤して下さいよ」
「分かってるって・・うわ・・何だあれ」
レオは驚いて声を上げると、皆が一斉に彼の視線の先に目を向けた。
「ああ・・・これが・・」
シルは目を細めながらその光景を見つめる。
夕日に照らされた森から、まるで蛍のような小さな光が次々と空へと昇っていく。
それは溜息が出るような、とても幻想的な光景だった。
「美しいですね、あれは何なのでしょう」
シロはその景色を見て何かを閃いたのか、歩きながらもタブレットを立ち上げ、嬉しそうにサラサラと筆を動かしている。
「あれは魔力、いわゆる精霊達でしょう」
シルは答えた。
「精霊?」
「ええ。あなた方はここがかつて、岩と砂ばかりで草木も生えない不毛な地だった、と言う事はご存知ですよね?」
「知ってる~」
「はい。200年前、そこに精霊の女王が降り立ち楽園を築いたと」
クロが元気よく右手を上げ、シロは静かに答えた。
「そうですね。王家に残る文献には、その時女王は多くの精霊をこの地に呼んだと記されています」
「ではあれは、この地を離れる精霊達・・?」
「きっとそうでしょう。見てください。辺りを」
シルに言われた通り、薄暗くなってきた周囲を見渡すと、森だけでなく大地からも小さな光が空へと昇っていた。
目を凝らすと、多くの領民達が外に出て、この美しい光景を眺めている。
「はぁ~この状況で明日からオリビア様の捜索か~。見付かる訳ねえのにノルンディーは哀れだな」
レオは同情するかの様に呟く。
彼等はオリビアが既にこの国を離れ、しっかり保護されている事を知っていた。
「この分だとあっと言う間に不毛の地に変わるでしょう。作物が育たなくなったこの地は生きていくには非常に厳しいでしょう。この領民達をノルンディーが全て受け入れなければならないのは骨が折れる事でしょうね」
「それは自業自得だろ」
レオ達は面白そうに笑うが、
「それだけではありませんよ」
シルは言う。
「ん?」
「今回、青い鳥が王都に放たれました。他国の者や商人達が国から撤退し始めている頃でしょう」
「げっ!まじか・・・」
レオは驚いて声を上げる。
青い鳥。
これは、財閥が『敵』とみなした国に放たれる。
青から黄色、赤へと警告度合いが変化し、赤い鳥が王都を飛び交った時、その国は潰れると言われていた。
勿論『青』の段階で、財閥が直々に手を下す事はない。
ただ、『彼等は私達の敵である』と宣言したのだ。
賢い者達は、その国とは距離を置き始めるだろう。
「このままだとジリジリと流通を止められ、あっと言う間に国力を削ぎ落されるでしょうね」
「まじか~」
「そうとも知らず、我が国の王はオリビア様の新しい婚約者の選定中ですが」
シルは可笑しそうに笑う。
「いや遅いだろう、って言うかそもそも婚約したと思っているの、あいつらだけなんだが?」
レオは呆れた。
オリビアが生まれた年、現国王が勝手に婚約者の選定を始め、彼女が3歳の誕生日を迎えた際、内定者の書状を送っただけである。
それに対してサイファード側は、何も言ってはいないのだ。
ちなみに候補者が多過ぎて揉めに揉め、選定に3年を有したのは有名な話だ。
「潰すのですか?」
シロは尋ねる。
「どうでしょう。私の予想では『生かさず殺さず』といった所で落ち着くと思います。今いる王侯貴族から絞れるだけ絞った後、トップの首をすげ替えて終わりでしょう。主がオリビア様の許可無く生まれ育ったこの国を潰すとは考えにくいですし」
「あ~~ようやくあの馬鹿王から解放される~」
レオは嬉しそうに両拳を上げる。
「我が儘で暴君。なのに政の才に長け、カリスマ性もある。サイファード領の件が無ければもう少し『王』という役職に就けていたかもしれませんね」
「ムリムリムリ~~シル様だって嫌いでしょ?ああいうタイプ」
クロは嫌そうな顔でブンブンと右手を振る。
「当然です。私は感情的な人間が1番嫌いなのです。とっとと自滅しろと常日頃から思っていました。そもそも9年前、私達がここに配属されたのもあの馬鹿のせいでしたし」
シルは冷たい顔で答えた。
「ああ~、先代を怒らせたんでしたね」
シロは頷いた。
「『殺してもいい。だが才があれば少しの間様子を見ろ』だったね~今思い出しても、あの時の先代マジ怖かった~」
クロは身震いしながら腕を擦る。
「そして非常に残念ながら、ほんのわずかな、塵の様な才があり、今の今まで何とか生き長らえました。本当にゴミムシの様なしぶとさです。まあ、お陰でこの国は我らの上顧客となりましたがね」
シルは小指にはめた指輪を抜くと、裏側の紋章を見る。
そこには、王冠をかぶった2匹のドラゴンがしっかりと彫られていた。
「すでに報告書はリシュー様に送りました。我々はしばらく様子見ですね」
アーサーの事業計画書も、レオが手に入れたオリビア直筆の紙も全て送付済みだった。
「了解しました」
「まあ、昨年豊作だった種イモが国の倉庫で大量に眠っています。暫く国民が飢える事はないでしょう」
「俺、あの芋好きじゃないんだが・・」
レオのぼやきに、
「僕もきら~い」
クロもシュンとした表情で続く。
「我々には関係ないでしょう。いつも通り商会から好きな時に好きな物を調達なさい」
シルは笑う。
「と言う事は、僕達お咎め無し?」
クロは期待を込めて聞き返した。
「まあ、今回は見逃されるでしょう。そもそも私達の仕事は国の舵取りです。サイファードの事は気には留めていましたが、私達は主から領地への立入り許可さえ頂いておりませんでした。発見が遅れたのは、まあ、私達の落ち度では無いですから・・・多分」
シルは珍しく歯切れ悪く答えた。
多少はとばっちりを喰うでしょうが・・・。
「やった~」
「・・・良かった・・・」
「助かった・・・」
3人はほっと息を吐く。
「ああそうそう。今回の愚か者達ですが、国での刑が確定したら殺さず北の地に送るように指示を受けました。覚えておいて下さい」
「分かった」
レオは頷く。
十中八九、彼等は最近人手不足だと嘆いている『薬科部門』の治験に使われるだろう。
最近、新薬と言う名の劇薬を開発したと賑わっていたはず。
シルはそんな事を考えつつ、指輪を空に掲げた。
「全ては我が主の為に」
「「「主の為に」」」
そう言うと、4人は大地から湧き上がる美しくも寂しい光の中、主のいなくなったサイファード領を転移魔法で後にしたのだった。
ーーー
7日後。
異例の速さで国王よりサイファード家が爵位を返上し、領地が王家に返還された旨が全貴族に伝えられた。
その際、義母と義妹によるお家乗っ取り事件の全貌が事細かく説明される。
ノルンディー侯爵家は他の貴族からやり玉に挙げられ、爵位を伯爵に下げられた。
処罰が甘過ぎると納得のいかない貴族達だったが、国王よりオリビアの新しい婚約者選定が始まった旨が伝えられると、途端に反発する者はいなくなった。
この件は王命により緘口令が敷かれたのだが、何故か瞬く間に近隣諸国が知る事となる。
オリビアが去った領地は、次の日から森が徐々に消え始め、水源は枯れ、流れ来る川は見事に干上がっていった。
緑豊かだった大地は岩と砂ばかりの枯れ地へと変わり、それに驚いた領民達はノルンディー領に次々と避難を始めた。
しかし領地が隣だったノルンディーでもその被害は甚大で、すでにロドリー自らが寝る間を惜しんで対応に追われていたのだった。
捜索隊に加わっていたアーサーはその現状をつぶさに見ており、自らの愚行に苦しみつつ、しばらくして王都に連行されていった。
そして、現在も多くの人間を使ってオリビアの捜索が進められているが、未だに見付かっていない。




