確かに相談されました
相談・・・。
「・・・・・・・受けました」
俯きながらアーサーは答えた。
「それは、どのような内容でしたか?」
シルは問う。
「・・・・・・」
「?アーサー殿?」
アーサーは膝に置いた拳をぎゅっと握りしめ、弱々しい声で答えた。
「・・・聞きませんでした」
おやおやおや。
シルの目に、はっきりと侮蔑の色が見える。
「成程。卿、どうやらアーサー殿は婚約者と良好な関係を築けていなかったようですね」
「アーサー・・・貴様」
ロドリーは地を這うような低音で唸る。
「あの・・オリビアは・・・そのっ、大丈夫なのでしょうか?大病を患った身体で森に・・・」
今更、アーサーはオリビアの安否を気にかけた。
「オリビア様は病など患っておりません。そのように見えたのだとしたら、それは食事をまともに与えられていなかった為でしょう」
シルは無表情で続けた。
「そうとは知らず、アーサー殿はオリビア様に病気のせいで跡継ぎが産めない、自分には相応しくない、と罵ったとか」
シルは両手の指を組んで、ニコリとほほ笑む。
シロとクロによる尋問は思いの外上手くいった。
多少の負傷者は出たものの、我が身可愛さに使用人達は、薄い紙のようにペラペラとよく喋り、オリビアの置かれていた状況、人間関係などを事細かく2人に説明した。
尤も、そうしたからといって、彼等の罪が軽くなる事などないのだが。
アーサーは頭の中が真っ白になる。
「・・・っ」
怒りの余り、ロドリーの右手が剣の柄を握る。
「まあ。病の話も誰に聞いたのか想像できますがね・・・」
シルはゆっくりと息を吐いた。
「いいですか。そもそもオリビア様はサイファード家の当主です。金銭面にしても躾にしても、それが当主の意向であれば全て正しいのです。それを何故他家の者が責めるのですか。どんな不条理であっても、サイファードの領地はサイファードの直系が治めているのです。これは国王陛下もお認めになっているのですよ。それを愚かにも、ただの種馬風情がふざけた事をしましたね」
シルは傍らに置いていた紙束を、バンッと2人の前に投げた。
「このような物が出てきましてね」
笑顔ではあるが明らかに怒っているシルの姿に、さすがのロドリーも唾を飲み込む。
これには一体何が書かれているのか?
ロドリーは恐る恐る紙束へと手を伸ばした。
「森半分の開拓、木々の売買、貴族専用の避暑地建設、商人の誘致等々」
シルは書かれてある内容を淡々と告げる。
それは、アーサーが意気揚々とアンナに説明していた森の開拓事業のたたき台の写しだった。
ロドリーは慌てて資料に目を通し始めた。
しばらく読んでいた彼が、一瞬大きな身震いをしたかと思うとおもむろに立ち上がり、持っていた紙束で力いっぱいアーサーを殴り付けた。
「この!愚か者!!愚か者がぁ!!」
「ち・・父上?」
見たこともない剣幕にアーサーは驚いて両手で防ぐが、ロドリーの手は止むことは無い。
何度も何度も叩かれ、持っていた紙束が破れて辺りに舞い散る。
すると今度はその紙を手放し、力任せにアーサーの顔を拳で殴った。
「ぐぁっ!!」
アーサーはソファーから崩れ落ち、床に顔をぶつけて転がる。
唇は切れ、鼻血が床に滴り落ちた。
「流石に許容範囲を超えています。これを本気で書いたのだとしたら、彼はとんでもない阿呆です」
修羅場が目の前で展開されているにも関わらず、シルは淡々と話す。
「こんな奴!私の子ではない!追放だ!いや、今すぐ私が殺してやる!!」
腰から剣をすらりと抜くと、剣先をアーサーの喉元に突きつける。
「ひっ・・・・!!」
自分の父の見た事の無い姿に、アーサーは恐怖の余り言葉を失いガタガタと震えて座り込んだまま後ずさった。
「はいはいはい、2人とも席について」
シルはパンパンパンと手を打つと、何事も無かったかのように平然と2人に座るように促した。
「卿も剣を収めなさい。まだ話の途中です」
ロドリーはぐっと歯を噛みしめると大きく息を吐き、ブンッと一度大きく剣を振って鞘に戻す。
アーサーも殴られた衝撃で足元をふらつかせなが、なんとかソファに腰を下ろすが、鼻と口からは血を流したままだった。
「さて、質問の続きです。アーサー殿、こちらのリボンに見覚えはありませんか?」
シルは2人の目の前に、1本の白いリボンを寘いた。
「アンナがアーサー殿から貰ったと言っていたのですが」
「えっ・・?」
アーサーは手に取ってまじまじと眺める。
白地に銀糸で小さい花と、2匹の王冠をかぶったドラゴンの柄が描かれたリボン。
大層美しく芸術的ではあったが、正直アーサーはよく分からなかった。
確かにアンナへ多くのプレゼントを贈ったが、その1つ1つまで正確には覚えていない。
ましてや女性の身に着ける物の柄など、区別がつくはずも無かった。
「・・・確かに彼女には、いくつかのプレゼントを贈りましたが・・これは・・・・・」
見覚えは無いがよく分からない。
正直に言うべきかどうか、アーサーはチラリとシルの顔色を窺う。
「成程。アーサー殿は婚約者の妹君にはプレゼントを贈るのですね」
その視線を受け、シルはにっこりとほほ笑んだ。
「っつ・・・」
「アーサー貴様、帰ったら覚えておれ。シル殿、今回はこの辺りで失礼する」
ロドリーはこれ以上聞いてられんと、おもむろに席を立ち上がる。
しかし、
「いけません。これを確認するまでは帰る事は出来ません」
シルはいつに無く厳しい口調で言い放った。
「何だってこんなリボンごときに・・」
ロドリーはアーサーの手からリボンを奪い取った。
だが次の瞬間、目を見開いたまま動きを止めた。
「こっ・・・これは」
何とか絞りだしたロドリーの声に、シルは答える。
「このリボンはアンナが身に着けていました。アーサー殿からの贈り物だと。この意味、ご理解頂けましたか?」
ロドリーは真っ青な顔をしてアーサーの胸倉を掴んで引っ張り上げた。
「貴様!!一体何をしたのだ!!どうやってコレを手に入れた!!」
「え?」
意味が分からずぽかんとするアーサーに、シルはふむ、と考え込む。
「どうやらアンナの狂言のようですね。アーサー殿には身に覚えが無さそうだ」
シルはそう結論付けた。
それを聞いたロドリーは、アーサーを掴んでいた手を放すと、どさりとソファに深く身を沈めた。
アーサーは何が起こったのか理解出来ず、放心状態で座っている。
「この件については結構です。しかし、アーサー殿はいまいち現状が理解できていない様ですね。君、彼をオリビア様の部屋まで案内して差し上げなさい」
シルはドア付近で待機していた騎士に声を掛け、アーサーを屋根裏部屋に連れて行くように指示した。
「ああそれと、アーサー殿。折角張り切って作った事業の計画書ですが、何もせずとも森はきれいさっぱり消えるでしょう。きちんと国王陛下に説明するのですよ」
騎士に半ば引き摺られていくアーサーに向けて、シルは告げた。
「え・・・・?」
アーサーは意味が分からずシルの顔を見返す。
「・・・まさか彼に、サイファードの歴史を教えていなかったのですか?」
シルは目を細めてじっとロドリーを見た。
「そんな訳はない!何百回と読み聞かせている!!」
彼は焦ったように声を荒げた。
領地が隣のノルンディー侯爵家当主は、自領への影響もある為、代々サイファードの歴史についてしっかりと学び、正確に現状把握を行っている。
「そうなのですか?」
シルは再びアーサーに視線を戻す。
「あ、歴史・・・?サイファードの伝説・・・おとぎ話・・・は知って・・・ます」
小さい頃から何度となく読む事を義務付けられたおとぎ話。
アーサーは切れた唇で答えた。
「成程。伝説、おとぎ話ね」
シルは口角のみ上げるとロドリーに視線を移し、
「せっかくなので、彼もオリビア様の捜索隊に入れましょう。自分の行いが、どのような結果を生むのか知る事が出来るはずです。その後王都に連行します」
ロドリーは彼の言葉に黙って頷く。
それからシルは再び騎士に目配せすると、彼はアーサーを引き摺るようにして部屋を出て行った。
室内に残った2人。
「あいつを勘当だ・・いや、毒殺する・・・」
ロドリーは小さく呟く。
「確かに貴族的な解決法ではありますが、今回は愚策でしょう。今後彼には役立ってもらわなければなりません」
「?」
「国王はすでにオリビア様の新しい婚約者候補の選定に入っています。彼等は元婚約者だったアーサー殿の情報を欲しがるでしょう。その為アーサーは生かされ続けるでしょう。ノルンディー卿、彼がおかしな行動を起こさぬようしっかりと監視してくださいね」
「・・・・承知した」
「殺すなどと・・・」
そんな簡単な解決方法を、あのお方が許すはずもありません。せいぜい生き恥を晒しなさい。
後半のシルの微かな呟きは、項垂れたロドリーの耳には届かなかった。
「サイファード領は王家に返還されます。あなたの領地にも多くの影響が出るでしょうが、国からの援助は他の貴族の心情を慮れば厳しいでしょう。何とか持ち堪えてください」
「・・・・・・」
ロドリーは黙って頷いた。
「200年余り続いた精霊の加護が、まさか私の代で無くなるとは・・・」
ロドリーは悔しそうに窓の外に広がる森を眺める。
先程まで青々と茂っていたはずの木々が、既に紅葉のように葉の色を変え始めている。
一方その頃、オリビアの部屋に案内されたアーサーは、その惨劇の跡と彼女の置かれていた状況に言葉を失い、恐ろしい程の後悔の念に苛まれる事となる。
誤字報告ありがとうございます。
非常に助かっております。




