相談を持ちかけてみた
魔法科学の発展と共に世界各地で盛んに流通が行われ、平民から多くの富裕層が現れ始めた。
長きに亘り続いた貴族制度が廃れ始めたのはそのせいだろうか。
今や世界は4大財閥が支配していた。
北の財閥
南の財閥
東の財閥
西の財閥
世界をおよそ4分割し、各々が地を管理する。
彼等はあらゆるモノを金で買い、あらゆる所に深く根を張っている。
その力は今や王侯貴族を優に超えると言われていた。
これら4大財閥はもともと1つの商家から派生していた。
等しく当主に『Z』のミドルイニシャルを持ち、家紋には王冠をかぶった2匹のドラゴンが描かれている。
その紋章は、彼等一族以外何人たりとも使う事は許されていない。
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貴族制度が廃れているとは言っても、世界の国の殆どは未だ封建制であり、表向きは王侯貴族達が支配している。
ここブラン王国もその1つであった。
サイファード伯爵領はブラン王国の最北端に位置した自然豊かな領地であり、そこを治めるサイファード家は精霊の血を引く一族として有名である。
200年ほど前、荒れ果てた未開の地に精霊の女王が降り立ち、豊かな森や大地を作った。
それが今のサイファード領の始まりと言われ、この伝承はブラン王国民で知らない者はいない程有名であった。
サイファード家の一人娘であるオリビアは、母親譲りのシルバーブルーの髪と瞳を持つ美しい外見をしていたが、一言でいうと大層奇妙な少女だった。
赤子の頃からあまり泣かず、じっと一点を見つめて激しく動く事もない。
喜怒哀楽が極端に少なく、じっと佇んでいる姿はまるで魂の入っていない人形のようであった。
実の父親であるアレクは、そんなオリビアを気味悪がって近付く事はなかったが、母親であるシェラは大層可愛がっていた。
しかしそんなシェラも、オリビアが10歳になると同時にこの世を去ってしまったのだった。
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「あの…大切な話…相談、あるの…」
12歳になったオリビアは、帰ろうとあぶみに足をかけたアーサーの背中に声を掛けた。
「…?」
めったに口を開かないオリビアの声に、アーサーは驚いて振り返る。
そこには、いつに無く真剣な瞳で自分を見つめるオリビアが立っていた。
アーサー・ノルンディー。
サイファード領の隣の領地であるノルンディー侯爵家の次男であり、現在15歳になるブラウンの髪と瞳を持つ整った顔立ちの青年だった。
婚約して9年。
口数が異様に少ないオリビアだったが、それを理解してくれるアーサーと良好な関係を築いている。
少なくともオリビアはそう感じているのだろうが、
「…分かった、それじゃあ次の茶会に」
アーサーは素っ気なく答えながらひらりと馬に乗ると、彼女の屋敷から去っていった。
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7日後。
アーサーの来訪を使用人から聞いたオリビアは、伯爵家自慢の庭園にある東屋へと足を運んでいた。
庭を出て東屋に向かう小道を歩いていると、遠くから楽しそうな話し声がオリビアの耳に届く。
「流石です!アーサー様。もうすでにこの領地の事まで考えて下さっているなんて!」
オリビアは足を止めて声の方に視線を向けると、そこには義妹であるアンナの姿があり、アーサーと身体がくっつく距離で何やら話に花を咲かせていた。
「アーサー様がこの地を治められた暁には、きっともっと豊かになるでしょう。母様もおっしゃってましたわ。この領地は自然豊かだけれどそれだけだって」
アンナの言葉に気を良くしたのか、アーサーは遠くに見える森を指差した。
「ここから見える森の半分を開拓し、貴族の別荘地にしようと考えている。そもそも領地の半分以上が森など他のどの領地にもありはしない。いくら伝承の残る地だとしても発展途上過ぎだ。ここの領地の木はどこよりも立派で高値で売れるだろうし、自然豊かだから王都の民には人気が出るだろう。極端に人の出入りが少ないのも問題だが、これからは多くの商人を呼んで移住者を募ればもっと豊かになるはずだ」
「流石です!アーサー様!」
アンナは嬉しそうにアーサーの腕にしがみ付く。
その際、彼女の豊満な胸がしっかり彼に当たっているのは故意だろう。
「たたき台の段階ではあるが、この資料が完成すればきっと国からも補助金が出るだろう」
アーサーはテーブルに置いていた資料を掲げながら声高にアンナに話す。
確かにサイファード領は広大な領地の半分以上が森で覆われてる辺境の地だ。
しかしそれにはきちんとした理由がある。
オリビアは呆れたように大きく息を吐いて、再び歩みを進めた。
「あら姉様、お客様をお待たせするなんて感心しないわ」
オリビアに気付いたアンナが面白そうに声を掛ける。
義妹のアンナは、妹といっても数か月違いの同い年で、美しい赤毛と大きな濃い緑の瞳を持つ愛らしい少女だった。
今から約2年前、オリビアの母親であるシェラがこの世界を去った後、父であるアレクが再婚して義母のローラと共にこの屋敷に招き入れたのだ。
「……」
使用人に呼ばれてすぐに来たはずだったが、オリビアは素直に頭を下げると2人の対面に座った。
それと同時に傍で控えていた使用人がオリビアの前に紅茶とお茶請けを置く。
「いい、気にしてない。それで僕に話とは?」
アーサーは自身の作った資料から目を離さずに素っ気なくに尋ねた。
「……」
オリビアは無表情のまま、じっとアーサーの顔を見つめる。
確かにオリビアはアーサーに言った。
『相談がある』と。
しかし今、傍らには使用人が控え、おまけにアーサーの隣にはアンナがいる。
こんな状況で一体何を相談しろと言うのだろうか。
「ん?なんだ?言っていただろう?僕に相談があると」
なかなか話を始めないオリビアに痺れを切らしたのか、アーサーは今日初めてオリビアの顔を見る。
「え~何?姉様。アーサー様に相談事があったの?それなら私だってあるわ」
会話に入ってきたアンナは、オリビアの存在など無かったようにアーサーに体を向けると嬉々として話を始める。
「姉様ったらすっごく怖いの。少しマナーが間違っていたら私を大きな声で怒鳴って頬を打つの。私いつも怖くて影で泣いているのよ。それにお金の使い方だって下品で…」
アンナは白いレースをふんだんに使った繊細なドレスを着ており、それに合わせて髪にも白いレースのリボンがつけられ、太陽の光を浴びてキラキラと輝き彼女の美しさを一層引き立てていた。
一方オリビアは、サイズの合わない黄土色のドレスを身に纏い、無表情で2人の前に座っている。
アンナの大きな瞳がアーサーを見つめると、彼もまんざらでは無さそうに眉を下げて頬を染める。
オリビアは小さく息を吐くと、目の前に置かれた紅茶を口に含んだ。
しかし、余りのしょっぱさにすぐに飲むのをやめる。
見るとカップの底には大量に塩らしき物が沈澱していた。
オリビアは紅茶は諦めて皿にのせられたマフィンにフォークを入れるが、硬い何かにぶつかる。
見るとマフィンの中にはいくつもの小さな石の様な塊が見えた。
チラリと盗み見た使用人達の顔には、暗い笑みが浮かんでいる。
オリビアは諦めてフォークを置いた。
「ね。酷いと思いません?アーサー様」
「そうだね。オリビア、聞いているのか?」
アーサーの声に視線を上げると、何故か彼は眉を顰めてオリビアを睨んでいる。
「何度も言っているが、余りアンナ嬢を虐めるものではないよ」
「……」
「今日のドレスだって、アンナ嬢にとても良く似合っているじゃないか。いくら妹が美しいからって嫉妬は醜い。心根の汚い女性は幻滅する」
アーサーの言葉にオリビアは首を傾げる。
「それに君ばかりお金を使うのではなく、もっと家族の為に使うべきだ。これじゃあローラ夫人の打診も考えなくてはならない」
「…打診?」
聞き覚えのない言葉にオリビアは小さく尋ねた。
「何も聞いていないのか、君は…」
アーサーは呆れたように溜息をついた。
「夫人から婚約をアンナ嬢に替えないかという話を頂いた。さすがに驚いたが、正直夫人の気持ちが理解出来ない訳ではない。はっきり言って君は僕に相応しいとは思えない」
アーサーは再び大きく息を吐いて眉間に深く皺を寄せた。
「それに君は病を患っている。そんな身体では跡継ぎさえ産めないのではないか?」
きっぱりと言い切るアーサーの顔に迷いは無い。
心底オリビアの事が気に食わない、とはっきり告げていた。
「…そう、ですか」
オリビアは小さく答えると、それっきり口を開かず俯いた。
「オリビア、君は…」
アーサーは忌々し気にオリビアの名前を呼んだが、
「ねえアーサー様、少し歩きませんこと?庭の薔薇が綺麗に咲いたの。こんな所にいつまでもいたら気分が悪くなりますわ」
アンナは半ば強引にアーサーの腕を引っ張って立たせると、2人で東屋を後にした。
その際、アーサーはうつむくオリビアには目もくれなかったが、アンナはわざとらしく振り返り、意地悪そうに笑った。