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語らいの魔女  作者: 風凛
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第三話

 転校の話をされてから一週間経っても、楓は柚にその話をすることができなかった。それが現実を受け入れないからか、柚に話すのが気がひけるからなのかは、楓には分からなかった。定期テスト期間は昼休みはないので、柚と昼食を取ることができるのもあと5日しかない。転校を命じられた次の日から今日まで、ただ、残された時間を大切に、今までのように楽しく過ごすためにいつもと変わらず短い挨拶をし、お弁当広げ、たわいない会話をした。


 たわいない会話に幸せを感じるほど、楓の心の奥は鈍く痛んだ。まるで柚に『大好きだよ!』と言われた時に感じた温かさに覆いかぶさるような痛みだった。


「……ちゃん。楓ちゃーん?」

「……ん?あ、ごめんなさい……少しぼーっとしてたわね……」

「もー、楓ちゃん、疲れてるのー?また歴史の授業、うるさかったとか?」

「ううん……、そんなことなかったわ」


 そっかー、よかったー、と卵焼きをぱくりと食べた柚は、まじまじと楓の顔を見つめた。


「……ほんとに疲れてない?しんどくない?」

「え、ええ、大丈夫よ。どうして?」


 いつも通りにしているのに、何かを悟られてしまったのか、と楓は少し焦った。


「だって、先週の……うーん、そうだなぁ、火曜日あたり?からなんだか楓ちゃん、ちょっとしんどそうというか……変というか……?」

「えっ……、そう……かしら……」


 今度こそ楓は本格的に焦りを感じた。柚は何かを感じ取っていたのだ。楓は必死に考えて理由を作る。


「ちょっと、幸せすぎるのかしらね……。今まで友だちもいなくて一人ぼっちだった私にとっては、誰かとこんな風にご飯が食べられるなんて……」

「え、ええ……?お家でご飯、誰とも食べないの……?」

「ええ、そうなの。母も祖母も毎日忙しいから、大概は私一人で食べるの。だから、こうやって会話をしながら、たわいないことで笑い合いながらご飯を食べるなんて、夢のような幸せで、ぼーっとしてしまったのかも」


 半分は本当で、半分が嘘だ。どれだけ心の奥が痛んでも、柚との昼食は楓は並大抵でない幸せを感じていて、未だに感動を覚えるほどだ。しかし、楓がぎこちない理由は、柚に伝えられていない、すぐ先に迫っている転校が理由である。


「そうだったのかー。それはちょっと……、ううん、本当に寂しいんだろうな……。楓ちゃん、私は絶対、ずっと一緒にお昼ご飯食べるからね!私も楓ちゃんとお昼ご飯を一緒に食べられる日常が幸せ。寂しい思いなんてさせないから!」

「あ……」


 柚の『ずっと』という言葉に喉の奥がつかえて、お礼の言葉が出ない。そんな楓に気づかず、柚は話し続けた。


「あれ、でも私とお昼を食べるのが幸せだからぼーっとしちゃうんだよね?一緒に食べ続けたらもっとぼーっとしちゃう?あれ?」


 一人でこんがらがっている柚に、楓はふふ、と笑ってしまった。それに気づいた柚はにこりと笑い、こう言った。


「やっと、本当に笑った!」

「本当に……って……?」


 柚はふふん、と鼻を鳴らして言った。


「楓ちゃん、先週はちょっと、何かを我慢してるような笑い方……だったような気がするんだー。けど、今のは本心からの笑顔だよね!……笑われるのはちょっと不本意だけど……」

「あ、ごめんなさい……」

「全然いいんだよー!私は楓ちゃんには、その笑顔が似合うと思うんだ」


 また、心の奥が温かくなるのを感じた。しかしもう鈍い痛みはない。さっきは言えなかったお礼の言葉を、気持ちを込めて楓は伝えた。


「ありがとう、柚ちゃん」


 *


『ねえー、なんで柚ちゃんに教えないの?』


 1組の教室の前で柚と別れ、自分の席に戻った楓に『声』が聞いた。


「転校のこと?言わないわ、絶対。言ってしまったら、私も柚ちゃんも、本当の『日常の幸せ』を感じれなくなってしまう……。そう思うから」

『んぇー、また僕にはよくわからないことだなぁ……。でも、最後の日には伝えるんでしょ?』

「……本当は嫌だけど、そうするしかないわよね……。金曜日にはちゃんと言うわ」


 5時間目の始業のチャイムが鳴る。楓は授業に集中するために髪を右耳にかけたが、彼女の握るシャーペンは無意識に『金曜日、伝える』と文字を書いていた。


 それから木曜日までの三日間、楓と柚はいつも通り、校舎横のベンチで昼食を食べ、話し、笑った。楓は柚から「疲れてる?」と聞かれることもなく、胸の奥に潜む鈍い痛みを感じることもなく、ただただ幸せな時間を送った。


 そして金曜日。楓は少し緊張しながら廊下を歩いていた。


「ねぇ……」

『なーに、緊張してるの?』

「してるわ、少しだけ……。でも、ちゃんと伝えるわ」


 楓の手には弁当だけでなく、昨晩夜な夜な作ったクッキーが入った袋が握られていた。一度家庭科で作ったことがあったものの、自宅のキッチンの使い方に四苦八苦しながら作ったものだった。「ありがとう」と「さようなら」を込めた、柚へ送る最初で最後の贈り物だった。


 校舎を抜け、いつもと同じようにベンチに歩み寄ろうとした楓の足が止まった。いつも二人で座っているベンチに近づいて行った四人の男女が、柚に話しかけ始めたのだ。


「なんの話をしているのかしら……」


 そう呟いた瞬間、緩やかに吹いていた風が柚と四人を風上にして楓のいる方向に吹き始め、話し声を運んできた。


「ねえ宮原さん、いつもここで一人でご飯食べてるの?」


 そう聞いたのは楓のクラスメイト、『声』が意地悪な手紙を書いている、と言った二つくくりの女子だった。


「ううん、私は楓ちゃんと……」

「楓ちゃん?!」


 柚の言葉を聞いた途端、二つくくりの女子生徒は腹を抱えて笑い始めた。


「あはは、はー……。楓って、永井さんの名前よね?」

「えっ、永井ってそんな名前だったのか」

「あの黒髪には似合ってるんじゃね?和風って感じがして」

「えぇ〜、そうかなぁ」


 口々に感想を言う四人に少しムッとした柚は聞き返す。


「私が楓ちゃんとご飯食べてたらなんだって言うんですか?」


 ふふん、と笑った一人の男子生徒が答えた。


「いやー、君可愛いしさ、俺たちと昼飯食おうよ」

「はい?」


 頭の上にはてなマークを浮かべる柚を見ながら、楓もこれには眉をひそめた。話の筋が通ってなさすぎて意味がわからない。


「いや、だからー、私たち四人って、この学年でもまあまあ有名なグループなんだよ。そこに入れてやるって言ってんの」

「宮原ちゃんは初登校が遅めだったからまだ知らないのかな?私たちは一年生の美男美女四人組って言われてるんだよ〜」

「はあ……、そうですか」


 まだ状況が読めずにポカンとしている柚に、二つくくりのクラスメイトが再び提案をする。


「あんな永井と一緒にいないでさ、私たちといようよ」

「ま、もう一学期はお昼休み今日までだし、来学期からでもいいけどね〜」

「ね、ね、どうする?俺らのとこおいでよ」


 四人が詰め寄る中、柚は目をパチクリとさせて、こう言った。


「え、結構です、ごめんなさい」

「「「「は?」」」」


 今度は四人が聞き返す番だった。楓はなぜかホッとした気持ちになったが、 四人の中には険悪な顔をしている者もいる。


「なんで?あんな意味がわからねぇ気持ち悪い永井なんかより、俺らの方が絶対イケてるし、楽しいよ?」

「もしかして〜、宮原ちゃんは永井さんの噂、知らないの?チョー不気味だよー?」


 楓にとっては言われ慣れている言葉だったが、改めて友人の目の前で言われると僅かながら傷つくものがある。しかし、ああ言う類のものは放っておけば大体去っていくものだと楓は知っていた。


 しかし柚は違った。


「……なんてこと言うんですか」

「ん?宮原さんなんて言っ……」

「なんてこと言うんだって言ったの!!!」


 楓も今までに聞いたことがない、とてつもなく大きな声だった。四人も驚いて目を見開いている。


「楓ちゃんの噂、知ってますよ、私。本人からも聞きました。だから何ですか?私は楓ちゃんといたくて、一緒にいるんです。あなた達みたいに、自分をよく見せるためだけに人と馴れ合うなんて、私はしたくない」


 この柚の言葉に楓はギョッとした。確かにあの四人は美男美女グループとして有名だったが、グループ内での優劣をつけるために、他のメンバーにとってマイナスとなる噂を学校中に流したり、あえて自分たちよりを引き立たせるためにグループに新メンバーを入れては捨てるを繰り返している集団なのだ。このことを学校に来始めてからそこまで経っていない柚が知っていて、さらに直接本人たちに言ったことに、楓は驚いたのだ。楓はもともと誰からも話しかけられないのでそもそも関係ないことだが、この学校にいる他の生徒がそれをすることは、いじめの対象に自らなりに行くに等しい行為だった。


「あんた……自分が何言ってるのかわかってるのよね……?!」

「俺らのことをよくも……」


 やばい、楓はそう思った。しかし柚は追い討ちをかける。


「それはこっちのセリフです。よくも楓ちゃんのこと、あんな風に言ってくれましたね。他人を下げることしかあなたたちにはできないんですか?」


 四人の中で何かが弾けた。楓の評価を下げてグループに入れる作戦だったが、柚のセリフを聞いて、方針が変わったのだ。彼らはわざと、大きな声で柚に質問をし始めた。


「なぁ、宮原さーん。あんた、中間明けに学校来始めたんだよねぇ。もしかして、それまで引きこもりだったの?」

「うわぁ、学校サボってたんだぁ、いけないんだぁ」

「何を言って……私は入院してて……!」


 四人は、柚への周りからのイメージが下がるような適当なでっち上げを始めた。柚の反論に耳も貸さず、四人は嘘を大声で吐き続けた。


 柚の顔が強張り始める。楓は踏み出そうとした足を動かせなかった。今自分が出ていって、どうなる?柚が今あの四人に突っかかっている理由や、四人が柚をグループに引き入れるのに邪魔なものは楓でもあり、当の本人が出ていってしまえば火に油を注ぐだけかもしれない。


 そんなことを考えている間にも、四人の柚に対する攻撃は勢いを増していく。


「あれ、よく見たら宮原ちゃん、手が包帯でぐるぐる巻きだ~。どうして?」

「もしかして、厨二病ってやつ?うわー、痛ぇやつだなぁ」

「おい、その包帯とってみろよ」

「もしかしたらこの包帯の下はすっごく醜いとかなのかな、宮原さん……?」

「な……、触らないで、これはお医者さんにとっちゃダメって言われて……!」


 ここに来て初めて、柚が四人に対して怯んだ。彼らはそれを見逃さず、それぞれに柚の手に巻かれた包帯に手を伸ばす。はらはらと解ける包帯を掴もうとベンチから腰を浮かせた柚を一人が押し飛ばした。バランスを崩して倒れ、か細い悲鳴をあげた柚の白い腕が露になる。


「なんだよ、別に何ともねぇじゃん。面白くねぇ」


しかし柚は腕を隠すように抱え、地面に伏したまま立ち上がらない。それまで校舎の陰から動けなかった楓は、柚の悲鳴を聞いた途端に走り出した。持っていた弁当もクッキーも手から落としていた。


 楓は柚を四人から守るように立ち、彼らを睨みつけた。その瞬間、心臓が脈打つ音が身体中に響き渡る。


「おいおい、ほんとに楓ちゃんが来たぞ」

「あら、同じクラスなのに今まで一度も話したことなかったわね、永井さん。初めまして」


 二つくくりが嬉しそうに笑いながら言う。楓は睨むことをやめず、自分の中で聞こえる鼓動が大きくなっていくのを感じながら返事をした。


「あなた、始業式の日に私に向かって『あなたとは話さない』って宣言しに来たじゃない。……柚ちゃんに何をしようとしてたの、答えなさい」

「楓ちゃん……」


 楓はハッとして振り返った。倒れ込んだままの柚は手を隠すように丸まって、唇を噛み、涙を滲ませた目で楓を見上げていた。それを見た楓の鼓動は、今までで一番大きくどくん、と彼女の体に響いた。


「何って、私たちを罵倒してくれたお礼だよ~?宮原ちゃん、本ッ当に自分の立場をわかってないんだから~」

「……あ、そうだ、ねえ永井さん。そういえば宮原さんがね、あなたのことも酷いこと言ってたわよ?気持ち悪いーだとか、消えてくれーだとかね」


 そんなことを柚が言っていなかったのを楓は確かに見ていた。この四人は柚を貶めてでも、楓を柚から引きはがしてでも手に入れたいようだったが、彼らの目的などは、今の楓にはどうでもよいことだった。


「早く……、消えて……」

「え?永井さん何か言った……」

「ここから……、柚ちゃんから離れなさい……!!!」


 叫んだ楓の胸の内に秘めた感情、それは『柚を守る』という想いただ一つだった。これは楓にとって初めての他人に対して抱く強い想いだった。


 彼女の想いに共鳴したかのような強い風がざあっと吹いた。強風に煽られ一瞬バランスを崩した四人組だったが、すぐに楓への突っかかりを再開する。


「楓ちゃーん、聞いてなかったの?この宮原さん、君のこと酷く言ったんだよ?そんな守る価値なんてないんじゃないの?」

「そうよ永井さん、こいつはほんっとに最低な……」


 二つくくりの言葉が終わる前に楓の睨みは一層に強くなり、その言葉は最後まで紡がれることはなかった。四人は楓に気圧され、各々が一歩後ろに下がる。


「うるさい……、うるさい……!!柚ちゃんを傷つけるなら……、早く……今すぐどこかへ行って!!」


 そう楓が言った途端、四人の内の誰かが「ひっ」と声を漏らした。一人が何も言わずに逃げ出した。その場に残った三人は楓ではなく、楓の頭上を見つめていた。柚でも自分でもない宙を見つめる三人に違和感を覚えた楓は三人に聞いた。


「あなたたち、どこを見て……」


 言い終わる前に自分でも頭上を見上げた楓は他と同じく絶句した。ここに走ってくる間に落とした弁当とクッキーの袋が宙にゆらゆらと浮いていたのだ。反射的に手で頭を守ると、タイミングを計ったかのように二つともがばさばさと楓の頭めがけて落ちてきた。


『楓、見て、右手!中指!』


『声』に言われるがまま自分の右手を見る。身に覚えのない、刺青を入れたような、黒い()()が中指全体に現れていた。


 一瞬で起こった様々な出来事が呑み込めないまま、楓がもう一度目線を上げると、二つくくりと目が合った。もう睨んではいないはずの楓の目を見て小さな悲鳴を上げ、つまずきながらすたこらと逃げて行った。残りの二人も続く。


 三人の逃げる姿を見送った楓は、後ろに倒れたままの柚を振り返った。倒れている柚が立ち上がれるようにと右手を伸ばしたが、柚はその手を取る代わりに体をびくっと震わせた。柚の目は、楓の右手中指にくっきりと浮かんだ刺青のような文様を見つめている。


 楓の目に映った柚の表情は驚愕と恐怖を表していた。


「ま……ほう……」


 柚の震える唇からこぼれた言葉を聞いた楓は、二週間前、柚が言っていたことを思い出した。


「楓ちゃんの『声』が聞こえるのは楽しそうだし、全然大丈夫だけど、




 魔法ってのはなんだか……



 怖いよね……」


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