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語らいの魔女  作者: 風凛
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第一話

(かえで)、楓ってば』

「……なに、今授業中だから静かにして」


 楓は話しかけてくる『声』を突っぱねた。しかしそれは隣の席の男子からでも、前の席の女子からでもなかった。声の主は、教室にいる誰にも……楓にさえも姿は見えない。そしてその『声』は、楓以外の人間には聞こえていないようだった。『声』は、楓に話し続ける。


『ひどいや、面白いこと教えてあげようと思ったのに。あの二つくくりの女の子、また誰かへの意地悪な手紙書いてるよ』

「……また……?それにほんと、あなたも飽きないのね、人がなに書いてるかを覗くの」

『だって暇なんだもん、僕はこんなしょうもない勉強しなくたって生きていけるからね』


 『声』にとっては必要でなくても、楓には必要な歴史の授業である。ましてや二週間後に高校一年になったこの一学期最後の定期テストが控えているのだから、集中して授業を受けたいところだろう。集中する前のいつもの癖で、右手で長い黒髪を耳にかける。しかし窓から入ってきた風で耳にかけた髪はすぐにハラリと元の場所に戻ってきた。そして……、


「あっ、しまった……」


 手も当たっていないのに、先ほど()()()()()()()()()()()()()()コロコロと転がったシャーペンが、机の端から落ちてカシャンと音を立てる。落ちる前に掴もうとしたが、届かなかった。シャーペンと一緒に消しゴムも落ちて、二つ分向こうの席まで跳ねていってしまった。


「もう……」


 しかし毎日何度も、()()()()()()()人並み以上に物を落とす楓のために、誰かが拾ってくれるわけがないことを彼女は知っていた。わざわざ立ち上がって取りに行くのも癪なので、筆箱に入っている予備を取り出す。


『あはは、また落としたね、今日は……、20回目くらい? それとももっと?』


 なぜいつもこう何十回も物を落としてしまうのか、と心の中でため息をついた。近くの席の生徒が迷惑そうにこちらをちらりと見る。また一人で話してるよ、とヒソヒソと話す声がする。今度こそ本当のため息を吐いた楓は、周りの反応や『声』も無視して残りの授業に集中することにした。


「とまあ、知っての通り、ちょうど50年前に世界中に魔法が発現した。まあ君たちは高校生にもなってここで普通に暮らしている時点で、自分には魔法なんて使えないってわかってるだろうから遠い存在だろうとけどな。実際に使える奴は、小中学生時に普通じゃありえない現象が起こる。というか、起こす。それがきっかけとなっていわゆる魔法使いになるんだとさ」

「先生~、普通じゃないことってなんなんですか?」


 先ほど意地悪な手紙を書いていると『声』に言われた女子生徒が可愛い声で質問する。


「教科書見ろよ、俺だって魔法なんか使えないんだから上手く説明できないんだ。えーっと? 教科書様様はなんて言ってる? ……例えば、『ものが浮かぶ』とか、『体力が一時的に異常に上がる』とか、『鏡には確かに映るのに人には見えなくなる』とか……? なんだこりゃ」


 生徒たちの反応も様々である。


「なにそれ、なんか気持ち悪ー」

「魔法って言うくらいなのに、手から炎とか氷とか出るわけじゃねーのか」

「地味ではないけど、微妙っちゃ微妙だなあ」


 口々に話す生徒たちに対して教師は蠅を払うように手を振った。


「もーお前らうるさいうるさい。こんな風にごちゃごちゃ言う奴がいたり、嫉妬かなんか知らんが、日本中の学校でイジメが横行したりするようになったんだよ。一つの学校辺りに魔法使えるやつが一人いるかいないかの珍しさだから余計にだったのかねぇ。ってことで、魔法が使える奴は、使えるようになった時点で専門の学校に行くことになるんだとさ。日本には5つ、人里離れた場所にあるらしい」


 うるさいと言われた生徒たちは、静まることなくガヤガヤと話している。しばらく粘ったものの、騒がしく話し続ける生徒に教師は頭を抱えた。


「だから魔法に関する話を授業でしたくないんだよ……」


 教師の呟きを聞いた『声』がクスクスと笑う。


『大変そうだねぇ、先生』

「これだけ騒がしかったら、先生も嫌でしょうね……」


 話し声が静まらない中、歴史担当の教師は少し声を張り上げて言った。


「お前らテストで『一般的にどのようにして魔法の発現がわかるか』って出ても、俺がさっき読み上げた具体的な現象書くんじゃねーぞ! 答えは『手の指の内のどれかに現れる紋様』だからな!」


 とても良いタイミングでチャイムが鳴り、日直の号令に合わせた挨拶の後、授業が終わった。


 これで午前の授業が全て終わったので、クラス中が机をガタガタとくっつけて弁当を広げ始める。そんな中、先ほど落としたシャーペンと消しゴムを手早く拾った楓は、自分の弁当を持って教室を出た。ひと月前にできた、人生で初めての友人と外で昼食をとるためだ。


『高校生になってからお友だちができて良かったよね、楓』

「ええほんとにね。でも長い間一人だったから、今まで友人が居なくても寂しいと思ったことはないけれど」

『またまたぁ~、って言いたいけど、確かにお友だちがいないからって寂しそうにはしてなかったよね』


 ーー永井楓(ながいかえで)には物心ついた頃から、目には見えない誰かの、たくさんの『声』だけが聞こえたり、話しかけられたりすることが普通だった。それは子供のような声であったり、成人男性のようであったり、はたまた優しい女性の声であることもあった。話し方にも種類があり、まるでたくさんの人に囲まれているかのようだった。これもあってか、友人と言える人がいなくとも寂しいという感情を感じることはほとんどなかった。


 楓は幼稚園の頃に『声』たちに一度、「あなたたちはだあれ?」と尋ねたことがあった。この質問に対して、どの『声』も決まって、「なんだと思う?」としか答えず、幼くして既に友だちを作るのが苦手だった彼女は勇気を振り絞り「お友だち?」と聞き返した。くすくすと笑う声たちの中で一つだけ『そうだよ』と言ったのが、今も側にいる『声』だった。


 しかし、成長するにつれて聞こえる声の種類は減っていき、今では幼い楓の質問に肯定した『声』だけが唯一、楓がどこにいようとも彼女のそばにいるのだった。この『声』の声色は女とも男とも、子どもとも大人とも言い難いものである。


 幼稚園でも小学校でも中学校でも、物を尋常なく机から落とし、見えない何かと話す楓は不気味がられる事がほとんどで、いじめられることはなかったものの、話しかけてくれる人はいなかった。しかし彼女としては、クラスメイトと仲良くなるために、この『声』と話すことを辞めるという選択肢はなかった。なぜなら、友達もできない上に、両親が離婚し、厳しい母と祖母に引き取られ、辛い生活を送っていた幼い楓に片時も離れず、寄り添ってくれたのはこの『声』だけだったからである。時たまこの『声』が何なのかと気になることもあるが、唯一の話し相手で「お友だち」である以上、『声』本人に問い詰めることもなかった。




 時は戻って、昼休み。『声』と会話をしながら、廊下を少し急ぎ気味で進み、いつも通り、校舎の外を目指す。


『あ、強いて言うなら本ッ当に小さいころに、お母さんもおばあちゃんも楓の話聞いてくれないー、って泣いてた時くらいじゃない? 寂しがってたの』

「……そんなこともあったわね……。でももう昔の話よ、恥ずかしい……」

『ふふ、かわいいなあ、楓。そうだ、今日もごはん中は静かにしとくからね』

「うん、ありがとう」


 授業中にも静かにしてもらえると助かるのに、とはあえて『声』には言わず、楓は校舎のすぐ横にあるベンチに昼食をとるための場所を確保している女の子の元へ近づいた。女の子は茶色のボブを風になびかせて座っていたが、楓に気づいて手を振る。


「あ、楓ちゃんー、金曜日ぶりだねー」

「うん、久しぶり、(ゆず)ちゃん。今日も元気そうでよかった」

「当たり前だよー、元気元気ー!」


 楓にとって初めての目に映る友人、宮原柚(みやはらゆず)。高校に進学してからも変わらず友人と呼べる存在ができなかった楓にも、彼女に出会い、転機が訪れた。交通事故による入院で初登校が中間試験明けになってしまった柚と仲良くなり、友人となったのだ。


 始まりは中間試験が終わった次の週。登校途中に気分が悪くなったと言う柚を見つけ、なんとか保健室まで連れて行って以来、昼食を共にする仲になったのだ。楓自身もなんだかベタだな、と思うような展開だったが、もちろん彼女にとってはまんざらでもないことである。


 柚と軽く会話を交わした楓は、彼女の隣に腰かけた。お互いに弁当を開け、食べ始める。


「楓ちゃん、今日もペン、たくさん落としちゃった?」

「ええ、いつも通り何十回も落としたと思うわ……」

「そんな落ち込まなくてもー。ものを落としたら寿命縮むってんならそれぐらい落ち込んでもいいけどさー?」

「そんな現象が起こったら、私はもうとっくに寿命過ぎてるはずだわ……たぶん……」

「あははっ」


 たわいもない会話を目の前に確かにいると分かる人とすることが、楓にとっての幸せだった。


「柚ちゃんは今日、なんの授業があったの?」

「えっとねー、現国と数学と歴史とー……、あと古文」

「3組の時間割、国語系二つともが午前に詰まってるのね……。うちのクラスも、4限が歴史だったわ」

「おー、同じだー。歴史の授業、なんか最後は魔法のお話してたなぁ」

「あれ、進行具合がほとんど同じみたいね、私のところも魔法の話でちょうど授業が終わったわ。クラスのみんながかなり騒いじゃって、先生も困ってたな……」

「ありゃー、1組もかー、こっちも同じ。やっぱり身近にないマジカルな話は、みんな興奮しちゃうのかなぁ?」


 柚がそう言うと二人は顔を見合わせて、ふふふと笑った。


「ちょっと小説とかライトノベルを読みすぎな人が多いのよ、きっと。クラスの中に、手から火は出ないのかって文句を言ってる人がいたわ。『物が浮く』ってだけでも十分に『普通じゃあり得ない現象』なのに……」

「小中学生の手からいきなり火なんか出たら大変なことになっちゃうもんね!過激なファンタジーを現実でも求める人が多いんだねー」


 頷く楓に、何かを思いついたように「ん?」と言って柚が質問をする。


「ねぇ楓ちゃん。そういえば楓ちゃんの『何回も物を落としちゃう』のとかは、『普通じゃあり得ない現象』には入らないの?」


 これを聞いた楓は首を横に振った。


「入らないみたいなのよね、それが。この15年の人生でそれこそ何百、何千回と物を『普通じゃあり得ない』までに落としてるのにね……。でも、魔法が使える人には指に紋様が現れるって授業の最後で先生も言っていたけど、私の手の指には、ほら、何も無いし……」

「ほんとだねぇ……。ほら見て、私の手の指にも何もー、って私の手は包帯で見えないんでしたー」


 楓は、出会った日からずっと包帯で巻かれたままの柚の腕と手を見つめる。


「それ、痛くは無いのよね?」

「うん、ぜーんぜん。でも、お医者さんに絶対に巻いときなさいって言われちゃって……何でだろう?」


 首を傾げた柚だったが、すぐににまたはっとした顔をして、先ほどより小さめの声でもう一つ、楓に質問をした。


「ね、あのー……こう言う噂話って全く私気にしないタイプなんだけどさ……。手に紋様がないってことは、楓ちゃんが『見えない誰かとお話ししてる』っていう噂も、魔法の類ではないってこと……なの?」


 そう言ってすぐに楓の気を悪くさたかもしれないと焦って謝る柚に、楓は微笑んで答えた。


「全然大丈夫、気を悪くしたりなんかしないわ。うん、魔法じゃないみたい。さっき見せたみたいに手には何もないし……。でも『声』が聞こえるし、話をしてるのも確かなの、姿は見えないけれど……」

「へぇ、そっかあ……すごいなぁ……私もお話ししてみたい……!」

「……気味が悪いって思わないの……?」

「えぇ、まさかー!」


 柚はにっこりと笑って言った。


「すごく楽しそうだもん……!私が入院してた時に、その『声』みたいにお話ししてくれる相手がいたら、楽しかっただろうなー……」


 楓は驚いて、少し目を見開いた。


「そんな風に思ってもらえたの……初めて……。私、柚ちゃんは、入学が遅れて、噂を知らないから私と仲良くしてくれてるのかと思ってたから……今さっき噂の話をされた時、嫌われるかと思った……」

「えぇーー!ひどーい!私、楓ちゃんがどんな人でも、大好きだよ!初対面だった私を助けてくれるくらい優しくて、一緒にいて楽しいもん!」


 にひひと笑う柚につられて笑った楓は、胸の奥が暖かくなるのを感じながら、「ありがとう」と心からお礼を言った。


 予鈴が鳴りはじめる。外で遊んでいた生徒たちもバタバタと校舎に戻って行く。


「それじゃ、私たちもそろそろ教室に戻りましょうか」

「うん、そうだねー!戻りながらもお話ししよう!」


 二人は1組の教室の前に着いた。3組は二つ向こうの教室なので、二人はいつもここで別れることにしている。


「今日もたくさんお話できて楽しかったー!」

「授業とか、歴史のお話とかね」

「ふふふ、そうそう」


 と、笑っていた柚の顔がふと、暗くなった。


「楓ちゃんの『声』が聞こえるっていうのは楽しそうだし、全然大丈夫だけど、魔法ってのはなんだか……怖いよね……」

「……柚ちゃん……?」


 楓に名前を呼ばれた柚は「あ、なんでもない!」と顔に再び笑顔を戻し、


「じゃあまた明日ねー!」


 と去って行った。3組の教室に消えて行った柚を見届けた後、楓はなぜか、言葉では言い表せない、なんとも言えないもやもやとした気持ちになっていた。しかしその理由は、午後の授業中も、下校時刻になっても彼女にはわからなかった。

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