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語らいの魔女  作者: 風凛
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第十一話

 クラスメイトからの第一印象が「可愛い」であるとは露知らず、楓ははしゃぐ『声』を聞きながら原田とともに階段を上っていた。 


『みーんな楓と仲良くしたいんだね、にこにこしててなんだか嬉しそうだったなぁ。それに今から魔法の授業するんでしょ、すっごく楽しみ!』


 ぴょんぴょんと飛び跳ねる『声』に楓は微笑みかける。


「前の高校ではそれ以前から私を知っている人が多かったから友好的な人が少なかったのよ。別に私にはあなたがいるから一人でも大丈夫だけれど」


 楓は決して強がりで一人でも大丈夫だと言ったわけではない。彼女の中にあった寂しいという感情もとうの昔に消え果てていたからだ。


 そんな彼女に『声』はどこか納得できていない風に返事をした。


『えー、でも柚ちゃんと仲良くなれて嬉しかったんでしょ? 僕以外とさ、人間とさ、お話しするのも楽しいんでしょ?』


 柚の名前を出されては楓も頷かざるを得ない。一人が苦痛になることはなくとも──


「確かに、柚ちゃんと話すときは……」


 そう言いかけた楓だったが、楽しくて嬉しかったという言葉は喉の奥に引っ掛かり、楓の口からは出てこなかった。あの日から楓の脳裏で幾度となく繰り返されるのは柚の怯えた顔ばかりだったからだ。唯一の友人であった彼女との記憶がトラウマに変わろうとしているこの現状は楓にとって最も辛いことだった。


 『声』と話し、難しい顔をして思いを巡らしていた楓は少し前を登っている原田に不思議そうな顔で見られていることに気づがつかなかった。しかし原田は彼女に何か声をかけることもなく再び階段を上る足を進めた。


 階段を上り切った二人は担任に告げられた教室を見つけ、引き戸を引いた。


「いざ魔法の世界へ――っと、お?」


 我先にと教室の中へ体をねじ込んだ原田は目を丸くして素っ頓狂な声を上げた。


『先客がいる!』


 ぽかんとしたままの原田の代わりに『声』が状況を言葉に零す。教室の中には生徒用の机が二つ――ではなく三つ用意されていた。窓際にある机に髪を低い位置で二つに結った少女が座っていたのだ。さざめく木々の音色が流れ込んでくる窓際で外を眺めている。


「え、だれだれ?! 俺は原田、君は? クラスの子じゃないから違う学年だよね?」


 少女にペラペラと話しかけ一人盛り上がる原田をよそに楓は空いている座席の一つに落ち着いた。


『せんせいが転校生の類は珍しいって言ってたから、僕たちだけかと思ってたよ』

「原田君の言った通り違う学年の生徒さんでしょうね」


 少女は原田のマシンガントークに耳を貸すそぶりもせずただ窓の外を眺めていたが、ちらりと原田を見て一言だけをぼそりと呟いた。


「うるさいです、おじさん」

「お゛……?!」


 少女が放った思いもよらない単語に衝撃を受け、固った原田が我に返ったのはしばらくしてから新たに教室に入ってきた人物の声が聞こえてからだった。


「はーい転入生の皆さんこんにちは。ん? ちょっと君、早く座りなさいな」


 声の主はある女性教師だった。ゆるくパーマのかかった髪をバレッタで後ろにまとめた、何歳と言われても納得できそうな外見をしている。いそいそと空いている席に着く原田を見届け、小さく咳ばらいをしてから話し始めた。


「改めましてこんにちは。新入生、そして転入生の魔法基礎を担当している過本(すぎもと)です。早速だけど今日はこれから皆さんが付き合っていかなければならない魔法について一から説明していきます。今日は導入だからそう長くはならないわ、身構えなくても大丈夫よ」


 生徒たちにぱちんとウィンクをして見せた過田は白いチョークを手にとり、黒板に「魔法」と書いた。チョークを持つ右手の人差し指には黒い紋様と淡い紫色の指輪が見える。


「実際のところ、魔法ってなんだと思いますか? 誰か憶測でも構わないから――」


 過本が最初の質問を言い終える前に勢いよく手が挙がった。一瞬目を見張った過本だったが、手をまっすぐに挙げ嬉しそうな顔をしている原田を指した。


「なにかこう、ロマンのある力です!」


 躊躇いなくそう言い切った原田に呆気にとられて彼の方を向いた楓に対し、二つ結びの少女は呆れた顔でため息をついた。あまりに元気の良い答えに教壇に立つ教師は苦笑いをした。


「ロマンねぇ……。魔法を使えない人からすればあながち間違いではないのかもしれないけれどね」


 そう言って再びチョークを動かすと「力」と書いた。


「でも「力」という点では合っているわ。ただし、目に見えないもう一つの手による「力」と形容するのがいいかもしれないわね。例えば……」


 そう前置きした過本は黒板から目を離し、楓たちに体を向けた教師はチョークを教卓に置くと空をつまむような仕草をし、手を持ち上げた。瞬きする間もなくチョークは独りでに浮き上がり、宙で軽やかに弧を描いた。


「す、すっげ……」


 原田は静かにそう呟いた。声こそ出さないが、楓も過本の動きに合わせて舞うチョークに目を見張る。楓が知らずのうちに物を宙に浮かせたときとは全く異なり、完全にコントロールされていた。途中で力尽きたように落ちることもない。


『……ふうん?』

「……」


 一方で『声』と窓際に座る少女はあまり反応を見せないまま、チョークは再び教卓の上に戻り、ピクリとも動かなくなった。


「このように、魔法は物を動かす「力」として使用されます。遠くのものを近くに、近くのものを遠くに動かすことはもちろん、さっきのように物をもち上げることもできます」


 そこまで話すと一度口を閉じ、過田は三人の生徒がよく聞いているかを確認するかのように教室を見回した。そして再び説明を始める。


「ここで注意しなければならないのは私はこれを浮かせていたわけではない、ということです。具体的にいうなら、見えない手で持ち上げているという表現が正しいわね。つまり宙に浮いたら終わりではなく、持ち上げ続けているということです」


 過田は指で摘まみ上げたチョークを軽く振りながら話した。楓がふと隣を見ると、原田は何度も大きく頷きながら一生懸命にメモを取っていた。


「まあ難しいことは考えずにまずはやってみましょうか」


 過田は教壇から降り、三人の生徒それぞれの机に鉛筆を一本ずつ置いて回る。


「今日は初回なので動かしたり浮かせたりではなく、継続して魔法を使わない『押す』という単純魔法です」

「そ、そんな急に使えるもんなんすか、魔法って?!」


 机の上の鉛筆を見つめ、手を戦慄かせている原田が声をも震わせて教師に尋ねた。興奮している原田に過田は肩をすくめて答える。


「まあ簡単か難しいかで言われたら難しいわね。今までの自分ならば有り得ない力を使用するのだから、いかに頭の中でイメージできるかが鍵になるわ」


 教師の返事を聞いた原田は頭上に疑問符を浮かべるように首を傾げた。教卓の前に戻った過田は人差し指を立てた。


「何度も言うようだけど、魔法は普通の人間にとっては起こし得ない現象を現実にするもの。それを具現化するには自分と魔法を繋ぐ媒体があると考えればそのギャップは自ずと埋まっていきます。例えば皆さんがはめている指輪。体の内側から肌の表面へ、指輪を伝って外界へ力が伝わる仲介の役割を果たします。どれだけ手だれの魔法使いも指輪がなければ魔法をコントロールすることはできません」


 なるほど、と楓は指輪売りの高橋が言っていたことを思い出しながら納得した。魔法使いには指輪が必要──それは人と魔法という名の奇跡を結ぶ物だったのだ。


「人にもよりますが自分で考えた呪文を媒介とする魔法使いもいますね。まあ声に出すのが恥ずかしいからという理由で実際呪文を唱える者は少数ですが……」


 目を輝かせて説明に聞き入ってる原田を見て楓ともう一人の少女は彼が呪文を大声で唱える未来を察した。どうにも彼には魔法に強い憧れがあるようだ。


 教師はぱんと手を叩き、楓たちに魔法を使ってみるよう促した。予想していた通り、原田は鉛筆を指差し大声で叫んだ。


「ムーブ!」

「……押す魔法なのでその感じで呪文を唱えるなら『プッシュ』じゃないですか?」


 ピクリとも動く様子がない鉛筆を睨んでいた彼は勢いよく声がした方を向いた。ため息交じりのアドバイスは原田をおじさんと呼んだ少女のものだった。下を向けて小さく振られる彼女の指は机の上にある鉛筆を触れることなくころころと転がしている。


 彼女があまりにも軽々と魔法を使っていることに気づいた原田と楓は唖然としたが、過田はパチパチと拍手をして彼女を褒めた。


「さすがね、深山さん。ご家族が魔法使いだから魔法のイメージがすぐにできたのかしら、少し簡単すぎましたか?」

「いえ……」


 否定を示した少女――深山だったが、頬杖をつきながら鉛筆を転がす彼女にはどう見ても簡単すぎる魔法のようだった。しかし残る二人の鉛筆は魔法によって押し転がされることなく机に鎮座したままだ。教師は再びアドバイスを口にする。


「イメージを強く持つことです。見えない指で鉛筆を押し、それが転がるイメージです。その情景を脳裏にしっかりと描けたとき、あなたたちの中にある魔力によって魔法と呼ばれる現象となって具現化されます。固定概念を捨て、鉛筆が独りでに動くところを想像しましょう」


 独りでに動くところ? 楓は頭の中で過田の言葉を反復した。彼女にとって机の上のものが勝手に転がり落ちてしまうことは日常茶飯事なのだ。ならばその光景を思い出し、見えない力で押すイメージができれば魔法を発動させることも可能なはずだと彼女は考えた。


 隣に座る原田が鉛筆が震えたと騒ぎ始めるのをよそに楓は机の上の鉛筆に集中した。動かすのではなく、押す。そして見慣れた物に押されずとも動き始める鉛筆のイメージ――


 楓の強いイメージが通じたのか、鉛筆は何かに押されたように転がり始めた。しかし教室には鉛筆が転がる音にしては重い衝撃を感じさせる音が響いた。


「原田君、もう少し落ち着いて集中を――」

「永井さん?! 永井さん!」


 教師の助言を遮って原田の口が叫んだのは楓の姓だった。全員が楓を振り返ったが、彼女が座っていたはずの座席にその姿はなかった。楓は椅子から転がり落ち、目を閉じ、完全に脱力して床に倒れていたのだった。

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