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 3『神の装置』①

 レイバーンはその昔、とても虚弱な子供だった。

 冬の訪れを知らせる乾いた風がひとたび吹けば、その日の夜には熱が出る。

 ジーン叔父とコネリウス叔父が、まだ皇子であった時代。レイバーンが五つか六つだったとき、フェルヴィン全土に原因不明の熱病が流行ったことがあった。


 体の弱かったレイバーンは、いち早く首都ミルグースからゲルヴァン火山を超えた先にある別荘地に湯治に出され、父の弟であるジーン皇子とコネリウス皇子もこの旅に同行したが、隔離も意味がなくレイバーンは熱病に罹り、生死を彷徨う羽目になった。現世と夢を行き来する中で、首都にいる当時の皇帝を含めた王族も、次々と倒れていることを知った。

 そんな状況が一年続き、ついにフェルヴィンは一時的に鎖国を解き、繰り上がりで皇太子候補となったジーンと弟コネリウスを、医療の発展した上層世界へ使者として送り出すのである。


 これが当時の複雑な情勢の中で、双子の皇子が世界一周へ旅立った発端だった。

 旅は数十年も続いた。旅の中でコネリウスは大怪我をして語り部を亡くし、『魔法使いの国』の貴族の女性を見初め、祖国から旅立つ。ジーンは正式に皇太子となり、次代の皇帝として王城で剣を掲げて『ジーンとコネリウス』と題された伝記は終わる。


 その後のジーン皇帝の物語は、あまり世に広まっていない。

『ジーンとコネリウス』がロードムービーの体で描かれたこと、双子の語り部であったダイアナとルーナの合作であったこと、旅の終盤でルーナを失ったこと、ジーンの皇帝としての生活が、政治家としての側面が強くなり過ぎたことが挙げられる。


 ジーンが皇帝として即位したのは、レイバーンが十七のとき。歳を重ねても、どこか少女のようなものを持つ面立ちをした小柄な皇帝は、即位の時ですら身の丈に少し余る宝剣を億劫そうに肩に担いでいた。「こういうのは、コネリウスのほうが向いてるんだよ」と唇を尖らせながら、しかし五十も半ばで夭折するまで、遺憾なくその手腕を発揮した。


 最初の妻を勧めてきたのも、ジーン叔父だった。それからすぐにジーンは病に倒れ、レイバーンが王冠を受け継いだ。彼女が死んだあと、老いてから二番目の妻を迎えたのも、夢にジーンが出て来たからだ。夢の中の叔父は、赤ん坊を抱いていた。


 産まれた四番目の皇子は、成長するごとにかつてのジーンと瓜二つになっていく。『アルヴィン皇子はジーン帝の生まれ変わりではないか? 』そんな噂はよく聞いたが、父親当人であるレイバーンは別の考えだった。


『アルヴィンは生涯独身を貫いたジーンが寄越した彼の息子なのではないか? 』


『きっとそうに違いない』と、レイバーン皇帝はいつしか思うようになった

 二番目の妻も亡くし、上の子供たちは成人した。その中に孫のように幼い息子がいるという状況が、そんな考えを育てたのかもしれない。

 兄姉との扱いの差、距離の違いに、アルヴィンが胸を痛めていることを知ったのは、ヴェロニカに指摘されたときが最初で、そういえば自分は、兄姉と話すような気安さのままでアルヴィンと会話したことが無いのだと気が付いた。

 そして同時に、自分に憑りついていたものの正体にも。


『偉大なる英傑、ジーン・アトラス皇帝』。


 レイバーンの中には、まだあの頃の自分がいる。病床で訊く叔父の武勇伝は、何よりの誉れだった。レイバーンの皇帝業は、ジーンを筆頭とした歴代の皇帝たちが作ったものの、維持と、発展に費やされてきたのだ。

 レイバーンは、いつしか自分が皇帝という業病に憑りつかれていたことに気が付いた。我が子でさえ、そのための歯車の一つとなっていた。

 自分はいったい何を遺しただろう?

 この手で一から築いたものが、何かあっただろうか?

 そんな後悔は、今さらもう遅い。




「――――ジーン叔父上……! 」


 ジーン・アトラスは、青い冥府の炎に編まれるように再び現世の地を踏んだ。

 皇帝の証である鋼の宝剣を手に、毛皮を巻きつけた威風堂々としたその姿。

 青銀の燐火を纏わせて、三十年前の皇帝はゆっくりと瞼を開き、青白い炎の混じる息を吐く。その足元には、抜け殻のようにアルヴィンが血溜まりに沈んでいる。


「……老けたな。レイ。僕より長生きしやがった」

「おお……」


 皇帝の眼に涙が溢れる。足枷を引き摺りながらレイバーンは足を踏み出した。その青い炎が湧き出る足元に跪いて細い肩に触れ、膝の上に抱き上げる。


「アルヴィン……! 」

「お前の息子か」

「そう……! そうです……! アルヴィン、かわいそうに……」

「サア! 役者は揃った! 舞台は整った! 」


 魔術師が歓声を上げながら、フェルヴィン王族の頭上を躍る。手には、語り部・ミケの成れの果てである銅板。


「……許さん……許さんぞ……! 私の息子をよくも……! 冥府の果てまで貴様を呪い尽くしても足らぬ……! 」

「父上! そこにいては危険です! 」

「開戦だ! 墓守の皇帝よ! 鬨の声を上げろ! ――――そうお前だ! 主が命令するぞ! 我が奴隷……レイバーン・アトラス! 」

「許さんぞぉぉおおお――――――! 」

「父上! 」


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