12『トゥルー・ブルー』③
ボクは、彼女と言葉を交わしたあの夜のことを思い出す。
「――――それで、あたしに訊きたいことって何だったのかしら」
涙を拭ったダッチェスは、気を取り直したようにボクへと向き直った。
「ボクは、絶句するほどそのミケってやつに似てる? 」
「ふふ……あの皇子たちの顔は面白かったわ」
ダッチェスは一転、悪戯っぽい顔になって肩をすくめた。
「……そうね。確かに、最初にあなたを見て思ったの。一卵性の双子のようって。でも、語り部に兄弟なんてありえないわ。語り部の成り立ちを知っている? 」
「……『木はいけない。腐るから。紙はいけない。燃えるから。氷はいけない。溶けるから。金はいけない。盗まれるから。粘土はいけない。脆いから。鉄はいけない。錆びるから』」
「『そうだ。銅にいたしましょう。職人さん、職人さん、この銅の板に、この銀のナイフで魔法を刻んでくださいませ。一枚ずつの物語。一枚ごとのひとつの世界』……あたしたちは銅板に刻まれた魔法。それぞれこの世に一枚しかないオーダーメイドが二十四枚。だからこそ自我をもって『意志ある魔法』に成り立った。複製も、影打も、絶対にありえない。それに、あなたの様子を見てすぐわかったわ。あなたはミケじゃあないし、語り部でもない。語り部は、あんなふうにズケズケ物を言えないものよ。運命を変えるのが怖いもの。それがあたしたちに組み込まれたシステム。いわば本能。ミケがおかしいのよ」
「……じゃあもう一つ」
ボクは指を立て、もう片方の手であの写真を取り出した。
「一卵性双生児くらいには似てるんだよね? この格好のボクなら、彼を騙し通せると思う? 」
「正気のアルヴィン様ならすぐにわかるでしょう」
「正気なら? 正気でないなら? 可能性は微塵も無いのかい」
「……そうね。確率でいうのなら一桁以下かしら。語り部と主人の繋がりはそれだけ強固というもの。だからこそ大切な場面に重要視される繋がりだし、語り部はそれが誇りなの。おいそれと他人の空似で影武者やられちゃあ、たまんないわ」
「でも、ミケはもういない」
「あなた、何が言いたいの? 」ダッチェスの視線が、胡乱なものへと変わった。
「アルヴィン皇子を救えるのは、ミケだけなんだ。そうは思わない? 」
前のめりに迫ったボクを片手で制し、ダッチェスはしぶしぶ口を開く。
「……確立を上げる方法はいくつか思いつくわ。あたし、レイの代わりにいつも見ていたんだもの。あの時も、例外じゃあなかった」
「……あのとき? 」
「……ミケが切り裂かれ、皇子が奈落へ落ち、『審判』が始まったその瞬間。ミケは皇子とともに、ここへと落ちてきた」
「ここへ? 」
「そう。ここはどんな時間にも触れない場所であり、魔女の墓場とはここのこと。タイミングが良かったのね。幸か……不幸か。『審判』を先導するのは、フェルヴィンの王族の役目。そして、『宇宙』のさだめを得るのは、その先導者の語り部の役目。そのときフェルヴィンの『皇帝』のさだめであるレイバーンはすでに死者。また、その語り部であるあたしも、語り部としての役目は終わりかけ」
「だから、アルヴィン皇子が『星』に選ばれた? 」
「いいえ、逆よ。ミケが自分を『宇宙』にねじ込み、それに付属して、アルヴィン皇子が『星』になったの。……あたしたちは、この『審判』の遂行のために魔女が作った歯車のひとつ。『審判』という、この世界の大いなる魔法と直結した存在。ミケは皇子の命を救うためにその尽きかけた意志で、自らの鍵をこじ開けた」
「ミケは、まだ生きている……? 」
人間でいうのなら、自分の身体を裂いて裏返すような所業だった。声が震える。
ボクとよく似た他人のやったことの大きさに。その意志の強さに。
「……いいこと、ジジ。あたしたちは、本当の意味では『生き物』ではないのよ。『意志ある魔法』の『意志』とは、記憶して改善する能力を持つということ。ミケの場合、素体は失われても、そのプログラム……意識は残っている。ミケの意識は、『宇宙』として、ここではないどこかにあるのでしょう。……ジジ。あなたの求める結果を成す方法は、同じ魔人であるあなたなら出来るかもしれない。……だって、あなたも選ばれているんでしょう? 」
ボクは答えなかった。
「ジジ……あなたもまた、この『さだめ』を通してミケと繋がっている。あなたなら、ミケの声を皇子に届けられるわ」
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「ああ皇子……ごめんなさい。こんなことを望んだわけでは無かった……」
……声が聴こえる。
「こんな姿になってまで……こんな苦痛を強いるなんて……」
……ああ、ミケ。違うんだ。僕は、選ばれて嬉しかった。
生まれて初めて、父さんや兄さんたちの見ている世界が見えるんじゃあないかって。でも、そんなのは驕りだったんだ。
力を持っても僕は僕でしかなくて。僕は臆病で、勇者とは程遠かった。
そんな僕に、ジーンは優しかったよ。兄さんたちも、僕の言葉を信じてくれた。
……泣かないで。ミケ。僕はもう、一度終わってしまったんだ。だから痛みは怖くない。本当だよ。死ぬことも。本当なんだ。怖いのは何も分からなくなること。それだけが、一番こわい。
「それでも辛かったでしょう……! 」
「ミケ、いいんだよ。もう僕を甘やかさないでよ。僕には、おまえがいたから。だから怖くない。きっとこれからも」
熱い指が頬をなぞる。
ボクは『愚者』。第一のさだめ。真実を握るもの。
ボクの声で、ミケが言う。
「……あの青空の先へ、ミケと一緒に旅をしましょう。ミケとの約束ですよ」
「嬉しいな……青い空をおまえと見るのが、夢だったんだ」
アルヴィンは、ほんとうに嬉しそうに、そうミケに言った。




