8『近衛兵』①
グシュン!
「どうしたの? こんな時に風邪? 」
背中越しに、サリヴァンはやけにもぞもぞしながら言った。
「いや……? なんか、呼ばれたような気がして……」
「なにそれこわ~い」
「おれはこの状況のほうが怖ァ~い」
そこは、地下にある講堂のような場所だった。床、壁、天井に至るまで白く、淡く輝くよう。
天体を模した高い天井、繊細なレリーフ、奥に添えられた玉座と、玉座を見下ろす祖神アトラスの立像。かつての姿はさぞや荘厳で立派なものだっただろう。天井の一部は崩れ、塔のひとつを砕いて吹き抜けになってしまっていた。床の無数の亀裂がまるで無秩序なパズルのように、青い幽玄の光に癒着され、ただ靴底が擦れるだけで真新しい粉塵をまき散らして空気を汚す。
サリヴァンは細く長い息を吐き、銀蛇を逆手に持ち替えて低く構えた。背中合わせに、ボクも床を踏みしめる。
吐息が白い。息がそのまま霜になりそうだ。
広間の壁の燭台では、溶け切った蝋燭が氷柱のように張り付いていた。
目の前には、あの黒鉄の兵士が、一、二、三……全部で十一体。身長は目測で3M。先ほどの鉄巨人には半分以上も大きさに劣るけれど、足の長さだけでボクの身長と同じくらいある。
大きさはそれだけで脅威だ。先ほどの巨人と違って、機動力も装備の質も増している。身に纏う装備は、警備兵ではなく重歩兵の鎧、武器には、両手持ちの大剣、細い片手剣、槍とバリエーション豊か。感情の無い顔で楯兵を前列に一丁前の隊列を組んで、こちらを囲むようにけん制している。
ボクらを見据えている無数の鉄の瞳を右から左へ抜け目なく睨みながら、サリヴァンは玉座に座る老人に問いかけた。
「フェルヴィン帝。貴方はどうしておれたちの前に立ち塞がる」
「……今の私は『死者の王』の奴隷。……若き魔法使いよ。我がさだめは『皇帝』……この十二機のゴーレムは、『剣の小アルカナ兵』と呼ばれるもの。審判で『皇帝』である私に与えられた神の祝福。きみの杖と同じ、私の意思に動く鎧であり、剣であり、楯である。しかし『死者の王』にここの守護を命じられた私には、もはや意思などありはしない……」
この黒鉄の兵士たちは、『小アルカナ兵』というのか。
前列の楯兵が床を蹴る。小アルカナ兵の楯は、サリヴァンをすっぽり隠すほど大きい。そんなものでタックルを受けたら、防火扉で殴られるようなものだ。
ボクは軽く飛び越えられるけれど、サリヴァンは前を睨みつけたまま動かない。
「サリー! 」
「どうか、この身もろとも打ち砕いてくれ! 」
皇帝の叫びに、サリヴァンは短く応えた。
「そのためにここにいる」
「アア……」
皇帝の声が震えた。
サリヴァンは迎え入れるように、間合いまで楯兵が迫るのを待った。間合いに入ると、大きく足を前に踏み出して一気に距離を詰める。逆手に持った刃を楯に突き立てるようにぶつけると、真っ白に熱を持った刃が黒鉄の楯をバターのように削り取りながら一気に切り裂いていく。背後にも二体、楯兵は迫っていた。唇を引き結んだサリヴァンは、奥歯を噛み締めて両手に握り替え、一気に柄頭に力を込め、楯を鉄くずに変えながら体を反転させる。獲物を飲み込んだように銀蛇の刀身がうねり、白い刃がみるみる太りながら伸びていく。
「――――ふんっ! 」
一閃、というには、その斬撃は遅い。けれど、サリヴァンが肩に担いでいた大剣を床に突き立てた時には、三体の楯兵が紙のように破けた楯と切断すれすれの胴を抱えて崩れ落ちるところだった。
楯兵の届かなかった打撃の代わりに放たれた矢は、ボクが伸ばした手足がいくらか弾く。床に突き立てた大剣を楯に、矢をやりすごしたサリヴァンは、「よいしょっ! 」ともう一度剣を持ち上げ、第二波に待ち構える二列目の重歩兵へ立ち向かっていく。
弱い……いや。皇帝は、この小アルカナ兵を魔法使いの杖と同じだと言った。魔法使いの杖の稼働の源は、持ち主の持つ強い意思である。この小アルカナ兵は闘志の無い皇帝を反映しているから、こんなにも脆くて鈍い。
しかし反面、小柄な体で大剣を揮うサリヴァンの顎からは汗が滴り、空間を歪にはしる罅から凍み出る寒さが肉体を鈍くする。肌や呼気から立ち昇る蒸気の熱が、失われるサリヴァンの体力を表していた。そしてもっと悪いことに、小アルカナ兵自身に意思や命はない。砕いたはずの兵士は立ち上がる。両断されたどてっ腹も、熱に曲がった手足も、傷を飲み込むかたちで再生する。
ボクとサリヴァンの戦法は、これまでの通りである。意思が無い敵に、決定的な攻撃力は無い囮のボクが、いくら飛び回ってもコバエ程度の目くらまし。
小アルカナ兵たちは、無尽蔵の再生と疲れを知らない体をもって、ボクのちょっかいを無視してサリヴァンに殺到する。
「くそっ! 」
毒づいて、サリヴァンは大剣の戦法を捨てた。大剣を横凪ぎに振ると、刀身を太らせていた力が炎の飛沫となって敵を襲う。すらりと痩せて刺突剣となった銀蛇を握りなおしたサリヴァンは、軽くなった肩を回して、顎から滝のように垂れる汗を拭った。
サリヴァンにも分かっている。こいつらに刺突攻撃はきかない。
「サリー、いちおう聞くよ。どうしてさっきの火の蛇は使わないの」
「……あれは、炉の神の力を借りた力だ。神の炎は死者の魂を焼くと、店長から聞いたことがある」
「そう……分かった。ボクがなんとかする」言いながら、床を蹴った。
「おい! ジジ、何する気で―――――」
サリヴァンの声が足の下に遠ざかる。




