7. 同期になってくれて嬉しいよ
作業開始から二時間ほど経っていた。
「はぁ~……とりあえず半分くらいは片付いたかなぁ」
大樹は書類の並び替え作業を先に終わらせ、誤字修正を半分程度は終わらせていた。はじめての作業にしては上出来ではないだろうか。
一息つこうと背筋を伸ばして高い天井を見上げた。そういえば、この空間は2階建てで執務室スペースは二階部分まで吹き抜けになっている。窓側には階段があり、2階へと続いている。
柵が張り巡らされた二階部分の壁にはテーブルやソファが見える。何のための空間なのだろうか。建物内を案内されていない今は、大樹には分からないことばかりだ。
「コーヒー、どうぞ」
横からスッと出されたのは、湯気の上がるコーヒーが入った白いマグカップだった。
「コーヒー……あるんだ」
大樹がそう言って声の主を見れば、メイアが立っていた。そういえば中座していたが、コーヒーを淹れに行ってくれていたようだ。
メイアは何を言っているんだ、と言わんばかりに「あるよ、コーヒーくらい」と口を尖らせる。
「あ、あの。ごめん。ありがとう」
なぜか急に緊張が走った大樹は、目を泳がせながらマグカップに手を伸ばした。メイアは改めて大樹の右隣の席に腰掛けた。
「ね。ダイジュ、あのさ。改めて言うけど」
「うん?」
メイアは「ここって年上の人が多いから同期になってくれて嬉しいよ」と笑顔を向けた。その自然と浮かんだ笑顔に、大樹は一瞬見惚れる。彼は思わず「うん」と、下手な切り返しをしていた。
それからどれくらい経っただろうか。日が傾き、執務室に差し込んでいた日差しも陰りを見せる。
「二人とも、区切りがいいところで終わっていいからね」
ディルクが手にした書類を縦に持って机の上でトントンと整列させながら言う。その声を耳に、メイアは待ってましたと言わんばかりに立ち上がった。
「あ、帰るよね。お疲れ」
大樹がそうメイアに言えば、彼女は首を横に振った。
「帰るには帰るけど、2階の部屋にね」
その言葉に、大樹は目を丸くして「え?」と声を上げる。
「ディルクさんも上に個室あるし。他の先輩方はここに住んでるよ。通いの人もいるけど」
メイアは「面倒事も多いけど、慣れるとすごく楽」と笑う。
「ダイジュもしばらくここに住むんだよね?」
その言葉に「え? そうなの……かな。そういえば何も聞いてない」と返せば、メイアは「じゃあさ!」と、何かを思いついたかのように立ち上がった。
「中を案内するよ! ついてきて!」
と、大樹の手を引いた。彼女に引かれるがままに、大樹も立ち上がる。
建物の外観は現時点ではわからないが、玄関ホールから接客のための受付スペース、ホールに隣り合って経理・総務課の事務室、商談スペース、その先には先程の執務室があった。執務室の隣には書庫も設置されているようだ。
「書庫はね、クローチェ様の文献コレクションでもあるの。分からないことがあれば、何でも調べられるよ。輝石の本もあるかも!」
「へぇ~。収集癖あったんだ。じいちゃんみたいだなぁ」
大樹のそんな言葉にメイアは「おじいちゃん?」と顔をしかめたが、大樹はすぐさま「こっちの話!」と、ごまかした。
そしてクローチェの背後にある両開きの扉が、先程の温室への渡り廊下に繋がっている。
「二階にそれぞれの個室と、シャワールームと食堂、キッチンもあるよ。あとは屋根裏部屋も」
大樹はメイアの背中を追って階段を上へ上がる。下から見上げたとおり、吹き抜けを囲むように廊下、キッチンと食堂らしき空間がある。さらに扉がいくつかあった。それが個室のドアなのだろう。
「一番奥がシャワールームと洗面なんかの水回り。それに隣り合ってる部屋が男子部屋になってるの。ほかは全部女子の部屋だよ」
どう考えても湿気まみれになりそうな部屋が男子の部屋らしい。大樹はこの環境での男の立ち位置を垣間見た気がした。しかし、そうするとどちらかが自分の部屋になるのだろうと大樹は思う。
メイアは吹き抜けのそばにあるテーブルと椅子、ソファなどが幾つか並んでいる場所に大樹を案内する。そばにはキッチンスペースもあり、どうやらここが食堂のようだ。サロン代わりにも使っているのだろう。
「キッチンは自由に使っていいの。一応当番制になってるんだけどね」
ほんのり珈琲の匂いがする。メイアが出してくれたコーヒーはここで淹れたのだろう。
「だいたい分かった?」
「うん、まぁ」
メイアは「あとは……さっきも居たけど温室かな」と言ってニコっと笑って続けて口を開く。
「時間はたっぷりあるし、行ってみよう!」
「うん」
再び階段を降りて下階へと向かう。
まだディルクが作業中のようだ。気配に顔を上げた彼は、メイアと大樹を一瞥するも、何も言わずに再び作業へと戻っていく。